殿下のお子ではありません! 番外編SS ~ばあばの秘密を教えてください!~
二見書房 ハニー文庫さまより発売していただいた、
拙著『殿下のお子ではありません!』の後日談SSです。
ディアヌとマリーの一コマです。
ばあば、なんで、けっこんシタ……?
マリーの質問攻めをごまかせない! 観念したディアヌは……
本編のネタバレありです。
読了後に読んでいただくといい感じ……な内容です。
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よろしくお願いします。
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『ばあばの秘密を教えてください!』
娘夫妻は、観光船の歓迎行事に出掛けた。
悪戯盛りの孫、マリーを預かっているディアヌは、そろそろおやつの準備をしようかな、と考えていた。
「ねえばあば、ナンデ……ばあば……けっこんシタ?」
膝に抱いた孫娘、マリーの質問に、ディアヌは『来たな』と思った。
「どうしたのマリー。ばあばが結婚したらおかしいの?」
「エー……ちがうケド……なんで、けっこんしたか、しりたい……とマリーはおもう!」
「なんでもへったくれもありません。アンリおじさんに『結婚しよう』って言われたからよ」
「どうちて? どうちて、けっこん……いわれたの? ばぁば、なんでけっこんしよう……いわれた?」
透き通るような青い目をクリクリさせながら、マリーがディアヌの顔を覗き込む。
マリーはこの一ヶ月ほどで、さらに賢くなってきた。
爆発的な勢いで『なんでどうしておしえてください』を連呼しては、娘夫妻やディアヌをげっそりさせているのだ。
もちろん、ちゃんと答えることがマリーの成長の助けになるのは分かっているのだが、一日中質問攻めされるのは疲れる。
マリーがこんなことを聞きたがる理由はわかっている。
娘夫婦と一緒にリーヴェンワース島に戻ってきてからというもの、島民の間で、自分の噂が散々流れているからだ。
ディアヌとて、まだ四十前だ。再婚相手は三十八歳の初婚男性。別におかしな話ではないのに。
――島主様の妻に納まった娘より、ちょっと顔のいい年下と再婚した私の方が、めちゃくちゃ言われるなんて……。
自分が悪目立ちすることは昔から分かっているのだが、まさか三歳の孫の耳にまで、その話を吹き込む人間がいたとは。
島の幼稚園の先生か、マリーのお友だちの父兄なのか、はたまたアニエスについていった先で、誰かの噂を耳にしたのか……。
心当たりがありすぎる。この狭い田舎では、ゴシップは最高の娯楽なのだから。
「マリー、ばあばが作ったジャムを食べる?」
笑顔で尋ねると、マリーは一瞬迷った様子になり、すぐにもう一度繰り返した。
「ばあば、ナンデ、けっこんシタ?」
――おやつ程度じゃ諦めないわね。アニエスはあんなに大人しいのに……これ、明らかに私の血だわ。
ディアヌは根負けし、マリーに本当のことを教えることにした。
不思議なことに、本当のことを話すと子供は納得するのだ。なぜ、嘘と本当の区別ができるのだろう……と思うが、幼いアニエスもそうだった。
「アンリおじさんはね、苦労している王子様にお仕えしていたので、自分の結婚を後回しにしていたんです」
マリーにはさっぱり意味が分からないだろうが、ディアヌはキッパリと続けた。
「それで、若いお嫁さんを薦められていたのだけど、若い女性相手だと、話が弾まないので嫌だったのですって。そこでばあばと会ったの。ばあばは旦那さんがいないし、もう子供も……マリーのママも大人だから、ご飯とか作ってあげなくて大丈夫でしょう? だからアンリおじさんと結婚したのよ。わかった?」
難しい話を聞かされ、マリーが遠い目になった。
しばらく手に持っていた紙くずを弄った後、ぱっと顔を上げて再び尋ねてくる。
どうやら脳内で、マリーなりの解釈が終了したらしい。
「ばあば、アンリ……おじさん、すき? だからけっこんした?」
痛いところを的確に突かれた。
どこで入れ知恵されたのだろうか……。作り笑いを浮かべたディアヌに、マリーがにっこり笑って言った。
「パパは、ママがすきです。だからけっこんした。パパは、ママはせかいいち、かわいい、といいます。マリーも、そうおもう」
「そうなの。よかったわね」
娘夫婦は睦まじくやっているようだ。頷いたディアヌに、マリーが続けた。
「アンリ……おじさんも、ばあば、おこると、しゅごい、こわい。でも、キレイ。おこられるの、すき、といいました」
知っていることは何でも喋りたいマリーの口から、とんでもない言葉が飛び出す。
――あの人ったら、三歳児に何を教えてるのよ。
アンリの好みは、気が強く、頭の回転が速く、自分の機嫌を取らない女性だ。
さらにいうなら、年上で自分を叱ってくれる人が好みなのだという。
しかも、ただ怒るだけではなく、自分のよくなかった点をズバリと指摘しながら、あくまで上品に怒って欲しいのだそうだ。
なぜそんな趣味なのかは不明だ。恐らく向上心が強く、自分を磨き上げたい思いが強いのと、生まれつきの性格なのだろう。
一方のディアヌのほうは、全く男性の機嫌を取る気がない。悪いと思ったことはビシッと指摘したい。この主義のためにたくさん敵を作ってきたが、言わないで相手が損するよりはマシだと思って生きてきた。
たとえ、この性格が原因で男性と別れるハメになっても、亡夫の遺産と島での仕事で生きていけるので、かまわないと思っている。
ちなみに、ディアヌの好みの男性は『自分の気の強さを、どこ吹く風で受け流してくれる人』だ。
そういう意味では、亡くなった前夫は最高の相手だったし、アンリとは割れ鍋に綴じ蓋的な相性なのだ。
求婚されたときの、アンリの熱烈な態度を思い出す。
『貴方は……私の理想の女神です』
アンリに跪かれて、甘すぎるセリフと共に求婚されたときは、正直めまいがした。
『孫持ちの女は初婚の相手には向かなくてよ?』
と、五度ほど断ったのだ。しかし、最後は、アンリの熱意に折れた。
『この人生で、貴方以上の女性に出会ったことがないのです。この恋から私を救ってください。どうか、貴方の美しい手を取らせていただけませんか?』
そこまで言われては、断れなかった。そして、彼の妻になり、今に至る。
アンリは紳士的で優しく、知的で、最高に気の合う夫だ。アニエスを授かった昔の結婚と同じように、平穏に夫婦生活を営めている。
彼との縁も、このやんちゃな孫娘がこの世に生を受けたお陰だと思うと、ふと不思議に感じるのだ。出会いは、どこにあるかわからない……と。
「アンリ、おこられるのすき。しゅごい。マリーはイヤ……ママにおこられるの、イヤです」
マリーが紙くずを弄りながら、もにょもにょと言った。
「その話は、アンリおじさんに聞いたの?」
「そうよ……ばあば。アンリおじさん、に、きいたの……ヨ」
ふっくらした頬に笑みを浮かべ、マリーが頷いた。
アンリも、マリーの『なんで、どうして』攻撃に折れて、真実を伝えて引き下がって貰ったのだろう。
「マリー、アンリおじさんは大人だから、いろいろあるの。マリーも大人になればわかるのよ、いいこと?」
お茶を濁すと、マリーが頷いた。ばあばから真実を聞かされ、満足したようだ。
「はい、ワカリマシタ」
マリーが、再び手に持っていた紙くずを弄り始める。
今得た情報を頭の中にしまい込んでいるのだろう。マリーの好奇心の強さには、感心すら覚えてしまう。
――本当に、教えたことは忘れないから……この子、今の話を、よそで喋るかしらねえ。
ふと不安になったが、おそらく……多分、大丈夫だろうと思い直す。
マリーは最近、アニエスとクロードに厳しくしつけられて、家庭の外では余計なことを喋らなくなった。
それに、言いふらされたとしても、子供の言うことだし、そもそも今の話は真実だ。
悪意ある噂を流されるより、単純に惚れられて結婚した、当人同士の好みの問題だ、と伝わる方がずっとマシだ。
事実さえ伝わり、その話題がそれ以上掘り下げられなければ、人はすぐ飽きる。
ディアヌはそう納得し、マリーに尋ねた。
「ガレットにジャム塗って食べましょうか」
「そうしましょう!」
マリーが紙くずをポケットに仕舞い、ぴょんと飛び上がった。
――この子の出会いは、どこに待っているのかしらね。
無邪気そのものの、子猫のような孫娘を見て、ディアヌはふと口元をほころばせた。
――マリーには、とびっきりの殿方を見つけて貰いたいわね。この子の元気さを受け止めてくれるような、おおらかで素敵な人。ふふっ……。
その日が来るのが楽しみだ、と思いつつ、ディアヌは立ち上がり、マリーの手を取って台所へと歩き出した。
~完~