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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第61回 第50章 ミカン転がる四暗刻 (前半)

 しかも、悪いことは重なるものである。放課後(ああ、懐かしい響きじゃ)、西荻窪のボクのアパートで同じ学年同士何人かの飲み会を開いた時に、忌まわしい事件が起きてしまい、運悪く、その表面的な結末だけをセシリアに察知されてしまったようなのであった。
 ぼくは入学後なぜかずっと東京都内出身の学生と勘違いされていた。
「お前確か西高だったよな? もし『飛翔』ってやつ取ってあったら、今度持ってきて見せてくれ」
 誤解の原因は、札幌のことばが標準語に近いことだっただろう。そのため、アパートに近付いて初めて、友人の一人に、「あれ、お前んちどっかの1戸建てじゃなかったのか。縁側に万年青とか君子蘭とかの鉢があって、庭のアオギリの洞にインドの哲学者のような目付きの黄色いオウムが住み着いていたりしてよ」と聞かれた。
(アホー、アホー)。
 駅を出てスーパー2軒に寄って食材と酒その他を調達してから、ボクの部屋のある3階に上がって行った。どういう種類か知らないが、そんな高い所まで巨大ヒマワリが届いて咲いていた。厚みのある花の直径も60センチもあるように見えた。ピザなら何人分になるだろうか。部屋の前の通路に土の表面から高さは1.5メートルぐらいで、太さもたぶん20センチはあるサボテンの鉢を4つも並べて置いている入居者の前を通ってボクの部屋に着いた。この人物は髪を5色に染め分けて、さらに後ろで束ねているかなり怖そうな男なので、大家も何も言えないのだろう。鉢には、北から玄武、青龍、朱雀、白虎と白いエナメルで書かれている。古代からの時間旅行者か。何かのまじないか? まさかそんな風にして書道の練習はしないだろう。もう意味分かんねえし。触らぬサボテンに祟りなしである。ただし、トゲのないバーバンク・サボテンなら問題はない。いくつか咲いていたサボテンの花自体はどれも鮮やかな色彩をしていた。
 男だけ、女だけより、男女が混ざっていると、なぜか部屋の収容可能人数が2人分は増える。みんなエッチねえ。肉体の密着がそんなにお好きかえ? それとも、冬なら暖房のつもりかえ? 来た連中は、足の臭いに気付かない振りをしながら密に席に就いた。鼻が詰まっていた奴もいたかも知れない。
 珍しいことだが、その中に共通の身内の葬式のあった小学6年生以来一度も会っていなかったという、はとこ同士がいた。このことは1軒目のスーパーの外の道を歩いている時にその両方から説明を受けた。
「へー、親戚が同じ大学の同じ学年にいるなんてね。小中高なら時々聞くけどね。でもお互いに気まずいだろうな、とかく相手と比べられてさ」
 住んでいる場所が離れていることもあって特に親戚づきあいはしておらず、せいぜい年賀状でお互いの一家の生存は確認している程度の関係であった。宛名の漢字自体を書き違えて出した年さえあったほどだったが、受け取った方もその間違いに気付かず終いだった。ボクはその男子学生の方とは何度かお喋りをしたことがあった。数学好きで、自宅からも近い東工大志望だったのだが、世事に疎かったのが禍して、親スカラベの上に子スカラベを乗せて、子スカラベの上に孫スカラベを乗せて行く、スカラベを高く重ねる占いに凝っているガールフレンドに感化されて、「ねえ、あなたも黒澤外語大に一緒に入らない? これからはスペイン語の時代よ。アメリカも、女性よりヒスパニックの方が先に大統領になるんじゃない」と誘われて鼻の下を伸ばし、親、特に母親から懇願されたが軽率な決心は変わらずに、受験科目を大幅に組み替えて現役でこの外語大に合格してきたのだった。本人には悪いが、この手の合格を別件合格という。専攻はもちろんスペイン語だった。

第50章 ミカン転がる四暗刻(後半) https://note.com/kayatan555/n/nfabeba5b17e5 に続く。(全175章まであります)。

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