C治療の質は歯科医師で決まるのではない。歯科医師と歯科衛生士のチームで決まるのだ。~『歯を守るう蝕治療』のエビデンスに触れて~
日本ヘルスケア歯科学会の代表である杉山先生が執筆された、『歯を守るう蝕治療』が出版されました。
この本は、う蝕治療ということを考えたときに、カリエスマネジメントに立ち返り、特に非切削のう蝕治療に重点的に着目した、素晴らしい本です。
私も非常に勉強になりました。
この本について語りたいことはたくさんあるのですが、今回はこの本で触れられていたエビデンスで、とても良いと感じたものがあったのでご紹介します。
CRの予後について
ページでいうとP22~P23。
「直接修復法による修復物はどの程度維持されるか?」という項目です。
ざっくりいうと、CRの10年後生存率は70%くらいだよね、という内容になります。
CRの予後に歯科医師が与える影響
2011年の久保らの研究 1) として、
と記載があります。
数値をおおざっぱにまるめて、
1名が85%
他が70%
と考えると、故障率で見たときに 15% vs 30% になるわけですから、「標準的な歯科医師」と「すごく上手い歯科医師」は故障率でおおよそ2倍もの違いがあるといえるでしょう。
CRの予後に歯科衛生士が与える影響
さて、これだけであれば「ふーん。まあCRは術者依存度も高いし、倍くらい違うんだろうな」というくらいで、さして思うところはないのですが、面白いのはまた別のエビデンスです。
2014年のOpdamらの研究 2) について、
という記載があります。
これを読み替えると、こう言えるでしょう。
・カリエスリスクHighの患者さんをLowに下げることができれば、予後が3倍程度改善する
・平均的な患者さんをカリエスリスクLowにできれば、予後が1.5倍程度改善する
つまり、歯科衛生士がきちんと患者さんにフッ素の活用や食習慣の指導を行い、改善させることができれば、CRの予後を1.5~3倍程度改善させることが想定できるわけです。
C治療の予後は歯科医師と歯科衛生士のチームで決まる
さてここまでの話をまとめます。
・C治療の予後は、歯科医師の技術によって2倍程度違うことがある
・C治療の予後は、歯科衛生士がきちんと指導できるかによって1.5~3倍程度違うことがある
このことから、C治療の予後は、どの歯科医師が治したかと同じくらい、どの歯科衛生士が担当かによって大きく異なるということが言えるでしょう。
しかも、よくよく考えると、歯科医師が一度の治療で治すのはたかだか1本の歯だけ。歯科衛生士が指導によって改善できるのは残存歯すべて。最大で28本もの歯に影響を与える、つまり歯科医師の28倍の仕事をしているとすらいえるわけです。
C治療というと、手先を動かすのは歯科医師ですし、「歯科医師が道具を使い、これまで切磋琢磨した技術を投入し、何十分もかけて(ときには1時間以上も)治療した」のと、「歯科衛生士が数分程度患者さんと話をした」のが、同じくらい重要だと思うと、なかなか直感的には腹落ちしないところがあるかもしれません。
でもこれが事実です。
C治療の予後が歯科医師と歯科衛生士の両方で決まるということは、歯科医師と歯科衛生士の一方だけが頑張る治療では、絶対に50点までしか取れないということ。
どんなに技術が高く完璧な手技でC治療ができる歯科医師だとしても、まともに指導をしてくれない衛生士と組んだら、所詮「50点のC治療しか提供できない歯科医師」でしかありません。
その逆もしかりで、どんなに患者さん指導が素晴らしい衛生士さんがいたとしても、組んでいる歯科医師がポンコツであれば「50点のC治療しか提供できない衛生士」に過ぎないわけです。
もちろん「歯科衛生士に頑張らせるばかりで、自らの技術研鑽に日々取り組んでいない歯科医師」もダメ。
こういった歯科医師、歯科衛生士は、「歯科医師と歯科衛生士のチームでしっかりC治療に取り組んでいる」人たちには、全く勝ち目がありません。
イメージで考えると 40点~50点 vs 80点~100点 の勝負になるからです。
それこそ、歯科医師と歯科衛生士それぞれが30点しか取れない人間だったとしても 50点 vs 60点 でやっぱりチームで取り組んでいる方の勝ちです。
文字通り、勝負になりません。
歯科医師と歯科衛生士、両者のチームで取り組むことがいかに大事かということが分かります。
補足:CRASPの適用とさらなる可能性
さて、結論としては以上なのですが、先述の「歯科衛生士がきちんと指導できるかによって1.5~3倍程度違う」という点について、私は「きちんとやったらもっと差が出る」と思っているので、それについて補足します。
患者さんのカリエスリスクを改善させるツールとしては、これまでもCRASPを紹介してきました。
CRASPを使い、きちんと患者さんの行動変容につなげられれば、カリエスリスクHighの患者さんはLowに下げることができるでしょう。
実際、当院のほとんどの患者さんはほぼ全項目「青」になっています。
そう考えると、カリエスリスクLowの患者さんと同程度の結果が出る、と考えるのが妥当に思えますよね。
それ以上の結果が出ることはないように思えます。
でもこれはCRASPを上手く使って指導できた場合の話なのですが、患者さんの指導というのは「今のリスクを改善する」だけでなく「未来のリスク悪化を防止する」効果もあるんですね。
今回紹介されたエビデンスでカリエスリスクLowと判定された患者さんは、ある特定の時点(おそらくはCRを実施した時点)でのカリエスリスクを判定したに過ぎません。
カリエスリスクHighの患者さんやカリエスリスクMidiumの患者さんのリスクがそのまま放置されていることを考えると、カリエスリスクLowと判定された患者さんにだけしっかりとした指導が行われたとは考えにくいでしょう。
このようなカリエスリスクLowの患者さんは、正しい知識が与えられておらず「たまたまカリエスリスクLowの習慣だった」患者さんが一定数いると考えられます。
とすると、未来のどこかの時点で、生活習慣が変化し、カリエスリスクが高くなった可能性があるわけです。なにせ10年もあったわけですから。
一方で、CRASPを使ってうまく指導できていれば、患者さんは正しい知識を得られているので、生活習慣が変化してカリエスリスクが高くなる可能性は低くなります。
また、仮に変化したとしてもメンテナンスでその変化をとらえ改善に導くことができるので、カリエスリスクを低く保てる可能性が高いでしょう。
まとめると、
エビデンスでLowだった患者さん →今後Lowではなくなる可能性がある
CRASPでLowにした患者さん →今後Lowでなくなる可能性が低い。LowでなくなってもすぐまたLowに戻る可能性も高い
こうなります。
このことから、エビデンスでの成績よりも、CRASPできちんと指導された患者さんの成績の方が良くなる可能性が高い、と私は考えています。
もうひとつ添えると、術者依存度の話もあります。
今回はCRという、C治療の中でも術者依存度の高い治療にスポットがあたっていました。
これが例えばインレーであれば、CRほどには術者による差がないと考えるのが妥当でしょう。
C治療というのはCRに限らないわけですから、C治療全体で見れば、歯科医師によって2倍ほどは差がつかない可能性が高い。つまり歯科衛生士の重要度はますます高まる、と考えられます。
今回は以上です。
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注)
1) Kubo S, Kawasaki A, Hayashi Y. Factors associated with the longevity of resin composite restorations. Dental Materials Journal 2011; 30(3):374-383.
2) Opdam NJ, van de Sande FH, Bronkhorst E, Cenci MS, Bottenberg P, Pallesen U, Gaengler P, Lindberg A, Huysmans MC, van Dijken JW. Longevity of posterior composite restorations: a systematic review and meta-analysis. J dent Res 2014;93(10):943-949.