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英語の歴史を少しだけ辿る

先日「不定詞について思考」という題材でnoteを書きました。

「統語論」好きの私からすると、不定詞は、非常に興味深い英文法の一つです。

統語論とは、言語学の一分野であり、単語を組み合わせて句や文を作るときの結びつき方に関する研究です。 

不定詞の美点は、「動詞の原形」に動詞以外の品詞の役割(名詞・形容詞・副詞)を持たせる利便性の高さであり、これは文構造という分野について熟考を重ねる上で欠かせないパズルのピースです。

しかし、私が思う不定詞の本当の魅力は他にあります。それは、長年に渡って形態的進化を遂げた不定詞が、英語という言語のマクロ的変化を反映している歴史的背景にあります。


4〜6世紀の約200年間に行われた「第1次ゲルマン人大移動」。アジア方面から侵入してきたフン人がゲルマン社会を圧迫したことで生起した現象です。

そして、インド=ヨーロッパ語族に属したアングル人・サクソン人・ジュート人などのゲルマン系民族(アングロ・サクソン)が、大ブリテン島(イギリス)へ侵攻した際に持ち込んだ言葉が「古代英語」です。

ちなみに、土地を奪われた先住民のケルト人は、現代ではアイルランド・スコットランドなど、「ケルト語」派の言語が話される国の人々のことを指す。

古代英語では、不定詞は通常、動詞の語幹に接尾辞("suffix")の "an" を追加し形成されていました。

  • 動詞の "to love"【現代】→ "lufian"【古代】

  • 動詞の "to work"【現代】→ "wyrcan"【古代】

しかし、英語はサンスクリット語・ギリシャ語・ラテン語・ドイツ語に見られる語形変化する語形から不変形へとゆっくりと簡略化されていきます。

ドイツ語は英語と密接に関係していますが、かなり精巧な語形変化システムを保持している点を考慮すると、英語よりもはるかに保守的だと思います。

余談はさておいて、元々 "to" は、前置詞として「方向」・「目的」・「意図」を表現するためだけのものでしたが、今では不定詞を示すために動詞の原形と組み合わせて使用​​されるようにもなりました。

この変化を象徴する例が、1602年頃に初演されたシェイクスピアの戯曲、四大悲劇の一つである『ハムレット』に出てくる名台詞です。

  • "To be, or not to be, that is the question."
    「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」

ハムレットが思考を巡らせた際に生まれた独白。

この文において不定詞が使われている部分の "to be, or not to be" は、"that is the question" の従属節で、 "is" が主動詞になります。

不定詞は名詞として機能しています。 

「初期近代英語」なので少しわかりにくいですが、現代風に言い換えれば以下のようになります。

  • "The question is to be or not to be."


ここで一つの疑問が生まれます。

どうして不定詞はこのような変化を遂げたのか。

実は英語のルーツを辿ると一つの分岐点にさしかかります。

それが1066年の「ノルマン・コンクエスト」です。

当時のイングランドの王様、エドワード王が後継者を指名せずに亡くなったことで、パワーバキュームが生じ、エドワード王の遠縁にあたるノルマンディー公国(現在の北フランス)のウィリアム1世(旧名ノルマンディー公・ギヨーム2世)にイングランドを侵攻・征服する隙を与えました。

そのウィリアム征服王は、現在の英王室の「祖」とされています。

私含めイギリスの小学生であれば、歴史の授業でノルマン人の征服の帰趨を決めた「ヘイスティングズの戦い」について学びますが、ノルマン人がもたらした一番の変化は言葉です。

以下の単語はすべて「ノルマン語」(フランス語の方言)です。

  • "soldier":「兵」

  • "army":「軍」

  • "palace":「宮殿」

  • "law":「法」

  • "beef":「牛肉」

  • "pork":「豚肉」

  • "soup":「スープ」

  • "lettuce":「レタス」

  • "sauce":「ソース」

  • "government":「政府」

  • "parliament":「国会」

  • "fashion":「ファッション」

どうでしょう?「カタカナ英語」として、日本人に馴染みのある単語もあるはずです。

他にも、「フランス語」の発音・スペルのまま英語のレキシコン(辞書)に定着した単語や("café":「カフェ」・"catalogue":「カタログ」)、「古フランス語」に由来する言葉など("royal":「王立」・"maternal":「母性」・"omnipotent":「全能」)色々あります。

こうして上流階級に流れ込んだノルマン人がフランス語を話すことで、英語を話す庶民は、トップ・ダウン方式に影響を色濃く受けたわけです。当時の二重言語社会の産物が現代英語です。

フランス語では、不定詞の前に "à" または "de" を置くことがあります。諸説紛紛として起源がつかめませんが、このシステムが現代の不定詞につながった(動詞の原形に "to" を付ける)可能性は十分にあると思います。

英語の膨大な歴史的背景を探るにあたって、不定詞は打ってつけの起点になると思います。尚又、願わくば、私がそうであるように、皆さんもこの文法の裏にある背景・本質を垣間見ることで、英語への興味が湧くなら幸いです。

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