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ジーンとドライブ vol.8

「そこ、行ったことある?」
これはジーンの口癖だ。
基本的に食事は家で食べることを好む。昼間に出かけて、ランチでもしようとなると、大体自分がよく行くカレー屋かラーメン屋をピックアップしてくる。不味いお店では決してない。だけど、空腹を満たす…と言う事だけでなくて、私としては毎日自分で食事の用意をしているわけで、外で食べる時くらいはもうちょっと何というか、テンションの上がるお店できれいな盛り付けのお料理を楽しみたいと思うのだ。だから、少し検索してみては、「ここはどう?」と聞いてみる。ラグジュアリーなお高いお店では決してないのだが、ジーンはいつも乗り気じゃなく、お決まりの口癖が飛び出すのだ。自分が行ったことがあるのが大前提。でも、ジーン的には一歩譲って、私が行ったことがあればOKなのだ。
「行ったことはないけれど…」
と、私が答えると、その時点でジーンは5メートルは引いている。やけに遠くに行ってしまうジーンを見てしまうと、結局私の方が譲歩してしまうのだ。きっと、私の願いが叶っても、始終テンションダダ下がりのジーンが横にいてはいくら美味しいモノでも不味くなる。それならば、私のテンションは少々下がり気味だが、ガチャガチャとにぎわう見慣れたお店で、それなりに美味しいお料理を頂く方が幾分マシに思えるからだ。

まあ。分からんではない。いつものお店は慣れているだけに落ちつく。安心感がある。初めてのお店に行った時の少しの緊張感は私はワクワクするが、ジーンにはソワソワするだけなのかもしれない。まして、あんまり美味しくなかった時のショックは大きい。やっぱり、いつものお店にすればよかった…と後悔先に立たずだ。
ジーンはその失敗が嫌なのだろう。失敗した時の落胆が新しいお店を開拓できるハッピーを上回るのだ。

そうだ。ジーンは失敗を避ける。リスクがあることには手を出さないのだ。
それは、いいことでもあるかもしれないが、可能性を狭めていることでもある。この人はきっと私なんかより断然賢い。そこに多くの失敗を積めばどれほど大きくなるだろうか?夫婦になった後だと、ジーンの失敗は必ず私にも降りかかるだろう。だけど、大いに失敗してほしいなと思う。大きな体で小さくまとまらんでほしいものだ…と思う私は変だろうか。
次にランチの機会があれば、有無を言わさずシレっと私が行きたい店に連れて行こう。美味しければ問題ないのだから。美味しいものを食べてテンションが下がる人なんてきっといない。
私はジーンの不機嫌に屈しないことにした。

ブーブー文句を言いつつも新しいお店に入ったジーンは、いつもよりも増して無口になる。話しかけても頷くのみ。負けるな私。
運ばれてきたお料理に自然と口元が緩む。
「いただきます!」
一口食べて、美味しいことを確認し、ジーンを見る。
まるで犬のように香りを嗅いでまずは一口。
一点を見つめてモグモグしている。
「美味しい?」
ジーンは黙って頷いて二口目。
目をつむって堪能しているではないか!よしよし。今日のところは成功したようだ。

こうやって少しづつ初めてを増やしていこう。嫌いなら嫌いでいいじゃない。失敗したらしたで選択肢が一つ減るだけ。やっぱりラーメンの日があってもいい。食わず嫌いはきっと損。

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