見出し画像

ジーンとドライブ vol.7

式を挙げない代わりに、新居となる家に両家族を招待して、細やかだけど精一杯の御馳走を振舞った。昼間っからワイワイと御馳走を食べ、お酒を飲んで和やかに日は暮れた。ジーンがとても物静かで、会話も深く長く続かないのに対し、彼の父親はとてもおしゃべりでどんどんと話が進んでいく。大きな笑い声はみんなの笑顔を誘う。親子なのにこうも違うだろうか?と思った。帰りはお酒を飲まない私がジーンの家族を送っていく。

「アイツは車が好きなのに、ニュートラルがないんだ…。伸びた枝葉は刈ってやれば形も整うし、新芽もまた伸びてくるんだけどさ。アイツには枝葉が無くて、どうしようもない…。枝葉を出してやってな。頼みます。」

と、べろんべろんでご機嫌さんのお父さんが話すと、お母さんと弟、三人が一斉に「お願いします!」と運転する私に叫ぶように言ったのだ。私は取り合えず笑うしかなかった。独りになった帰り道、改めて、無茶苦茶なお願いをされたものだと苦笑った。と同時に、ジーンの持っている深い闇に誰も入れずに手を焼いていたことが少し垣間見え、何とも言えない不安が押し寄せた。私は神様でも天使でもなければ、魔法使いでもない。生かされている人間が同じ人間を導くことなんてできるものか。自分が導いてほしいくらいなのに。

間延びした貧弱な木ならまだ肥料のようなものを与えればいいかもしれない。だがジーンの木はそうではなかった。厄介なことに、間延びしていながら大木になっていた。それでも、これから一緒になるんだからそのままでは困るのだ。夫婦はニコイチ。きっと私も困るのだ。

「何か、好きなこととかやってみたいこととか…行ってみたいことある?」

その夜、早速聞いてみた。ジーンは少し考えてから、

「ない。」

と言った。予想はしていたけれど、ガックリだ。逆に同じ質問を問いかけられて、私があれやこれやと想いを馳せて答えると、

「いいなあ。好奇心とかそういう欲望とかいっぱいあって。…俺、そういうのどっかに置いてきちゃったみたいだわ。」

これは、予想を超えてガックリだ。でも私は前向きに受け止めてみた。いいなあって思うのなら、まだ大丈夫じゃないかと考えたのだ。

「どっかに置いてきたんなら、取りに行けばいいんじゃない?」

ふふふんっとジーンは笑ってそのまま眠ってしまった。出来るものならして見せてとでもいいたいようだったが、私は、小さな希望を見つけた気がして不安だった心が少し晴れたように感じていた。自分の意思とは関係のないところから降ってきたものごとも、意外と楽しかったり感動したり、心が動くことがある。そういう風に手あたり次第誘ってみようと策を練った。さて、ジーンはどんなことに興味がありそうかな…そう考えながら私もいつの間にか眠ってしまっていた。

そうして、ジーンの忘れ物を取りに行く旅は始まった。まさに結婚記念日の夜だった。

いいなと思ったら応援しよう!