日本ヘルスケア歯科学会 第18回「健康を守り育てる診療所」認証ミーティングに関するコメント
2021.7.11に日本ヘルスケア歯科学会の第18回認証ミーティングが行われました。
日本ヘルスケア歯科学会をご存知ない方のために説明すると、認証ミーティングというのは、専門医制度の「医院」版みたいなものです。
日本ヘルスケア歯科学会では、患者さんの健康を守るために必要なことは個々の歯科医師や歯科衛生士等の技能だけではなく、医院全体としての取り組みやレベルだと考えています。
そのため、歯科医師のレベルを認定する「専門医制度」ではなく、医院自体のレベルを認証する「認証医院制度」を採用しています。
今回の認証ミーティングでは、残念ながらコアメンバー(他の学会でいうところの理事)以外による質問は不可とのことで、発表者の皆さんへ質問・コメントすることができませんでした。
ですので、それぞれのプレゼンについて思ったことをこちらに書き記しておきます。
くりの木歯科医院(愛媛県松山市 栗原幸司院長)
結論:歯肉退縮に対する対応が今後の課題かなと思いました。
初診時と3年後の口腔内写真を比較すると、初診時にあった歯肉の腫脹が消退した部分はあるにしても、やはり歯肉退縮が進んでいるように見えます。
オーバーブラッシング気味な気がしますし、ひょっとするとSRP時の侵襲性に課題がある部分もあるのかもしれません。
このあたり言及がなく、ひょっとすると課題意識がないかもしれないので、ただポケットが変わらないからいい、BOPが維持できているからいい、というのではなく、せっかくこうして口写も撮っているおかげで分かるわけですから、歯肉退縮についてもきちんとチェックポイントとして意識して、患者さんの健康を維持できるようになるといいなと思いました。
もちろん、ポケットを浅くする、BOPを低くする、というP検で明確になる部分の歯周基本治療のアウトプットについても、あわせて技能向上を進められると良いですね。
見る限り、まだまだ向上の余地はあると思います!
あと、動揺度もちゃんと検査しましょう!
参考:栗原先生が課題と認識されていること
すぎ歯科クリニック(兵庫県神戸市 杉真一郎院長)
結論1:衛生士の歯周基本治療の技能向上の方が課題として優先順位が高いかもしれません。
結論2:CRASPの導入も進めたいですね。
杉先生は下記のことを課題として挙げられました。
もちろんこれらも非常に大事な課題ではあるのですが、特に上の3つはやろうと思えば今日からすぐできる比較的容易な課題です。
それ以上に患者さんの健康にクリティカルで、なおかつ早くから長期的に取り組むべき課題として、「衛生士の歯周基本治療の技能向上」があると感じました。
実際に歯周基本治療前後の状態を見てみましょう。
口腔内写真:
デンタル:
P検:
もちろん症例というのは所詮N=1ですから、これだけからその衛生士さんの本当の技能を見極めることはできませんが、そうはいっても症例として皆に見せるつもりのものを選んでいるわけですから、特別デキが悪いケースだったという可能性は低いでしょう。
とすると‥‥、BOPはそれなりに下がっているものの、ポケット深さを見たときに、せいぜい1~2mmしか改善せず、4mmもチラホラ残っていることを考えると、まだまだ技能に課題があると考えざるをえないように思います。
次にCRASPについてです。
これについては質疑応答の中で林先生も「使ってください」とご指導してくださいましたが、やはりやり方を変更する意義が分からないとなかなか変える気にはならないでしょうし、これは他の先生の参考にもなるかなと思うので、少し補足をします。
すぎ歯科クリニックさんでは、下記のような独自の生活習慣チェックシートを使用していました。
結局のところ、ゴールは患者さんの健康を守ることですから、CRASPに固執する必要はありません。このツールでCRASPと同等かそれ以上の成果が出せるのであれば何の問題もないわけです。
しかしながら、このツールとCRASPを比較すると、下記のような課題があるように思います。
1. フッ素入り歯磨剤の使用有無や、使用の適切さについて問いがない
2. 食習慣がカリエスのリスクに及ぼす影響について、問いが中途半端で不明確。例えば単に「間食する」かどうかしか問いがなく、NGのラインなのかどうか、どれだけのリスクがあるか分からない
3. 自覚症状と習慣が混在している、各習慣のよしあしがこのツールから読み取れない、など、患者さんが自分の習慣の問題点に自覚的になることが難しく、正しい理解と行動変容につながらないと思われる
以上のことから、現行のツールをCRASPに変更することで、患者さんのカリエスリスク改善が見込まれるので、ぜひ早急に取り組まれると良いと思いました。
わたしの歯医者さん(埼玉県朝霞市 田幡荘院長)
結論:患者さんからしっかりと信頼を得られるようにしたいですね
ヘルスケア歯科診療において患者さんから信頼を得るということは、最も大切な要素の一つでありスタートラインです。
なぜならば、ヘルスケアの実現にあたっては、患者さんの意識を改革することで、ホームケアの改善、食習慣・生活習慣の改善、安定的なメンテナンスの来院を実現する必要があるからで、そのためには患者さんから信頼を得ることが必要不可欠だからです。
しかしながら、わたしの歯医者さんでは、アンケートにおいて「もっと良いところを探したい」と回答される患者さんが実に5.9%ととんでもない比率を占めています。
(ほとんどの歯科医院ではこの数値はゼロです)
また、秋元さんのコメントにおいても「アンケートの中に「不安になります」というコメントが複数寄せられた」との指摘がありました。
多くの医院ではほとんど称賛のコメントしか寄せられないのにです。
各アンケートのダイアグラムの結果も非常に悪く、「予約」「待ち時間」「待合室」など、診療と直接的に関係のない部分を除き、ほとんどの項目で低得点です。
近年の認証では、ほとんどの歯科医院が比較対象であるコアメンバー平均を上回るので、非常に珍しいケースといえます。
これらの事実は、わたしの歯医者さんが、患者さんからの信頼を得られていないことを示す、何よりも確かな証左といえるでしょう。
実際の症例発表をお聞きして、「これは確かに患者さんも不安になるかもしれないな」と思われたので解説します。
小児のケース。お母さんが「上の歯が黄色っぽいのが気になる」という審美的な理由で来院されました。
これに対しての対応が
「切削せず、サホも塗らず、食習慣の改善やフッ素塗布等で様子見」
「お母さんが不安に感じていたので、毎回口腔内写真を撮影」
でした。
その処置自体がNGというわけでは全くありません。
色々なポリシーの歯科医師がいますし、様々な患者さんのご意向がありますから、複数の選択肢がありえるでしょう。
でも、今回の症例発表を聞く限り「患者さん(お母さん)の主訴に耳を傾けず、ただ自分が正しいと信じる処置を頑なに実行」したようにしか聞こえませんでした。
元々の来院は審美的なことが理由でした。
お母さんは本当に黄色くなったその歯をそのまま放置する(切削しない)ことを望んだのか、あるいは切削しないとしたらカリエスの進行リスクを抑えるサホを本当に望まなかったのか(これだけ大きな黄色は許容するのであれば、サホで黒くなることも許容してもおかしくない)。
元々の主訴である審美的な問題の解決であれば切削が有効なはずです。
2歳という年齢からすると、なかなかすぐに治療を始めるのは難しいですが、もう1~2年待って治療できる段階になってから切削介入してもいいでしょうし、どうしてもすぐに解決したかったら抑制下で治療できる大学病院等を紹介する手もあったでしょう。
しかしながらそういったコミュニケーションについては一切触れられておらず、むしろ「お母さんが不安がった」ことだけが語られており、患者さんに対する十分な説明とコミュニケーションがあったようには、どうしても思えません。
こういった頑なさやコミュニケーション不足が患者さんの不安を呼んでいるのではないでしょうか。
この推測が間違いないのであれば、そもそも医療としての妥当性という意味でも疑問のあるレベルであるように思うので、診療理念から見直す必要すらあるかもしれません。
その他
時間的な制約で質問者を限定するというのはやむをえない部分もあると思います。
しかしながら、認証という事業の本来の目的が「全国どこでも十分な質のヘルスケア歯科診療が受けられる環境を構築すること」であれば、「認証」という形式的な審査にとどまらず、認証を受けた医院も、それを聴講している医院も日々レベルアップしていくことが何より大切なわけですから、そのために必要なこととして、質疑応答の時間は十分に取って頂けると、その目的に沿うのかなと思いました。