第14回/或る男の引退~ズラタン・イブラヒモヴィッチ

気が付いたら2022-23の欧州カレンダーは終了し
各チーム2023-24シーズンに向け準備を開始している。
既にプレシーズンマッチが始まり、
選手の移籍、新シーズンのユニフォーム発表など
欧州フットボールファンにとってリーグ戦が開幕こそしていないが、また違ったワクワクを感じる時期である。

一方で応援していたチームから去る者、
あるいは選手としてピッチを去る人間もいる。
ワクワクとともに寂しさを覚える時期でもある。

少し前の話となるが2023年6月4日、ACミラン所属の元スウェーデン代表 ズラタン・イブラヒモヴィッチが
ホーム最終節の挨拶の際、突然の現役引退を発表した。
年齢的に現役生活の終焉が近づいていることは理解していたが、
それでもいざ公式発表となると筆者も一抹の寂しさを感じた。

選手に対する感情は人それぞれだと思うが、
筆者にとって同時期活躍したリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドを「陽」とすると、イブラヒモヴィッチは「陰」という印象だ。
メッシやロナウドがビッグイヤーを掲げたり、代表でもビッグタイトルを手にした一方、
イブラヒモヴィッチはビッグイヤーを掲げることもなければ、
代表でのタイトルにも縁がなかった(もっとも、スウェーデン代表でのタイトル獲得は難しかったのかもしれないが)。
また、常にチームの絶対的な存在として君臨していたメッシやロナウドに対し、
ユヴェントス時代パフォーマンスが落ちた時期にサブに回ったり、
バルセロナ時代はグアルディオラに干されたりと、苦しい時代があったことを見てきたからか、そんな印象が筆者にとって強い。
当代随一の能力を持ちながら、どこか報われなく、
一方で数々の舌禍事件を巻き起こしたその強烈なパーソナリティが筆者を引き付けてやまなかった。
そしてキャリア最晩年、ACミラン復帰から引退までの流れが美しく、より筆者の心に残った。


2019-20シーズン途中、イブラヒモヴィッチはセリエAのACミランに復帰する。
この前後の頃のミランは最悪なチーム状況。
毎年のように成績不振で監督が代わり、獲得する選手もパッとせず、
かつてはノルマであったチャンピオンズリーグ出場圏内であったリーグ4位以内はおろか、ヨーロッパリーグにすら出場できない時期もあった。
19-20シーズンも開幕前にマルコ・ジャンパオロを監督に迎えるも、半年も持たず解任。
チームはその座にステファノ・ピオリを据えるも、直ぐには結果が出ず。
もはや万策が尽きた感があり、
イブラヒモヴィッチ復帰は
「過去の栄光を知る勝利の伝道師の帰還」という様相を呈していた。
ただし、イブラヒモヴィッチに関して言えば欧州での挑戦を終え、
言葉は悪いがアメリカで隠居のような生活に入っているような状態であった。
メンタル的な部分でチームに貢献できても、「プレーヤー」としてチームに貢献するのは無理だろう(年齢もこの時38歳となっていた)というのが筆者の見方であった。
いや、筆者だけではなく大方のセリエA識者はそう思っていたであろう。


ところが、チーム加入後半年でリーグ戦18試合で10ゴール。
チームの成績を急浮上させる。
プレー面だけでなく、若いチームの精神的支柱にもなり、チームに大きく貢献。
チームが復活したことにより、チーム幹部内の思惑であった
「繋ぎの監督ピオリ解任→ラルフ・ラングニックの招聘」というプランを撤回に追い込む事態にまで発展した。
※ピオリとイブラヒモヴィッチの関係は良好で、
 ラングニック招聘が囁かれた時も「ラングニックって誰だ」と発言し、チーム幹部を牽制していた。

また、ミラン再加入の時期は世界的に新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時期。
そんな中、2020年、新型コロナウイルスと戦う医療機関のために募金活動を開始すると発表した。
その際、
”If the COVID19 does not come to Zlatan, crush the COVID19 from Zlatan”
(本当にこの男ならウイルスをぶっ潰しそうである)
また自身がコロナウイルスに罹患した際は、
”Coronavirus had a bad idea to challenge me.”
(筆者ならこの男に喧嘩を売らない)
とコメントし、その言動が人々の気持ちを明るくした。

フットボールはチームスポーツであり
1人の選手がすべてを覆すのは概念として不可能なはずだ。
しかし、この男はたった半年でミランというチームを文字通り1人で変えてしまった。
ミランだけではない。
コロナ禍で陰鬱としたイタリア界隈の雰囲気を
自身の言動で鼓舞し、明るいものに変えたのである。

その後ミランは2020-21シーズンは2位、
そして2021-22シーズンに11年ぶりにスクデット(優勝)を獲得する。
加齢やケガによりイブラヒモヴィッチはフル稼働といかなかったいかなかったものの、要所でプレー。
試合に出ることが出来ない時期もチームを盛り上げる姿勢を崩すことなく優勝に大きく貢献した。
スクデット獲得時、シャンパンをぶちまけ、葉巻を咥えながら闊歩する姿はなんとも様になっていた。
たぶん、この男以外似合わない光景だろう。

これほど画になる選手がいるだろうか。
https://soccerhihyo.futabanet.jp/articles/-/93237


以上がここ数年のイブラヒモヴィッチに関するストーリーであるが
プレースタイルについては筆者が語るまでもなく一級品。
足下の技術、強さ、高さ、闘争心が突出していた。
彼のゴールはいくつも見てきたが、個人的に好きなのは
インテル所属時、いつぞやのアタランタ戦と
PSG所属時、いつぞやのマルセイユ戦のゴールである。

https://youtu.be/QkHq9GlaKPA  ← アタランタ戦のゴール。

https://youtu.be/R778UVGIG5A  ← マルセイユ戦のゴール。

プロの大男のDFを吹っ飛ばしながら、そして最後は「何それ」みたいなゴール。強さ、上手さ、アイデア等、個人的に「イブラっぽいなぁ」と思うゴールだ。
時代の流れだろうか、こういうどっしりとゴール前に構えるCFが最近少ない。良い悪いは別として、こういう選手がまた現れてきてほしいと思う。

長きに渡っての現役生活、本当にお疲れ様でした。
そして夢や勇気を頂き、ありがとうございました。
筆者は彼に対してそんな気持ちでいっぱいだ。


※話は変わるが筆者ががっつりと観た初めてのW杯が2002年。
イブラヒモヴィッチはその大会に出場していた。
先日元スペイン代表のホアキン・サンチェスも現役引退を発表。
2002年W杯出場した現役の選手がほぼいなくなってしまった。
20年以上前の話であるから仕方のないことかもしれないが
やはり寂しいものである。





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