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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第63回 第51章 腹いせ酒の女子学生

 互いに関係の浅い学生たちは、ボクの部屋に腰を下ろして何とはなしに室内を見回しながら菜箸を使った。白菜やら肉やら何やらを鍋に入れると湯気が立ち上がった。シメは稲庭うどんにしようとしていた。闇鍋をすると部屋が片付いてありがたいのだが、自分の口にも潜在的危険物を入れざるを得ないので、ボクはそうしようとの提案はしなかった。まださほどぬるくなっていない発泡酒で乾杯したところまでは良かったのだが、片方のはとこが、失恋でもしたばかりなのか、株ですったのか、ゼミで恥をかかされたのか、ピッチ速く独酌でどんどん酒をあおり続けていって、ついに床に転がって眠ってしまった。ボクの札幌の実家から送ってきていた昆布からは出汁が出て、春菊はくたっとなり、豆腐は良い具合に変色していたのにである。もう一方のはとこ氏は2つ目のテーブルの角に陣取っていた。ちらっと親戚に目を向けたが、そのまま近くの学生たちとお喋りを続けた。案外冷たいもんだね。
 地味な子なので誰も気付いていなかったが、横になった子の後ろに720ミリリットル瓶が1本空になって倒れていた。小柄な女の子にとっては大量と言って良かった。着いてまだ50分も経っていなかったのにである。日常生活でほとんど酒を飲まないボクだったら、このサイズの酒があったら3週間近くは保つだろう。ボクの隣の外見は日本人そのもののブラジル人学生が口を開いた。小学校から日本に住んでいるので日本語は自然である。専攻が何語かは聞きそびれたが、まさかブラジル・ポルトガル語ではあるまい。悪くはないけど。
「こいつアル中か? 普段おとなしい奴は怖いな。おい、大丈夫か?」
 聞かれた学生は、返事の代わりなのか、おならを2発、1オクターブ差で出した。
「う ん」
 いずれも黒鍵の音だった。ボクはこの後さらに音が消灯ラッパのように勢いよく連続しても、正確に楽譜に書き取れる自信があった。中学校の聴音の授業を思い出した。
「あら、丸原浄の助ンクン、耳がいいわね! ちゃんと聴き取れてるじゃない? どこかで練習しているの? 先生、嬉しい!」
(ちなみに、戦国武将のような名前の先生であった)。
 換気扇に一番近い奴にスイッチを入れてもらい、一同自動的に口呼吸に切り替える。ここでようやく先ほどの学生が「しょうがないな、6年振りで会ったばかりでも親戚は放っておくわけには行かないな」と顔をしかめ、口と鼻を押さえながら寄ってきた。(そう、小学6年生は12歳で、それにわずか6歳を足すと大学に入れる18歳になっているのだ。何という早さだ。大人の6年なんて学生の2週間ぐらいの感覚で過ぎてしまうのだぞ)。
 トラブルメーカーは、「苦しいの、苦しいの」と言い続けていたが、5分ぐらいしてから、やにわに起き上がった、と思ったら、倒れかけながらボクの大切な本棚に向かって派手に反吐を吐きかけたのである! 口から「総天然色」の銀河系が噴き出してきたかのように見えた。

第52章 思いもかけていなかった大被害 https://note.com/kayatan555/n/n6c38b96dab70 に続く。(全175章まであります)。

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