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ヘルスケア診療においてなぜ義歯と根治の技術は優先度が高いのか

はじめに

歯科診療において、ないがしろにしてよい分野というのは存在しません。

すべての分野は重要であり、患者さんには質の高い歯科医療が提供されるべきであり、したがって歯科医師(と歯科衛生士)はすべての分野において高い技術を持ち、そのため常に努力するのが望ましいと言えます。


が、一方で実際の臨床の場、とりわけヘルスケア診療の実現ということを考えると「これは特に技術を高めておきたいよね」という分野があるのも事実。

今回は私が「ヘルスケア診療をやろうと思ったらこれが歯科医師の技術として最も優先度が高いのでは?」と考える義歯と根治について、その理由を書いてみました。


ヘルスケア診療とは

最初に、そもそもヘルスケア診療とはなんなのか、からおさらいです。


設立趣旨:一般社団法人日本ヘルスケア歯科学会2011.4.1 日本ヘルスケア歯科研究会1998.3.1


幸いなことに、ヘルスケアの先進国では、従来の修復・補綴に重きを置いた歯科医療から、健康な歯列を守り育て生涯にわたって人々の健康のパートナーとなる歯科医療へと、その転換が始まっている。まず私たちは、これまでに蓄積された多くの研究の成果を臨床的な観点から取捨・統合し、臨床に役立つ情報として整理することから始めたい。歯科疾患を未然に防ぎ、すでに発症した疾患については、原因療法を怠ることなく効果的に治癒させ、また修復においても生物学的な因子に配慮して再発を防止し、生涯にわたって健康な歯列を維持するための歯科医療を実現することは、すでに手の届くところにある。


くだけた言い方をすると、「悪いところをきちんと治す & もう悪くならないようにする」のがヘルスケア診療でしょうか。


ヘルスケア診療、健康を守り育てる診療。

健康とはつまり身体の機能なので、「健康を守り育てる」とは身体の機能を高く、長く維持する(←重要)ことであり、それを実現するのがヘルスケア診療といえると思います。


義歯と根治の優先度が高い理由1:外注可能性

では理由の説明に入ります。


ヘルスケア診療を志す歯科医師の先生方は日々技術の研鑽に努めていらっしゃるでしょうし、もちろん自分の手でその場で患者さんをきちんと治療できれば一番ですが、そうはいっても患者さんの健康を第一に考えると、大学病院や他院に紹介するということはよくありますよね。

でもこのとき、患者さんに紹介の提案を断られることもあると思います。

一番多いのは「身体的な理由で遠くまで通えない高齢者」、次に多いのは「小さいお子さんから長時間離れられない子育て中のご両親」ではないでしょうか。(当院の地域性の場合はこうです)


そしてこのとき「本当だったら紹介したいのに‥‥」と考えることが多いのが義歯と根治ではないかと思います。


紹介できなければ自分の医院で治療するしかありません。

たいていの治療は他医療機関に紹介、いわば外注することで自らの専門性を補うことができる。
でも紹介できなければ、自分の医院が最後の砦となる。
だから技術を高めなければ患者さんが救われなくなってしまう。

そうなることが多いのが義歯と根治だと思います。



補足すると、

例えばダウン症のお子さん等で抑制しないと診療が難しい場合も紹介するケースが多いと思うのですが、そもそも歯科医院に来ている時点で「子供&両親」の時間がしっかり確保できていることが多いので、ほとんど紹介は問題にならないですし、

智歯の抜歯やインプラント、歯周外科といった外科系は自分の医院でやるにしても身体的・時間的な負担が大きいので、ちょっと遠くの大学病院に行くくらいなら問題にならない患者さんしか治療を受けないはず。

歯周基本治療は歯科医師でなく歯科衛生士が担当するものだし、

CRやインレーはもちろんダイレクトボンディングでさえわざわざ保存修復の先生に紹介するケースすらほとんどなく、

矯正についてもある程度のことは理解するにしても、一定以上のことは専門の先生に任せる形が多かろうと思います。


したがって、地域差・患者さんの層による違いはあるにしろ、患者さんの健康に配慮し適切に他医療機関に紹介する限り、「本来なら患者さんを紹介したいけどできない」というケースは自然と義歯と根治のケースが最も多くなることが多いのではないかと思います。


※離島で患者さんを他院に紹介することすらできない、という場合はまた事情が異なってくると思いますが、原則は上記のような事情のことが多いものと思っています。


義歯と根治の優先度が高い理由2:深刻度

どの分野の治療も質が高くあるべきなのは言うまでもありません。

が、根治の技術が低ければ抜歯、欠損になってしまい寿命を縮めるし、

きちんとかめない入れ歯は患者さんの生活満足度を大きく下げ、また適合の悪い入れ歯は寿命を大きく縮めることも分かっています。1)


繰り返しになりますが、他の分野の治療品質も非常に重要であることは間違いないにしても、上記紹介の可否まであわせ考えるとなおのこと、義歯や根治の技術が不足することで患者さんの健康に与える影響はとりわけ大きなものといえるでしょう。


義歯の優先度が高い理由3:そもそも健康を実現できない

これはほとんど義歯特有の事情なので見落としがちなのですが、義歯は技術が低いとそもそも健康にできず、主訴を解決することができません。


一般的なカリエス治療で、虫歯を取り残そうが、削りすぎようが、形成が間違っていようが、不適合だろうが、マージン全然合ってなかろうが、患者さんは気づきません。

よっぽど重度でなければ歯周病が放置されても本人は気づきもしないし、

根充すらしなくても意外ともっちゃうし、

不適応の患者さんに粗悪なインプラント入れたって、患者さんは満足して帰ります。


粗悪な診療、ヘルスケアとはかけ離れた診療でも、主訴は解決され、短期的な健康は実現できてしまうからです。


ヘルスケアと粗悪な診療について、患者さんの健康の時間経過を数値化してイメージしたとき、

粗悪な歯科医療:90→90→90→85→78→69→55→40→30→25→20→…

ヘルスケア診療:90→90→90→89→90→90→85→85→85→85→80→…

こんなふうに長期的に健康を守ってあげられるのがヘルスケア診療の意義といえると思います。


一方で、義歯の技術のよしあしが与える影響について同様に考えてみます。

義歯がきちんとできる歯科医院と、義歯はできないけどそれ以外はきちんとヘルスケアができる医院を比較すると、

義歯できない:40→40→40→38→38→38→38→35→35→35→35→…

義歯できる :85→85→85→83→85→85→85→80→80→80→80→…

こんなイメージになるでしょう。


そもそも義歯ができないと機能を回復させられないので健康にできないことになります。

いくら健康を維持することに長けていても、スタートとなる健康が十分実現されていなかったら意味はありません。健康を維持しているだけです。

きちんとした義歯を作ってあげられないということは、ヘルスケアをスタートできないということ。
それゆえに義歯の技術はヘルスケア診療の前提となってきます。


義歯の優先度が高い理由4:義歯の患者さんをメンテナンスできない

義歯ができないと、患者さんを紹介できないケースにおいてヘルスケアのスタートに立つことができませんが、それだけでなく、たとえ患者さんを紹介できてもヘルスケア・メンテナンスができません。

なぜかというと、技術がなければ義歯がきちんと機能を果たしているかどうか分からないし、メンテナンスにおいて適切な調整を行うことができないからです。

ただ、患者さんが義歯作製元の大学病院等に通える間はある程度大丈夫なので、問題としては比較的小さいかもしれません。


まとめ

・義歯と根治は紹介できないケースが多いことから、自分の医院が最後の砦となり、その技術が患者さんの命運を握ることが多い

・義歯と根治は十分な治療がほどこされない場合、特に深刻な問題が起こりやすい分野である

・義歯ができないとそもそも健康を実現できず、ヘルスケアのスタートラインに立つことすらできない

・義歯ができないと、義歯の患者さんのメンテナンス・ヘルスケアができない(紹介先でメンテしてもらっている間はOK)


以上はあくまで私の個人的な理解です。

これを一つの意見として、議論が深まり、歯科医師の先生方が研鑽に励む手がかりとなれば幸いです。


1) 『健康長寿社会に寄与する歯科医療・口腔保健のエビデンス 2015』(日本歯科医師会)


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