『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第105回 第82章 埋蔵金自動増殖発見 (後半)
株取引は初体験だったので慎重に行動した。今やインターネットのおかげで一歩も自宅から外に出なくても、また、証券会社に電話をかけなくても売買の指示ができるのだ。だが、刻々と変動する各銘柄の株価をパソコンで見ていても、まるでコンピューターゲームをしているかのようで、自分自身が当事者になっている実感が湧かなかった。手始めに一部だけを売って約100万円を作った。このお金は手元に留まることなく、ハマナス市役所の彼方にそそくさとお隠れになった。キャッシュ、カムバーック。仲間たちもそれぞれ均等割の負担額を入札指定口座に送金してくれた。老けた顔をした奴が、「お孫さんから振り込みを指示する電話があったのではありませんか?」と行員から真顔で尋ねられた。あのう、温かいご配慮ではありますがね、まだ30代ですよ、あの男。(80歳を超えたらどうなるんだろうか。見かけもカメに近づくかな。「キャベツ、もうちょっとくれ」)。
嗚呼、オレたちはダチなんだな。あいつらと同じクラブにいて良かったな。変人や嫌な奴も何人かいたんだがな(オレも誰かにそう思われていたのかな?)。学年が違っていても部員一人一人の人権をかなりの程度まで尊重する気風のあった大学運動部仲間の結束は、血縁より貴重なのかも知れない。
こうして入札残金を市役所に完済し、次いで、手間取ったが自分たちで法務局に出向いて所有権移転登記も済ませた。あとは毎年固定資産税、火災保険料、地震保険料の支払が必要となる見込みだが、取り敢えず今日のところは脳の中に青空が広がって、花びらが舞っているかのように気分が良かった。出勤時に、まるで切り分けられる前のバウムクーヘンのようにべらぼうに車体の長い、ほぼ重戦車仕様の防弾リムジンが出迎えに来ているってこんな感じじゃないかな。礼砲の硝煙の臭いがする。
「ああ、これこれ、朝っぱらから冷えたシャンパンなんか抜いて持ってきてはいけないぞなもし」
その翌月、地元紙に小さな記事が掲載された。この落札価額の妥当性を巡って、ハマナス市議会で市理事者側が野党議員から追及されたが、特に市長譴責決議案の提出にまでは至らず、「今後とも一層慎重な資産運用を心がける」との答弁で幕引きとなった、との報道であった。この件に関して、私のところに取材申し込みはなかった。原因関係である、市があの校舎、敷地を売却することに決定した経過はどうであったにせよ、入札手続きは何の不正もなく適法に完了している。土地・建物は買って登記を済ませた者の勝ちである。
例の調査用ドローンは、落札後に校舎内の大掃除をした時に思い出して、ストーブの鋳物の扉を開いて無事回収した。
「大儀であった。褒美を遣わす」
「有り難き幸せ」
「ばさー」
「ぐえー」
(何やってんだ、オレ)。
この成功裡に終わった入札劇には後日談がある。
保険料の支払いは避けられないが、固定資産税には思わぬ朗報がもたらされた。実は、入札参加の是非を私が相談したその週のうちに、用意周到な兄が租税特別措置法の時限例外規定を自発的に調べ上げていたのである。兄の一橋大学法学部時代の仲間で財務省に入省していた親友の人脈が役立った。この私たちの購入地には、海岸保全と渡り鳥保護のため国からある指定がなされており、購入後35年間、建物、附属施設を合わせた不動産の合算評価額が備忘価格の1円とされることになっていたのだ。つまり、固定資産税はゼロ円となる。この兄はいつでも無料で使える執事である(弟の先取特権)。兄ちゃん、ありがと。弟に産まれて良かったぜい。ああ、次男て楽ちん。(そのうちまとめて一気に報復されるかな)。
今すぐ熱い温泉に浸かりたい。脊椎の快感、筋肉の弛緩、血流の改善。ああ、いい。そして、畳の部屋で自分でも知らないうちに眠りに就いてしまいたい。これぞ至福。
さらに、自分自身の財産保全のために、5営業日に分けて株式を大量に処分して金塊とダイヤモンドを買った。購入代金が嵩むので銀行振り込みにした方が安全なはずだった。しかし、そうしてしまうと何だかそのまま財産が虚空に消滅してしまうような不安に駆られたため、銀行の支店次長から難詰されるような扱いを受けながら高額の現金を手に入れた。その札束を数十束分リュックに詰め込んで、宝石店なる場所に生まれて初めて向かったのである。
第83章 Ingot We Trust https://note.com/kayatan555/n/na6311ac5b8f5 に続く。(全175章まであります)。
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