即席日本語教室
桃子は婚約者の友達の結婚式に参加する為、道中のトランジットの為のセキュリティゲートにいた。
人生初のトランジットが必要な旅で、到着日の翌日が結婚式だったので、バゲージロストしても結婚式出席に影響がなるべく無いように、結婚式出席に必要な物は全て手荷物にしていた。
結婚式の事に気を取られていた桃子は眉を整える為のハサミが機内持ち込みできない事をすっかり忘れていた。ゲートのオフィサーにハサミを発見され
「このハサミ、どうする?もし必要なのであれば、預け荷物に入れに行ってもいいわよ。」
と言われたものの、トランジット時間3時間。おまけに、お祝いの品を手荷物にしたかったものの、コンパートメントに収まるサイズではなかった為、預け荷物にしたら、トランジットで一旦預け荷物を回収し、更に預ける為の手続きの際にお祝いの品だけ出てこず空港職員の力を借り無事に回収したものの、1時間弱時間がかかった為、再度預け荷物に入れに行く時間は無いだろうと思った。
「いいわ。それは諦める。」
とオフィサーに伝え、オフィサーは
「そう?それなら、これはこちらで処分する事になるけど本当に良いの?」
と確認をした。
ハサミが紛れていたからだろう、荷物の検査にとても時間がかかった。
ハサミを取り出す際に荷物を開けられているので、中身を1つ1つ確認されているようだ。婚約者は心配そうに荷物を見ているし、手持無沙汰だった桃子はチラリとボディスキャナー前にいるスタッフを見上げた。
イミグレーションやセキュリティを通る度にオフィサーたちの仏頂面を見ながら桃子はつまんないだろうな。と思っていた。オフィサーたちが仏頂面でいる理由は理解していたが、こんなに沢山の人たちに日々会う中で仏頂面でいなきゃいけないなんてつまらないだろうと思った。
だから桃子はいかに仏頂面を緩ませるか。をミッションに毎度イミグレーションやセキュリティを通過していた。
目の前にいるとても背が高くて屈強そうなスタッフはとても怖そうだ。格闘技をしていると言っても納得できる背格好だった。
この人の仏頂面を崩すのはとても難しそうだ。ハサミも入れちゃってたし、ここでは変な事はしない方がいいだろうと思い少しがっかりしていると、意外なことにそのオフィサーが口を開いた。
「君はどこからきたの?」
パッとスタッフを見上げると、そこにはリラックスした表情のスタッフがいた。日本だと答えると、彼は
「Thank you.って日本語で何と言うの?」
「ありがとう。だよ。あ-り-が-と-う」
と答えると
「じゃあ、Nice to meet you.は?」
と質問が続いた。すると、周りにいるスタッフも集まってきて7人ぐらいのスタッフに取り囲まれて思い思いに日本語の言葉を聞かれた。
その時間が桃子の荷物検査が終わるまで続き15分ぐらいのミニ日本語講座がセキュリティゲートで開かれていた。
「よし!おしまいよ。あなたはもう行っていいわ。」
と桃子の荷物を検査していたオフィサーの言葉を合図に桃子は最後の質問に答え、
「ありがとう。楽しかったわ。良い1日を。」
とその場にいたスタッフたちに告げた。彼らは覚えたての日本語で
「ありがとう。See you. Have a safe trip! さよなら。」
と言ってくれた。
最初に質問をしてくれた彼は、荷物検査に時間がかかる事を知っていたからなのか、それとも不安そうな桃子の気を紛らわせるためなのか、単なる好奇心からだったのかは分からないけれど、桃子はこんなリラックスした時間もオフィサーたちとの関わりで持てるんだな。と嬉しくなった。
セキュリティゲートにたどり着く前にお祝いの品を探して奔走していた時も
スタッフたちはとても親身に対応してくれて、何故か1つだけ全然違う場所に行っていたその品をスタッフの1人が引き取り場所を説明してくれながら
「僕が行った方がきっと早いから、ここで待ってて。」
と颯爽と引き取りに行って、爽やかに手渡してくれた。
時間の関係で空港の設備自体を楽しむ余裕は無かったけれど、この空港はオフィサーやスタッフたちのお陰で好きな空港になった。
帰りもまたトランジットで立ち寄るのが楽しみだなと思いながら、次の目的地へ飛び立った。