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校長先生

美夕はとてもシャイな小柄の小学生だった。
毎朝の集団登校はやんちゃな年下がいたり、怖そうに見える上級学年の人がいて、どう反応していいのか分からずに苦手だった。ただただ気詰まりする時間だった。

それでも毎朝登校できたのは、雨の日でも傘をもって毎朝欠かさず校門に立つ校長先生の存在があったからだ。毎朝1人で校門に立ち、朗らかな挨拶と笑顔で児童を迎え入れる。喋りかけてくる児童には笑顔で応答し、多くの児童とじゃんけんをしていた。
美夕は恥ずかしくて話しかけられなかったが、毎朝挨拶は欠かさなかったし何度か校長先生からじゃんけんをしてくれた。美夕は校長先生が好きだったので、じゃんけんをしてもらえた日はとても嬉しかった。

学校は1学年4クラスあったけれど、校長先生は全校生徒の顔と名前を覚えていたようで、廊下で会うと1人1人の名前を呼んで声をかけてくれた。美夕は校長先生のいつも変わらない穏やかさに安心を覚えていた。そして、シャイで気が弱い美夕にはそんな穏やかな場所はとても大切なものだった。

ある年のバレンタインデーに美夕は放課後、美夕の母に付き添ってもらい、友達と校長室に手作りのお菓子に手紙を添えて訪れた。
校長先生は温かく校長室へ迎え入れて応接セットに招いてくれた。
勿論、美夕はホワイトデーの期待なんてしていなくて渡せた事がただただ嬉しかった。どれだけ校長先生が美夕の学校生活の支えになっていたか、どれだけ勇気をもらえたか、感謝を伝えたかったのだ。

3月14日の少し前に美夕は校長室に1人で呼ばれた。担任から1人で行くように言われた。呼ばれた理由が分からなかったので、何か怒られる様な事をしてしまったのかと、とても不安になりながら、放課後校長室を訪ねた。
校長室のドアをノックすると、いつもの笑顔の校長先生が美夕を招き入れてくれた。

応接セットに通され、美夕は緊張しながら校長先生の向かいに座った。
すると、校長先生はニコニコしながら小さな箱と封筒を美夕に渡した。
美夕は驚きながら校長先生を見ると
「本当はこういう事をするのはいけないのだけど、私は今年定年なんです。
美夕さんにバレンタインデーの贈り物とお手紙をいただけて、とても嬉しかったので、何か御礼がしたかったんです。」
と言われた。

美夕は校長先生の定年を知らなかったから、きっとそのことを知っていた美夕の母が校長先生を密かにとても慕っていた美夕に御礼を伝える機会を作ろうとしたのだろう。

暫く校長先生は美夕と話をしてくださった。美夕は校長先生が学校から去る事を知り悲しかったが、お返しを手渡すだけでなく、話す時間を設けてくれたことがとても嬉しかった。

家に帰り、小さな箱を空けるとガラスの綺麗な写真立てが入っていて、美夕はとても気に入った。封筒には手紙が入っていた。1-2行ではなく便箋1枚にメッセージが書かれていた。

美夕は思い出のあるとても大好きな写真をアルバムから抜き取り、校長先生にもらった写真立てに飾った。手紙は抽斗に仕舞って折に触れて読み返しては学校に行く勇気をもらった。

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