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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第142回 第108章 「錬金術師」の叔父

 このおじさんは道内の工業大学を卒業してから、静岡県三島市の某スタートアップ企業の起業に参画して若い重役になった。学生時代、数学は満点しか取ったことがない。この会社の東証2部上場後、まだ20代だったのにストックオプションで一気に大金を手に入れた。少なくとも15年ぐらいは働かなくても済むだけの資産を作ってしまったのである。そこで逆につまらなくなったのか、さっさと退社して北海道に戻ってきてしばらくぶらぶらしていた。知り合いから頼み込まれて塾で数学を教えたところ、100点満点で30点ぐらいしか取っていなかった生徒たちが全員90点以上取るようになってしまい、講師料は2倍に引き上げられた。
「金なんて要らないのにオレ。数学の面白さが分かる生徒を少しでも増やせて楽しい」
 次に、農作業と健康対策をミックスした耕耘機を発明して芽室町に本社のあった製造販売会社に特許等を売り付け、短期間十勝に滞在して自らセールスマンまで買って出ていた。しかし、「ハンドルにぶら下がるので毎日腕が疲れる」と言って、あっさり札幌に戻ってきて、その後は親戚中誰もよく知らない研究と商売をしているようだ。金回りがいつもいいので、甥のボクとしてもちょっと心配である。まさか錬金術に成功したのではあるまい。
「あの人毎月のように、金魚売りみたいに天秤棒の前後のバケツに山盛りにしてぶら下げて金塊売りに来ますね」
 ♪ 金塊〜、金塊。
 この旭ヶ丘の住宅は化学の実験室のように天井の高い、建物だけで4億5000万円もする豪邸で、崖の部分に沿って、極端に細長い見慣れない常緑樹が7本並べて植えられていた。実生で育てた糸杉である。英語でItalian cypressという。長年かけてこの植物を配列して作り出したオルチャ渓谷の風景が有名である。近年の目立った気温上昇で、ついに札幌でも露地栽培可能になったのだ。すると、道南から今や登別付近まで北上中の杉のように、そのうち少しずつ自然界に広まって行くかも知れない。石狩湾は地中海沿岸化するのだろうか。それとも欧米化?

第109章 イタリア人転校生 https://note.com/kayatan555/n/nc7daee2e7453 に続く。(全175章まであります)。

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