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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第114回 第87章 七輪を前に (3/3)

第31条の2(ヨット命名権)
 正会員は、身長、体重、年収の多寡によらず、1人1票の投票権を有する。投票は艇庫宛ての普通郵便による。他の投票者と区別するために、投票用紙に本人を特定する何らかの記号ないし痕跡を残すものとする(例: 指紋、鼻紋、臭い、前科)。投票受付期間は4日間とし、会員に投票開始日の7日前までに通知するものとする。単純多数をもってヨット名を定めるものとする。名称の提案はいずれの会員も単独でなすことを得。選挙運動は無制限とする。(賄賂か外郎をちょうだい)。
 となっている。簡単に言えばバトルロイヤル方式である。ここで、娘を溺愛する広島県出身の形成外科医の友人「フランケン」が、密かに多数派工作を始めた。娘の望みの名前を付けさせようとする企みである。(この医師は「この空模様じゃと、たぶん雨は降らんけん」が口癖。その後に「それにしても札幌はあんまり雨が降らんのう」が続く。「広島じゃ、傘が重たくなるほどの雨が降るぞ」)。どーでもいーけどさー。実のところ、名前を考えるのはかなり面倒なため、会員のほとんど全員が、「白紙委任するので、誰か決めてくらさい」と考えている。だから、実質的競争率はせいぜい2倍程度だろう。つまり、誰か比較的積極的な人間を1人ぐにゃっと潰せば勝利なのである。日本の伝統にちなんで「丸」と付けなくても差し支えない。食べているうちに色が何回も変わる飴があるが、これと同じように、ヨットも船体の汚れを落とすたびに改名するということだ。常に新鮮な気分でヨットに向き合うことにより、乗員の安全性を向上させられるだろう。名前を変える回数に限度はない。廃船にするまで何度でも名前を変えていく予定である。そう言えば、同じように色が変わる仕組みになっているチョコレートがあったような気がする。メロン風味の製品があったらおいしいだろうな。北海道の気候はメロン栽培に適している。
 6月下旬以降、夏の間に富良野に行く人はあそこの数箇所で売られているメロンを、それも冷やしたメロンを食べてみるといい。ああ、今すぐ食べたい。札幌から2時間半かけてドライブする価値が十分にある。東京からなら旭川空港からの方がずっと近い。時期によるが、美瑛から富良野までは随分時間がかかることが多いので、事前に予想所要時間を調べておくべきである。途中の森林自体、夢のように美しい。北海道の常緑樹は、赤松など一部の植栽を除いていずれも直立して生長する。その木々が作り出す単純な直線的な秩序は、夏も冬も印象的である。落葉松も新緑、黄葉いずれも風景の豊かさに貢献している。
 我々のヨットの名前はハリケーンの名前でないので、特に女性名でなければならない、ということはない。なんなら勘九郎なんて名前でもいいわけで、我々の自由である。とは言っても、実は、ヨットの名前と操船技術はあんまり関係ないんだけどね。下手な奴は下手、上手い奴は上手いのさ。両耳の上の部分にブームが派手にぶつかって脳に振動を与え、医師としての記憶力を減退させている懸念がある。ちなみに、私はヨットの一艘に一回は「白樺」という名前を付けたいと密かに考えている。ドイツ語ではヴァイセ・ビルケである。綴りを見ると英語のホワイト・バーチとよく似ている。5月にあちこちで見られる新緑の白樺疎林、きれいでいいねえ。あの葉の早緑は青春のときめき色だ。

第88章 夏はいつからいつまで https://note.com/kayatan555/n/n4d06464d5dab に続く。(全175章まであります)。

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