駅の待合室にて
その日は特に用事があるわけでもなかったけど、ふと街へ行こうと思い立ち、陽花里は駅の待合室に座っていた。
電車は15分に1回来るが、寒くて風が強い日だったので待合室の温かいスペースでホッとしたかった。幸いなことに先客は無く1人静かな時間を楽しんでいた。
ガラリと待合室のドアが開き、小柄な老女が入ってきた。なんとなく目が合ったので無言で会釈だけした。老女は陽花里から数個席を空けた隣に座った。暫く無言が続いたと思ったら、闇雲に老女は陽花里の隣に移動してきた。陽花里はどうしたのだろう思いつつも、特に気にしなかった。
「私ねぇ最近困ってるの。」
突然、老女が口を開いた。陽花里は老女が本当に陽花里に話掛けたのかを確認すべく、老女の方に顔を向けた。老女は陽花里の方を向いていたので、どうやら陽花里に話したいらしい。
「どうされたんですか?」
陽花里は老女に返した。そこから老女は家庭での悩みを話し始めた。
その間、何本の電車を見送っただろう。老女も電車が来ても立たなかった。
陽花里はその日は誰と待ち合わせをしているわけでもなかったので時間はたっぷりあるし、まぁいいか。と思っていた。
そんな家庭の事情まで聞いてしまっていいのかと陽花里が思う事も老女は話した。他人同士だから話せる話もあるんだろうなと陽花里は思い、ひたすら聞き役に徹した。ようやく7本ほどの電車を見送った後、陽花里が行こうとしている向きとは逆方向の電車が入ってきた。
「話を聞いてくれてありがとう。もう行くわね。」
老女はそう言って立ち上がり、待合室から出て行った。
2時間老女の話を聞き続けた事になる。
見知らぬ人と会話を交わす事はあっても、こんなにもがっつりと話を聞く機会も無かったので面白い経験だったなと陽花里は思いながら、次の電車が来たタイミングで陽花里も待合室を後にした。