(全文無料) 自分の人生の時間
マガジン「積立草稿」・シリーズ「一年は百六十五日」(1)
僕は昔からよく寝込む。寝不足だったり、油断して冷えたり、水を飲む量が少なかったり、丸一日買い物したあととか、熱や頭痛が起こって、半日から2日ほど寝込む。
放っておくと風邪っぽい感じになるので、昔は風邪だと思っていた。でも風邪について調べると、「大人は年に数回かかる」とあったりする。僕は多い時、週に2回寝込んでた。それに、風邪はもっと長引くだろう。まあでも厳密にこれが何なのか知りたいわけでもない。風邪にもたくさん種々多様なものがあるし。健康診断や検査とかで何か言われたこともないし、今の所「そういう身体」だと思ってこれと付き合っている。
消化や代謝があれなのか、いくら食べても寝ても運動しても、なかなか太らない。ここ数年がんばって増やしたけど、理想的な標準体重に15キロ以上足りない。これは完全に体質だ。体の容積が少ないことは、熱や水分をたくわえる容量が少ないということだ。だから弱くても不思議じゃない。
だけど、この10年でずいぶん「寝込み」が減った。働き方や住環境を変えてどんどん自分にかかるストレスが減るようにしていったし、油断や不摂生も、生活の楽しさを損なわない範囲で減らしてきた。今では月に3回寝込むと「多いな」と思う程度までになった。
それでも体質は基本的には以前のままだ。油断するとやっぱり、寝込む。(1)体がこわばってきて、(2)時々肩こりを感じ、(3)頭痛と発熱、(4)電源オフ、みたいな流れ。今では(3)より手前で気付くことが多いので、すぐにあったかくして眠ると、比較的短い時間で復活できる。
こうなるともう、どんどん体調不良の兆しに目ざとくなっていく。一瞬の悪寒、うたがわしい疲れ、妙な酸欠感。一日の中で何度も小休止し、身体を横にしたり動かしたり深呼吸をしてみて点検のようなこともやる。いつ、どこで、誰といても、どんな集まりに参加していても、寒くなったりトイレに行きたくなったら我慢せずに解決し、時には瞬時に帰宅する。
もちろん、年に数回はどうしても避けられない早起きなんかはあるけど、「無理・油断・不摂生を事前に回避」という基本姿勢になって、生活全体が変わった。予定を詰め込んで、やることが多いスケジュールも作らなくなるので、1つ1つの行動のクオリティや濃度が上がる。わりと何でも「満を持して」って感じになるので、映画を観るとしてもしっかり観るし、何かを作るときも集中する。1つ1つの行動が終わったあともブレイクがあるので、思い起こしたり反芻が十分できる。
また、この姿勢を肯定的にとらえてくれる人としか基本的に遊んだり仕事したりできなくなるので、乱暴さの低い人間的環境になる。注意して自分の心身を大事に扱うと、この心身で過ごす時間そのものも大事になってくる。時間の使い道が良いものでありますように、という気持ちで生きることになる。「行ってよかった〜」に行き、「見てよかった〜」を見て、「読んでよかった〜」を読み、「会ってよかった〜」に会う。見るべきでないものや取り組む必要がないものに振り回されることがとても減った。
場所や人や情報。世の中には無限にあって、生きている間に関わったり触れたりできるものはその中の1ミリのかけらにも満たない。できればそれらが、とても少ないそれらが、自分の人生の時間らしいものであってほしい。あとでそれらを並べて眺めてみた時に、とても愛着を感じられるものになっていてほしい。
(おわり)