レンズの話をしよう ⑧〜【長野から来た暴れん坊】Olympus G.Zuiko AUTO-S 55mm F1.2〜
オリンパスのM-1が手に入ったこともあり、割とMシステムレンズを蒐集・使用している。
現在手元にあるのが
28mm/F3.5・50mm/F1.8・100mm/F2.8 ・135mm/F3.5・200mm/F4の5本である。どれくらい腰を入れて集めているかというと、丁度友人がOM-システムの200mmF4を探していたため、手元のものを「Mシステムじゃないから譲るよ」と譲り渡してMシステムのものと入れ替えているくらいである。
やっぱりM-1にはMシステムレンズ付けたくなるじゃん。仕方ない。
以前にも説明はしたのだが、オリンパスM-1はフォトキナでライツの伯父貴に「これはいいカメラですが、名前がウチのと似てますね?」と物言いが付けられた。
※実際はどのくらいの温度かは知らん。あくまで日本的なハイリョなのかもしれないし、ゼンザブロニカ位の圧力があったのかもしれない
そのため頭にオリンパスのOをくっつけてOM-1と改名されており、M-1は1972年7月~1973年5月のおよそ十ヶ月間生産された初期仕様となる。
その間に約5000台が生産されたとの話だが、どうも、もうちょっと、あるような……(略)
当然、対応レンズも初期はMシステム銘となるわけで、一部モデルのレンズには上記のようにMシステム仕様のものがある。レンズによってはちょっと探すと見つかるものもあるのだが、丁度このMシステムレンズ狩りをしていた頃、普段フィルムさんぽの企画でお世話になっているカメラはスズキさんの店頭で私は息を呑んだ。
「Mシステムの55mm F1.2がある!?」
Mシステム版が存在するレンズの方ではあんまり見かけないアトムレンズ。綺麗なものが店頭に並んでいたのだ。
実は丁度それを見かける直前に近所のハードオフでMシステム55mmF1.2と記入されたレンズを見かけ、私は興奮しながら同行していた妹に
「もしMシステムでこの値段なら買わねばならぬレンズだ」と説明、検品をさせてもらったのだが
「あー……OMか」
残念ながらラベル頭の印字が切れていたためMシステム表記となっていただけであった。いや性能は変わらないし綺麗な状態なんだけれど。
Mシステムじゃないならここは譲るよ。
はいはいそれをカメスズで見つけたので買ったんでしょ?と思っただろうか。だがちょっと待ってほしい。事はそう単純でもなかったのだ。
いとしのM-1タイン
何が単純じゃなかったか、というと具体的には価格。
一般的にレンズの価格は明るいレンズであるほど、また生産数が少ないレンズであるほど、さらにはよく映るレンズであるほど高くなる傾向にある。元々OMバージョンだったとしても55mmF1.2はそこそこのお値段がする。
自動車税の支払いを控えたプロレタリアートには少々キツめの価格だ。
いや相場等からすれば間違いなく安いと思うんだけど。ほぼ見ないし。後述するがこのレンズはアトムレンズということがあり、やや黄変しているところも二の足を踏みとどまらせる要因となった。
デジタルで使う分には問題がないが、本命のM-1に付けて使うとなるとモノクロ専用レンズ寄りの使い方になるのではないだろうか。
そんなこんなで実は少し購入を思い悩んでいた。3ヶ月間くらいかな。さんぽでカメスズに寄る度に(あ、まだあった)とホッとしているような割と心臓に悪い生活を送り続けていた。
セールが静かにやってくる
そんな私の耳に、カメスズがゴールデンウィークセールを行う、という話が飛び込んでくる。なんと5日間限定でカメラ・レンズ全品20%オフ。
都合約10000円弱価格が安くなり、ぶっちゃけると良品のOMバージョンとほとんど変わらない価格に変化することとなる訳だ。
※そういえば書き忘れたが、私はMシステムレンズを集める時、「Mシステム代」としては15%くらいまでしか出すつもりがない。例を挙げるとOM版が8000円のレンズがMシステムで9000円ちょっとくらいなら買ってしまうが、希少Mシステムだから20000円です、となると普通に見逃しする。
それでもそこそこのお値段がするので一応二晩くらいはよく考えた。そしてある願掛けをする。
「朝一近くにカメスズに言って、残ってたら買おう」
考えてみればハードオフに売っていたOM(Mシステムなら買ってたやつ)55mm F1.2と値段がほとんど変わらない。ほ、ほら、カメスズはカードも使えるし。
そして朝一に訪問したところ
「あった!」
斯くして、このレンズを手に入れる運びとなったのだ。
さすらいのカメラマン
セールの恩恵を存分に受け取る私。
「今包みますから待ってくださいね」
「いや、すぐに試写するのでそのままで良いです」
こんなこともあろうかと(?)事前に持ってきていたCanon EOS-M3(イイカメラデスガ、ナマエニ、ウチノカメラトオナジMガツイテマスネ?)にその場で装着。
ここで装備していくかい? →はい
スタイルだ。
そして早速試写に向かおうとツカツカと踵を返す私。気持ちだけは夕陽のガンマン冒頭で逃げた賞金首のガイを追って女の部屋を後にするモーティマー大佐くらいの気持ちだ。
そんな私に背中から声が掛けられた。
「待ってください!保証書ありますから」
ガクッ。締まらない。
これが「1を聞いて10を知るが4~6くらいがゴッソリ抜けている」と幼少期に評された私の間抜けっぷりだ。
仕方ないだろ、普段保証書が出るような機材買うことがないんだから。東側にそんなサービスないよ。
さて怒りの衝動買いをした私だが別に無鉄砲なんかじゃないんだよ頭もソコソコ使ってる。
レンズの試写を兼ねて、近くの中古カメラ屋の開店まで時間を潰す。そう、レンズ代の足しにすべく手元で余らせていた機材を持ってきていたのだ。
およそ1時間と少しの時間があったため、横浜周辺をさすらいながら早速試写をしていた。
銘玉・癖玉・使用感
オリンパスのレンズ、というと一般的な写りのイメージは細部まで綺麗に際立ち、スッキリとしたキレのある写り。特徴的な癖はそれほどなく忠実な色味を出すレンズ、というところだろうか。
ところがこのレンズ、開放で使うと他のズイコーレンズとは大きく異なる性質を発揮する。
まるでソフトフィルターを掛けたようななだらかなボケと、背景はガンガンに暴れる暴れん坊のような写り。
実は私はこのタイプのボケ方をする癖のあるレンズが結構好きなのだ。
まるで東側のレンズのような暴れ、滲み、ゴースト。これを見てオリンパスのレンズの写りがイコールで結ばれる人はあまりいないのではないだろうか。
ところがこのレンズ、1段絞ってF2で運用するだけで全く別の個性を見せる。
ピント部分が浮き上がるようなキレッキレの写り。それでいてボケはなだらかでザ・ズイコーの写りというような素晴らしい写りに変化する。
この多重人格のような写りは非常に面白い。開放で蕩かせて暴れさせて撮影する、絞ってキレッキレで撮影すると2タイプの使い方が可能だ。
※F1.2とF4での比較
アニメなどで「本当は良家の生まれで親との確執で出奔しており、普段はヤンキーやギャルのように振る舞うが、パーティーに出る時に着飾っておすましをすると普段と全く異なる印象を与えるギャップ萌えキャラ」のような大変おもしろいレンズである。
……言ってる意味はなんとなくわかるよね?
黄変のエクスタシー
さて、M-1で使うためにわざわざMシステム銘のレンズを探してきたわけであるわけだし、今度はフィルムカメラで運用してみたいと思う。
先ほど少し触れたのだが、このレンズは酸化トリウムを含んだガラスで構成された「アトムレンズ」と呼ばれるものである。硝材に放射能物質が含まれており、従来のものより高屈折、低分散で非常に写りが良い。
反面、経年劣化で黄変してしまう傾向にあり、このレンズもやや黄変してしまっている。
私の手元にはイエローフィルターが不要なほどに真っ黄色になったパンカラー55mm F1.4などもある(希少・高級レンズ)が、カラーで使うと真っ黄色になってしまうものの、これをモノクロで使うとキレッキレに映る傾向にある。
と、なればもし黄変の影響が大きければ、紫外線を照射することで症状を和らげるか、いっそ割り切ってモノクロフィルム用で使うという手もある
早速少しカラーフィルムで実験をしてみた。
成程これはよく映る。危惧していた黄変の影響も見られない(馴染の現像屋なのでスキャンしていただく際に「レンズテストなので色味無調整で」と頼んでおいた)
開放とそれ以外で全く異なる性質が出てきて非常に興味深いレンズである。絞り羽根の状態を見てみよう。
これは開放(当然である)
そしてこれがF2。
私は他のメーカーのF1.2レンズを持っていないのだが、たった一段分の絞りで周辺部をバッサリと切り落とし、かなり贅沢にレンズの中央部分を使っているようにも見える。これが写りの性質がガラっと変わる秘密なのだろうか。
開放F1.2で撮るよりも実質的には55mmF2でキレッキレの描写を楽しめるレンズ、とオールドレンズのセオリー通り考えるべきである、と思う。
しかし開放のなだらかな写りも暴れん坊なボケ方もこれはこれで非常に印象的であり、実に面白いレンズだ。
OMバージョンであれば少しお値段はするものの割と見かけるレンズでもあるので、日常のストレスを開放したり。自分へのご褒美だったり。セールにかこつけたり。
とにかく何かしら機会を見つけてヘソクリを突っ込んで買ってみてもバチは当たらない。たぶん当たらないと思う。当たらないんじゃないかな。
マ、チョト覚悟はしておけ。
Mシステムのレンズが随分と増えてきたのだ。
kaz