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私のこと
私は現在、鬱とパニック障がいを患っています。
外に一歩も出れなくて一日中泣いてる日もあれば、晴れた日には20分ほど近所をお散歩出来る日もあります。
車や電車、バスも乗れなくて、徒歩5分圏内のスーパーにも、行くことが出来ません。
以前は、当たり前のようにお出かけや買い物、交通機関にも乗って遠出をすることが出来ていた私が、なぜこのような状態になったのか、知っていただけたら幸いです。
※私の生い立ちについては、以前noteにまとめていますので、まだ読んでいない方はそちらを読んでいただけたらと思います。
【山奥の就労支援B型で働き初めて】
シェルターから出て、地元から遠く離れた山奥で生活していた私は、初めはグループホームで生活しながら就労支援B型の利用者として働いていました。
出来ることが増えていき、自立したいという気持ちもずっとあり、職員さんに相談しグループホームから
1人暮しへ移行。
それからも、パニックの症状が出ることも全く無く、症状が軽快していることから精神薬も処方されなくなりました。
薬を飲まなくてもバスや電車に乗ってお出かけをしたり、就労支援B型にも毎日通うことが出来ていました。
自立したい気持ちから就職活動も始め、ずっと働きたかった就労支援A・B施設の正社員として就職出来ることとなりました。
【ブラック会社】
引越しもして新しい環境の中で、「やっと職員として働ける!」とワクワクな気持ちで、新社会人として就労支援A・Bに就職しました。
しかし、社員の先輩はたった1人。
しかも、私が入職してすぐに先輩が退職。
入社して1ヶ月も経たないうちに、社員は私1人だけになりました。
他に先輩も居ない状況で、まず何からすれば良いのかも分からず、分からないまま行動したくないので、パートの方やたまに現場に来る上司にどう作業していけばいいかなど相談していました。
しかし、私のミスでは無い事(パートさんのミス等)も私のミスにされたり、残業代が出なかったりなど、私の中で不満がどんどん積み重なっていきました。
上司に相談しても、何をしてくれるわけでも無く、仕事というものは、そういうものだと教えられました。
【からだの限界】
最初に症状が出たのは、通勤している時です。
朝7時には満員電車に揺られて別の車両に乗り換えるのですが、『何かドキドキして息苦しいな』『目眩がして気持ち悪い』という状態になり、過呼吸になりながら途中の駅で降りました。
結局その日は、職場には行けず休ませていただき、なんとか家に帰りました。
その日から毎朝、仕事に行きたくなさ過ぎて涙が出て来たり、体調が悪く行くことが難しいことを上司に伝えると『土日でしっかり休んで平日はちゃんと来て』と注意されました。
月曜日に行けずに休んでしまった時には、『土日にしっかりと休んで月曜日は来れるはずでしょ?』と言われたこともありました。
次の日、なんとか職場に行く事ができましたが、目眩と腹痛で呼吸が出来ず、事務所の机に伏せてなんとか落ち着かせようとしていました。
上司に呼び出され、
こらからどうしていくかを話し合いをし、満員電車を避けるために出勤時間を10時にしたり、帰りも出来るだけ残業をしないように帰っても良い許可を出していただき、それで改善するだろうと思っていました。
【パニック発作】
休日、気晴らしに大好きな水族館に行き色んな場所を見て回っていたところ、また、目眩と息苦しさに見舞われ、急いで1人になれるトイレを探しました。
しかし、女性トイレの列がすごくて走ることも出来なかったので、なるべく早く近くにトイレが無いか探し、公園のトイレで少し落ち着かせてからベンチで横になりもがき苦しんでいました。
一緒に来てくれてた方にタクシーを呼んでもらい、1時間ほどタクシーで横になりながら帰宅しました。
もう限界。仕事どころじゃないと考えた私は、上司に、今月いっぱいか来月までに辞めれないかを相談しましたが、
『人が居ないこんな時に辞めれるの?そんなんじゃどこでもやってけないよ』と言われました。
何を言っても聞いてくれない、辞めるには第三者が介入しないと難しそうだなと考え、精神科の先生に相談し休職届けを出してもらい、3ヶ月間休職することとなりました。
【休職期間中】
休職してから、ベッドから起き上がる事も難しく、人と話すのも息苦しくて5分も話せない状態になりました。
休職している間、1日でも早く今の状態を良くしたくて、仕事の事をなるべく考えないように調子がいい時はパン屋さんを巡ったり、お花を見に行ったりして気分を紛らわせていました。
しかし、夜になると不安が強くなり、晩御飯を食べている時にもパニックになってしまうようになりました。
家にいる時は、ほとんどベッドの上で過ごしていたため、1人で考える時間も多くなり、体調も悪化していきました。
休職期間の3ヶ月になる前に、今の自分の状態と辞めたいことを上司に伝え、退職することとなりました。
【退職してから現在】
退職してから、家の近くにある就労支援B型に通所したりもしましたが、外出時にパニック発作が出た場所がトラウマとなり、車もパニック発作が出やすくなりました。
外に出たらパニックが出るのでは?行ったら帰って来れるのか?という不安から、
現在は、車も電車もバスも乗れなくて5分近くあるスーパーや通院する事も出来なくなり、移動支援のヘルパーさんや相談支援員の方にお世話になっています。
1人では何も出来ず倦怠感や希死念慮は増すばかりですが、私にはまだやりたい事が沢山あるので薬を飲んで辛抱してなんとか今自分に出来る事を探して今日一日終えることを繰り返しています。
しんどい時は、一言も話せなくても人の存在があるだけでも落ち着くので友人に電話を繋いで居てもらったりしているうちに、前より話せたりご飯も食べれる日が増えてベッドに居る時間も減りました。
前までは〝晴れてること″ だけで泣いていたのが
なるべく晴れてる日は出るようにして薬無しでお散歩したりしています。
まだ今は外に出ることは難しいですが、少しずつ今の状態が良くなって、外に出れるようになり、好きな場所に行ったり、会いたい人たちに自分から会いに行ったり、働くことが出来るようになったら良いなと思いながら、今を頑張っています。