神様は毛玉 番外編SS ~滝行に来ましたが~
サラ文庫さまから刊行頂いた「神様は毛玉」の番外編SSです。
セルフ没にした場面をSS化してみました。なんとなく気に入っていたので……。
ネタバレはあまりありませんが、読了後のほうが分かりやすいかも……?
よろしくお願いします。
商業誌情報は以下になります。
「神様は毛玉 オタクな霊能者様に無理矢理雇用されました。」
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『僕たちの滝行』
観光地化されていないうっそうとした森の奥に、その寺院はあった。
白装束で泣きたくなるほど冷たい川に足を踏みいれ、啓介は死ぬ覚悟で滝の下に立つ。
――ひぇぇ! 冷た……っ、死んじゃう……いや俺、もう死んでるらしいけど!
たたきつける冷水に混じって、ドバッと涙があふれてきた。
なぜ、忍の滝行に付き合うなんて言ってしまったのだろう。もう帰りたい。
「これで僕の性根も入れ替わるはず。部屋も片付くだろうな。長老の言葉に間違いはないだろう」
不機嫌な忍の呟きが聞こえ、啓介は逆ギレしそうになる。要するに彼は、日々長老に怒られまくって拗ねているのだ。
――治らないぞ多分ッ!
このつらい修行を一週間も続けるのかと思うと気が遠くなりそうだ。とにかく寒い。寒すぎて、精神集中する余裕すらない。
啓介は改めて忍に対する腹立ちを呑み込んだ。
「あぎゃるばごぼがぼ! がががぼげぼぼ!」
一方、手のひらサイズのしろには滝行は無理だったようだ。啓介の修行着の襟にしがみつき、爪を立てているが、完全に溺れている。
「しろ、俺の袖に入りな。っていうか、しろは滝行はさすがにやめた方が……」
滝に打たれ、手を合わせながら、啓介は必死にしがみつくしろに言う。途端に、滝行を見守る係のお坊さんから叱責が飛んだ。
「精神集中!」
隣で無言で滝に打たれていた忍が、不意に口を開いた。
「しろ、姿を消しておくといい」
確かに。そういえば、何故しろはかたくなに実体化し続けているのだろうか。
「ごぼがぼぼ……しろも、ぷは、修行するのであがばばば」
啓介は掌でしろの上半身を挟んでぶら下げだ。特に、しろの顔を覆うように気を遣ってみる。これならちょっとは水を浴びられるし、溺れもしないだろう。
「無理すんなって」
「しろも、するのである。滝行、よいこと、身を清める……のである!」
どうやら誇り高いしろに不可能はないらしい。啓介さえ世話をしてくれれば……という前提においてだが。
――俺たち三人、邪気と戦うには、弱すぎなのでは……。このメンツで邪気祓いなんて、無理なのでは。
そんな気持ちが浮かんだ瞬間、再び叱責が飛んできた。
「精神集中!」
啓介は慌てて、言われたとおりに雑念を頭から振り払う。一方、隣の忍は石像のように微動だにしない。
(滝行、すごいのである。もにゃもにゃ、ぜんぶ、流れてゆくのである……)
確かにそうかもしれない。グズグズ考えがちな『俺はもう死んでいる』問題も、冷水の滝に打たれている状況では後回しでいいと思える。
啓介は雑念を振り払おうと、懸命に意識を集中した。
ただひたすら寒い。この滝行は、一体、あと何分ほど続くのだろうか……。
――参ったな。これを一週間……。
そう思った瞬間、傍らで水音が聞こえる。えっ、と思って振り返ると、忍が倒れて水の中に沈んでいた。
「忍!」
一気に寒さも吹き飛んだ。
啓介はしろを懐に突っ込み、慌てて忍を助け起こす。監督役の僧侶も慌てて駆け寄ってくる。真っ白な顔の忍を、啓介と僧侶は慌てて岸辺へ引き上げた。
「おい、忍、どうした! 大丈夫か!」
心臓麻痺だったら大変だ。焦る啓介の前で、忍がうっすらと目を開ける。
「さ……寒い……た、滝行、なんて、無理……」
そう言って、忍がガタガタと震え出す。
一瞬耳を疑い、啓介は恐る恐る尋ね返した。
「あれ、お前滝行になれてるんじゃないのか」
「ソシャゲ廃人の僕を舐めるな……エアコンのない世界は基本NGだ。残念ながら……くしゅんっ!」
「……お前、じゃあなんで来るんだよ……こんなとこ……っ!」
天才霊能者でオカルトにめちゃくちゃ詳しい忍のことだ。滝行なんて朝飯前、辛いのは自分だけだと思っていたのに。
「思いつきだよ」
悪びれもせず忍が答えた。全く反省のないその横顔に、啓介は心の底から脱力する。
――うぅ、もう面倒見るのやだ……!
慢性的な疲れを感じつつ、啓介は忍を引きずるようにして、なんとか宿に戻った。力尽きて床に転がっている忍のために、熱いお茶の準備を始める。
――なんで俺の方が元気なんだよ、もう!
心の中で突っ込みつつ、啓介は湯飲みをちゃぶ台に置いた。忍が起き上がり、ガタガタ震えながらお茶を啜る。
「ちょっと苦いね、旨みが弱いけどアミノ酸が出きってないんじゃないかな」
「なっ……お前、何言って……」
人の淹れたお茶に何を言うのだとムッとなる。だが、怒ってもスルーされるだけだと学習済みなので、深呼吸してムカつきを鎮めた。
「文句があるなら自分で淹れなよ」
滝の水で生臭くなったしろをウェットティッシュで拭きながら、啓介は答えた。
――臭いな……あとでもみ洗いするか……。
とにかく我儘すぎる。毛玉も霊能者様も我儘すぎるのだ。
「よし、じゃあ僕が淹れよう」
中に入っていた茶殻を茶筅にぶちまけ、忍がお茶を淹れ直し始めた。
「お茶はお湯の温度を見計らって……今だっ!」
ブツブツ言いながら急須にお湯を注ぎ始める。邪気を祓うときと同じくらい真剣な顔だ。
「あとでちゃんと片付けておけよ!」
だんだん自分が口うるさいオカンのように思えてきた。悪いのは忍だ。
「分かってる。大丈夫。ほら、美味しいはずだ……どうぞ」
「……ありがとよ」
啓介は怖い顔で、忍が淹れたお茶を啜った。同時に、目をこぼれ落ちんばかりに見開く。
――なっ、なんだこれ……旨い……甘い……!
目を丸くする啓介に、忍がニコッと微笑みかける。
「な? 僕はお茶を淹れるのが得意なんだ」
なんの悪気もない笑顔に、啓介は脱力する。
振り回されるのはいつものことだ。
――もういいや。諦めよう……怒っても無駄だもんな。
それに、このお茶は和風カフェでプロが淹れてくれたお茶より美味しくて、驚いてしまう。
「しのぶのおちゃ……一杯、入魂……なのである。人間、なにかしら、才能がある……のである」
ちんまりと丸まっていたしろが、そう言って胸を張る。
「……ほんとだな。お茶を淹れる腕前は忍に叶わないかも」
啓介は、素直に認めることにした。
まろやかなお茶を啜りつつ、ほうと一息つく。
身体が温まると同時に、啓介はしみじみと思った。
――いろいろ言いたいことはあるんだけど……ま、いっか……。お茶、美味しいし。
~完~