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ヘルスケア歯科医療とは

私は日本ヘルスケア歯科学会で代議員(オピニオンメンバー)を務めています。

この学会、いわゆる予防歯科を中心に、患者さんの資料採得やメンテナンス、カリエスのリスクコントロール、医院の仕組み作りなど、プライマリーケアのしっかりできるホームデンティスト、そして健康を守れる歯科衛生士として必要な知識・技術を学べる、とても良い学会です。【PR】


とはいえ、人の集まりですから色々な課題があるのも事実。
代議員として末席を汚させてもらっていると見えてくることもあります。


実は今回お話したい「ヘルスケア歯科医療とは何なのか?」もその一つ。

「ヘルスケア歯科医療とは何なのか?」ということはイコール「学会でやっていることは何なのか? 学会の目指す方向性は何なのか?」とつながるのですが、実はこれが非常に曖昧で、学会員によって全く定義が違ったりしているんですね。
というか、実を言うと代議員はおろか理事の間でさえ定義のバラツキが小さくありません。


言葉の定義というのは、ある程度の幅を持っていいものではあるのですが、これがもうあまりに人によって定義が違うようだと、前提が共有できず会話にならないことが頻発してしまいます。


例えばAさんはX,Y,Zの3つがヘルスケア歯科医療だと思っているのに、BさんはX,Yだけがヘルスケア歯科医療だと思っているとしましょう。

Aさんが「Zの質を上げるにはこんな方法が有効だと思うんだけどどうだろう?」と意見を求めたとします。
でもBさんは「それはヘルスケアじゃないんだから、そんな話をしちゃダメでしょ」という話になってしまうわけです。

これは特に学会運営においては致命的ですよね。

一般の学会員の方だって、定義がはっきりしなかったら、日々学会内で話をするときに困ってしまうでしょう。


ですので今回はあらためて
「ヘルスケア歯科医療の定義ってこういうものだよね」
というお話をしつつ、よくある誤解についても列挙していきたいと思います。


まずは原典にあたるべき。定款を見てみよう。

さて、定義を理解するときには、詳しい人に話を聞くという手もあるのですが、まずは文書化され共有されていることを確認することが大事です。
だって文書化されていれば、広く共有されているはずですし、議論になったときも確かな根拠として提示できますからね。

ヘルスケア歯科医療の定義の手がかりについては、定款と設立趣旨に見つけられます。
まずは定款を見てみましょう。


【一般社団法人日本ヘルスケア歯科学会定款】
第1章 総則
第1条
(前略)「ヘルスケア歯科医療」とは、治療医学の方法論を超えて、人々の健康な生活の営みを支援することを目的とする歯科医療を意味する。

※(前略)部分は執筆者が省略したもの


なんかもうほとんど答えが出てきました。

「ヘルスケア歯科医療」とは「人々の健康な生活の営みを支援することを目的とする歯科医療」です。

キーワードは「健康」。

健康を維持するのはもちろん、いま健康でない人を健康にしてあげることもヘルスケア歯科医療の定義に入ると考えていいでしょう。
そうしてあげないと、健康な生活が営めないからです。

こう考えると「それって歯科医療のすべての領域がヘルスケア歯科医療になっちゃうんじゃないの?」と思ってしまいそうですが、必ずしもそうではありません。

たとえばホワイトニングなどの審美領域はヘルスケア歯科医療の範疇ではないと考えていいでしょう。

また、セレックのように「粗悪な補綴物を入れる(健康に悪影響を与える)代わりに売上・コストに貢献する」ような行為もヘルスケア歯科医療の範疇ではないと考えることができると思います。


もう一つのポイントは
「治療医学の方法論を超えて」
という表現ですね。

ヘルスケア歯科医療とは、方法論で定義されるものではない、ということ。
「こういう方法でやったからヘルスケア歯科医療である」ということは言えないということです。

口腔内写真を採ったからヘルスケアということはできない、デンタル14枚法で撮っているからヘルスケアということはできない、ヘルスケアを代表する先生のやることをそっくり真似してもなおヘルスケアということはできない。
なぜなら、ヘルスケアとは「何をやるか」という方法論ではなく、「健康な生活の営みを支援することを目的とするかどうか」がキーとなるからです。


次は設立趣旨を見てみる

さてお次は設立趣旨にも手がかりがあるので、これも見てみましょう。

設立趣旨の中には「ヘルスケア歯科医療」という言葉が出てきません。
出てくるのはせいぜい「ヘルスケア」「ヘルスケア・プログラム」「ヘルスケア・マネージメント」といった言葉くらいです。

ですが、これを読み解くと、これはヘルスケア歯科医療のことを言っているのだろうな、という部分が見えてきます。
下記に引用します。


幸いなことに、ヘルスケアの先進国では、従来の修復・補綴に重きを置いた歯科医療から、健康な歯列を守り育て生涯にわたって人々の健康のパートナーとなる歯科医療へと、その転換が始まっている。まず私たちは、これまでに蓄積された多くの研究の成果を臨床的な観点から取捨・統合し、臨床に役立つ情報として整理することから始めたい。歯科疾患を未然に防ぎ、すでに発症した疾患については、原因療法を怠ることなく効果的に治癒させ、また修復においても生物学的な因子に配慮して再発を防止し、生涯にわたって健康な歯列を維持するための歯科医療を実現することは、すでに手の届くところにある。


第一文を読むと、「ヘルスケアの先進国では」という表現がありますから、「ヘルスケア歯科医療」とは「健康な歯列を守り育て生涯にわたって人々の健康のパートナーとなる歯科医療」であると読み替えることができるでしょう。
定款で意味されている「健康を支援」とほぼ同じ意味合いであるように見えます。


次に第三文。
「(前略)の歯科医療を実現することは、すでに手の届くところにある。」という表現があります。
これが目指すべき歯科医療、つまり「ヘルスケア歯科医療」であると考えていいでしょう。

つまり、「ヘルスケア歯科医療」とは

「原因療法を怠ることなく効果的に治癒させ、また修復においても生物学的な因子に配慮して再発を防止し、生涯にわたって健康な歯列を維持するための歯科医療」

であると理解ができます。


この表現は先程までの表現よりやや具体的ですね。

ヘルスケア歯科医療には

・効果的に治癒させること

・再発防止できるような修復をすること

・健康な歯列を維持すること

の3要素が必要であると定義されています。


最低限の定義は分かったけど‥‥

さて、これで最低限共有されるべき定義が分かりました。

本来であればここから議論を進めてもう少し定義を狭めたいところです。
なぜなら、定義を狭め明確にすればするほどあらゆる議論はやりやすくなり、特に学会運営においてそれは非常に有効だからです。


しかし恥ずかしながら、現時点では上記の定義を定義通りに理解している学会員は決して多くない、というのが実情だと思っています。

ですので、このnoteでは定義を狭める方向で議論するのではなく、共有されるべき最低限の定義をより広く共有することに努めたい。すなわち、よくある誤解の実例を列挙することで、まだヘルスケア歯科医療の最低限の定義をうまく理解できていない方々のお手伝いをしたいと思います。


よくある誤解1 
ヘルスケア歯科医療 = 予防歯科

日本ヘルスケア歯科学会では、メンテナンスの内容について取り扱ったり、CRASPというカリエスリスクアセスメントについて取り扱ったり、長期症例について議論したりすることが多くあります。
学会の中でいわゆる予防が極めて重要視されているのは間違いありません。

そのため、 ヘルスケア=予防 と理解する方が多くいます。
しかしこれは正しくありません。

これまでの定義をご覧になれば分かる通り、ヘルスケア歯科医療とは、健康を目的とする歯科医療全般なわけですから、いわゆる「予防歯科」はあくまで「ヘルスケア歯科医療」の一部でしかありません。


特に設立趣旨に記載のある
「原因療法を怠ることなく効果的に治癒させ、また修復においても生物学的な因子に配慮して再発を防止し」
という表現を見れば一目瞭然でしょう。

「治癒」や「修復」は「予防歯科」ではないからです。


よくある誤解2 
ヘルスケア歯科医療とは衛生士がやるもの。衛生士が主役である。

これもよくある誤解。
ヘルスケア歯科医療をやるのは衛生士さんであり、歯科医師はそのサポートをするだけ。主役は衛生士さんだ、というものです。

ヘルスケア歯科医療は健康を支援するものですから、当然に歯科医師の手による歯科医療も含みます。

これも先程と同じで
「原因療法を怠ることなく効果的に治癒させ、また修復においても生物学的な因子に配慮して再発を防止し」
という表現から明らかでしょう。
特に「修復」は明らかに歯科衛生士の行う医療行為ではないからです。


このことを踏まえると
「衛生士が主役」
という表現は不適切で
「歯科医師と歯科衛生士両方が主役」
という表現が正しいでしょう。

補足するなら、患者さんに携わる歯科医院のすべての人材はその健康に与するわけですから、
「歯科医師と歯科衛生士が主役。そして、歯科助手や受付、その他スタッフ全員が助演」
だというのが私の個人的な理解です。

受付のたった一言でさえ、患者さんの意識を変え、行動を変え、健康を守ることにつながりうるからです。


よくある誤解3 
口腔内写真やデンタル、P検でしっかり資料を採ればヘルスケア歯科医療である

医院のケースを見せてもらったときに誤解しがちなパターンです。

ヘルスケア歯科医療を実践している医院と、そうでない医院を比較したとき、最も分かりやすく特徴的に浮かび上がる違いとして、資料採得の違いがあります。
口腔内写真9枚法、デンタル10~14枚法、P検精密検査を患者さんほぼ全数に対して行う、というのは素人目に見てインパクトある部分です。

なので、それを見て「ヘルスケアっていうのはこうやって資料を採ることなんだな」という誤解が起きることが多いわけです。


しかし、口腔内写真やデンタルやP検というのはあくまで手段であり方法論でしかありません。

定款でヘルスケア歯科医療は「方法論を超えて」と定義されていますから、「これをやっているからヘルスケア歯科医療」と考えること自体がそもそも間違いということになります。


口腔内写真もデンタルもP検もただ「現時点で学会内において広く共有されている手段の一つ」にしか過ぎません。
もし今後これらの代わりとなる、より有効な手段が出てくればそれに置き換えるべきでしょう。

なぜならあくまで「健康を支援することを目的とする」のが「ヘルスケア歯科医療」であって、そのためにはより良い手段を講じるべきだからです。


別の見方をすると、たとえ「口腔内写真9枚法、デンタル10~14枚法、P検精密検査を患者さんほぼ全数に対して行って」いても、ヘルスケア歯科医療を実践していない医院ということもありえます。

たとえばこれを単に「こうやってもっともらしく資料とっとけば患者は信頼してまた来るだろう。メンテで大儲けだ」と考えてやっているのであれば、それは「健康を支援することを目的」としていないため、ヘルスケア歯科医療とはいえないからです。


よくある誤解4 
病因論を意識した治療やメンテナンスを行っていればヘルスケア歯科医療である

学会でよく出てくるキーワード「病因論」。
これを意識し、それに基づいて治療やメンテナンスを行っていればヘルスケア歯科医療だと考える方もいますが、それも誤解です。

これもまた「方法論」だからです。


あくまで「健康」が目的なわけですから、別に病因論に基づいていようがいまいが、患者さんをしっかり健康にし、その健康を維持できていればアウトプットとしては100点ですし、逆にそれができていないのであれば何の意味もありません。

病因論というのは、あくまで健康実現のためにあまたある知識の一つ、手段の一要素でしかありません。
そのたった一つを活用しているかどうかでヘルスケア歯科医療であるかどうかを定義づけるのは当然に間違いだといえます。


病因論というキーワードにこだわらず、例えばただ義歯の設計を改善したり、CRをキレイに詰めるための技術を学んだり、盲目的に歯石の探知の技術を上げてもいい。
患者さんの健康を支援するという目的に向かって、自分が最も努力すべきことは何なのか考え実行するという態度こそがヘルスケア歯科医療です。


よくある誤解5 
成果を検証し日々改善していればヘルスケア歯科医療である

これは認証診療所を意識し始めると起きやすい誤解の一つです。

認証診療所の認証にあたっては、これまで挙げてきたキーワードに加え、この「検証と改善」がキーワードとなっているからです。


これもまた「方法論」なので間違い、というパターンですね。


もちろん「成果を検証し日々改善」するのは素晴らしいこと、大切なことです。
患者さんの健康支援を目的としてそれを行うのであれば、それはもちろんヘルスケア歯科医療です。

でも「成果を検証し日々改善」すればヘルスケア歯科医療だというのは間違い。患者さんの健康支援を目的とするのであれば、これにこだわらず他の方法も同時に行っていくべきでしょう。
健康を支援するため医療の質を向上する手段は「成果を検証し日々改善」する以外にいくらでもあるからです。


セミナーを受けたり、書籍を読んだり、論文を読み込んだり、大学病院で先生に教わったりするのがそれらの例です。


厄介なことに、歯科医療の大半は成果を検証するのに長い時間がかかります。ある治療の予後を観察するのに数年かかる程度であればまだ良い方で、10年・20年とかかることさえごく普通です。
歯科医師や歯科衛生士の仕事ができるのはせいぜい40~50年程度。20年かかる検証はたったの2回しかできないわけです。これでは大したことは学べないですよね。

そして何より、歯科医療にはこれまで先人達が長年築き上げてきた大量の知見があります。

ですから、患者さんの健康を支援することを目的とするのであれば、何より先にまず先人に学ぶことが重要視されるはずです。


繰り返しになりますが、自らの「成果を検証し日々改善」することは非常に大切なことで、テーマによっては非常に有効なことです。
でもそれに偏重してしまうのは、ヘルスケア歯科医療、患者さんの健康支援という目的には沿わない。ともすれば、ヘルスケア歯科医療にすらなりかねない、ということは理解していなければいけません。


まとめ

今回は日本ヘルスケア歯科学会の中でも曖昧になってしまっている「ヘルスケア歯科医療」の定義について話をしました。


「ヘルスケア歯科医療」とは

・人々の健康な生活の営みを支援することを目的とする歯科医療である

・方法論によって定義されるものではない

・原因療法を怠ることなく効果的に治癒させる行為を含む

・修復において生物学的な因子に配慮して再発を防止する行為を含む


よくある誤解として下記の5つを挙げました。

1. ヘルスケア歯科医療 = 予防歯科

2. ヘルスケア歯科医療とは衛生士がやるもの。衛生士が主役である。

3. 口腔内写真やデンタル、P検でしっかり資料を採ればヘルスケア歯科医療である

4. 病因論を意識した治療やメンテナンスを行っていればヘルスケア歯科医療である

5. 成果を検証し日々改善していればヘルスケア歯科医療である


このことがより広く共有され、学会の活動がより有意義なものになれば嬉しいです。

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