『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第26回 第22章 伝言ゲーム (後半)
さて、我々のゲームの方の解答は今お渡しする紙に書いて下さい。正解はこの封緘した封筒の中にあります。実は私も知らされていません。封を開けてみて、ハズレって書いてあったらどうしましょうね。制限時間は30秒とします。30分とすると、ちと長すぎるでしょう。お名前は本名でも、あだ名でも、イラストでも、その方がこの場でだけ特定できれば結構です。戒名はまだ分かりませんよね。個人認証の方法は3つありますね、指紋、虹彩、シルエット。もっとも、後ろ姿だけでは無理かも知れませんが。
問題は、高齢化率の高い地域のプロモーションのために、日本語を勉強中の外国人を集めて、ある温泉町で伝言ゲームをしたときの結末をお考えいただくことです。硫黄や明礬の匂いの漂う会場には、浴衣姿の逗留客が100人以上集まっていて、地元のテレビ局が生放送しています。鈴木ちなみちゃんをお呼びするだけの予算はありませんでした。あの方の笑顔での環島(ホァンダオ)つまり台湾一周自転車旅、良かったですね。GIANTの劉金標会長さんの端正な日本語にも痺れました。日本文化に対する敬意の念を感じました。私も一周旅行お供したかったです。うちの地元は不便なので、高校生の時に長距離自転車通学をしていましたから、今すぐにでも参加できますよ。一青妙さんがこのガイド本を出しておられます。あの俳優・歯医者さんの書いた台南の本と妹さんの一青窈さんの本、両方持って私も行ってきましたよ、台湾。いいところです。毎年行きたいですね、私。近くていいんですよ、あそこは。しかも羽田から台北都心の空港に直結で時間の無駄がゼロです。ネットの旅行代理店に登録しておくと、明日朝出発なんて便がほんの片道ン千円で買える時があって、私、実際に3,400円で行ったことがありますよ。空気を運ぶよりはマシだからという投げ売りですね。帰りは代金がだいぶ違いましたけどね、それでも東京にいると地方では得られない利益があります。
この温泉でのゲームでは、外国人向けということで、念のため漢字にルビを打ってあります。ひらがなに漢字のルビを振るって聞いたことありませんね。そんな小さな漢字を読もうと思ったら、目が寄り目になってしまうでしょうね。台湾ですと、ちょっと日本のカタカナにも似た注音符号、bopomofo(ボポモフォ)というのがありますね。指定の例題は温泉にちなんで『源泉掛け流し』でした。順当な設問でしょう。これが間に10人を挟んで少しずつ変わっていきました。各チームが全部で50人ずつだったら、脚は100本なのでムカデ競走に切り替えることもできたでしょう。運動会の種目を複合競技に変えてみると波乱続きでしょうね。例えば、二人三脚とパン食い競争や、二人羽織と玉入れ、陣取り合戦と徒競走をそれぞれ組み合わせたりしたら、どんな展開になるでしょうか。どこかの小学校で試してもらえないですかね。
掛け流しの方の答えを想像してみてください。当てた方には冷えたドンペリを1本ご提供します。スイーツ用の香り付けに売られているようなミニボトルではありませんよ。ホストクラブじゃ、店内価格ン十万円って話も聞きますが。そこまでしてチヤホヤされたい女性心理って何なんでしょう。今のは単なる私のつぶやきでした。虫刺され、いや、無視なさってください。
さあ、各列の最後の参加者が書いた文はどうなっていたでしょう。ひょっとして優秀すぎる参加者たちだと最初の文のまま正確に伝わっていたかも知れませんが、まずそういうことはないでしょう。では、今から30秒です。解答を書いてこちらに出して下さい。
時間が来ました。間違っているかも知れませんが、ドイツ語だとDie Zeit ist gekommen、フランス語だとLe temps est venu、イタリア語だとÈ arrivato il momentoだと思います。このテーブルの上で即時開票です。封筒をどなたか開けて下さい。私がすると不正を疑われかねませんから。どうもありがとうございます。チェコ語ではなんて言うんですか、お礼の言葉。夏休みにプラハも行くんですよ、私。メインはベルリン、ポツダム、ハノーファーなんですけどね。中央運河を走る貨物船に便乗できないか調査中です。スパイ容疑で逮捕されてしまいますかね。それとも、封印貨物船にされて、サンクト・ペテルブルクまで送り届けられたらどうやって脱出して来ますかね。カフカはドイツ語で書きましたが、チェコ語はどこまでできたんですかね。考え出すと眠れなくなっちゃう。
うーん、ないな。正解が出てきていないですね。みなさん、残念でした。確認させていただくと、元は『源泉掛け流し』だったですよね。正解は、正しい答えは、お聞きになりたいですかあ、みなさん? じゃーん、『全員垂れ流し』だったんです。でも、おひとり、惜しい方がいらっしゃいました。こう書いてあります。
『全員垂れ目だし』
それでは、どなたの景品にもならなかったシャンパンを空けましょう。少しぬるくなってしまいましたか。一体、誰のせいでせう?
普通は空けるのは1本だけですが、ある外国の空軍士官学校で、国家的な特別行事の際に豪勢に大統領から特別支給されるアンフォラのようなサイズの特大瓶を2本同時に空ける時の習慣ってご存知ですか。瓶の底は床に置いて、瓶の先と先をフェンシングの時のように交差させて、片方はロンドンに向けて、もう一方は反対側にコルクを飛ばすんです。これをシャンパンのロンパリ打ちと言います。両方にバドミントンのラケットを抱えた兵士を一人ずつ控えさせておいて、飛んできたコルクを打ち合うんです。2個のコルクが空中で衝突する確率は何%ぐらいなんでしょうね。
このやり方にちなんだわけでもありませんが、今日は実はもう2本ご用意してあります。しかも、しっきゃーも、片方はロゼです。いいでしょう、華やかで。これはフランス語ですね、eの上に斜めの線をつけて、格好良いですね、おフランス語は。どうして中学でも高校でも英語しか教えてくれなかったんですかね。英語では何て言うか知ってますか。アメリカ人の友人たちにroséのことなんだけどって尋ねてみたら、5人のうち3人までから“You mean pink champagne?”って聞き返されたんですよ。なるほど、ピンクって言われたら、そうかなって思いますよね。両方ともフランス産ですが、それだけの人数が集まる予定で1本では全然物足りないだろう、これ持ってけ泥棒、という温かいご配慮で某先輩からいただいた差し入れです。都庁の財政担当の局長をしておられるんですが、あ、ヒント言っちゃった、売名になるから名前は伏せてくれというご要望です。この表現だと公職選挙法に抵触しませんよね。皆さん、紅白の泡の含意を忖度してくださいね。それでは、そこの窓を開けて大航海時代の大砲のように瓶を横に並べて外に打ってみましょう。窓の下がどうなっているかは知りません。歩行者にも犬にも棒にも当たらないないように祈りましょう。
ポンッ、ポンッ、ポンッ、シュワー!
皆さん、無責任でっすねえ。では乾杯! 今日の合コン、いや、交流会でしたね、良い出会いがあることを祈念いたしまして私の簡単なご挨拶を終わります。そのうちきっとテレビに出るから、M-1見てね。以上、寡黙な猪野田でした」
せっかくのシャンパンは3本とも中途半端な温度になってしまっていた。こうなったら、いっそ熱燗にして瓶を破裂させてやろうか。こんなくーだらない8,000字を超える長口上をかなり正確に覚えているのは、その日が特別な日になったからに他ならない。その曜日は木曜と金曜の間にきつく挟まれた、1秒間も経過時間のない、他の誰ひとり知らない名もない別の曜日となった。ブリュメールのような命名が許されるなら、密かに「霧曜日」とでも名付けておきたい。ボクの専攻であるドイツ語に直訳すればNebeltag(ネーベルターク)となるだろう。ボクのまだ上り坂であるはずの人生は、父の亡くなった「氷曜日」と、黒澤外語大に合格した「炎曜日」そしてすぐ後のこの「霧曜日」の3つで截然と区分されている。そうだ、医学部合格日、国試合格日も忘れてはいないが、ここでは気付かなかった振りをしておきたい。
第23章 霧曜日、キミに出逢ったあの夜 https://note.com/kayatan555/n/naef4627d201b に続く。(全175章まであります)。
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