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案ずるよりもオニが易し

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門
#童話
#短編

あらすじ

 森で暮らす者たちは、厳しい冬の食べ物もなくなってしまいました。
春はすぐそこですが、まだまだ食べ物は手に入りにくいです。
 ところがオニの所には、見たこともないような食べ物がたくさんあるという。
 お母さんオコジョがいつも言っている「言う事を聞かないとオニがくるよ」と言う、あの「オニ」の事です。
 森の仲間も、食べ物を手に入れようとオニの所に行きましたが、やられてしまったと言います。
 それでも、オコジョの坊やは「オニ退治にいくんだ」と言って家を出て行きます。
 森の仲間に「オニ」の事を教わり、オニを恐がりながらも進んで行くけれど、オコジョの坊やは罠に掛かってしまいます。しかし、それを助けてくれたのが「オニ」でした。
 オニと触れあい、聞いていたのと違う「オニ」を知ります。
 オニも同じように、家族で暮らしているのだと知ります。そこは暖かくて優しいところでした。
 また、怪物のような物を使って山を切り崩す恐ろしい面も目撃します。
 本当の「オニ」に触れて、「オニ」知る事でオコジョの坊やも少しだけ成長したようです。


「案ずるよりもオニが易し」

 まわりを赤く染めながら、遠くの山の向こうへと太陽が沈んでいくと、月が暗闇を照らしだします。星が揺れて、森が静まり、夜が深くなっても寝ないでいると、オコジョの母さんはいつも、こう言います。

「坊や、早く寝ないと恐いオニ(・・)が来るわよ」

そんな風に、オコジョのお母さんは声色を変えて言うのです。

「オニなんて恐くないやい。僕、大きくなったらオニ退治にいくんだ」

 オコジョの坊やが、へっちゃらだよ、とばかりにそう言うと、母さんは必ず笑います。

「坊や、オニは、木を倒し、山をも削り落とすのよ、この森でも大勢の仲間がオニにやられてしまった。それほどに恐ろしいの。だから、良い子にしていないとオニが来るわよ」

 オコジョの母さんは、そう言って、いつも、坊やを恐がらせます。

 でも坊やは、もうノネズミだって一人で獲った事あるのだからと、オニなんて、少しも怖くなかったです。

それでも「父さんも、オニにやられてしまったのよ」と、いつもオコジョの母さんが悲しそうに言うので、坊やは言うことを聞くほかなかったのです。

 

 暑い夏が終わり、秋が過ぎ、厳しい冬を越えて、また春がそこまでやって来ています。

 オコジョの見事な冬毛も、そろそろ生え変わる頃でしょうか。

この純白の毛は、雪の中にその姿を溶け込ませて、タカやフクロウなどの天敵に見つからない為のものでもあります。白い雪が溶けて地面が出てくると、茶色い夏毛に換毛しますが、それはまだ少し先でしょう。

 蓄えていた食べ物は、長い冬の間に、ずいぶん無くなってしまいました。冬には雪が積もって、あまり食料が採れないのです。冬眠をしないオコジョたちにとって、冬の食料はとっても大変な問題なのです。でも、また春になれば、たくさん食べ物を手に入れる事が出来るのです。

あともう少しです。もう少しで春です。そうして春を待ちますが、お母さんもそう言っていたけれど、山の冬は長いのです。まだまだ雪は解けません。風も冷たいです。巣穴から出るのも億劫です。

そんな凍えるような冬でも、オニの所には、食べ物がたくさんあるそうで、見たこともない様な食べ物が、それはもう、山ほどにあるんだそうだ。

 そう聞いた話を鵜呑みにして、食べ物を探しに行った仲間のオコジョが、またオニにやられたと、オコジョの母さんが坊やに教えて聞かせました。

「春になれば、食べ物もたくさん採れるからね、もう少しの辛抱だね」母さんが、坊やに、少しのご飯を食べさせてまた言います。

「母さんは食べないの?」

「母さんはさっき食べたんだから、いいんだよ」

 そう言って、オコジョの母さんは嘘をつきました。

 蓄えていた食べ物を、少しずつすこしずつと、節約して食べてきましたが、とても春まではもちません。何とか食べ物を探してこなければなりません。

坊やは決心しました。僕がオニを退治して、母さんに食べ物を、うんとたくさん採ってくるんだ。お母さんにたくさん食べて貰うんだ。

 

 オコジョが住む山の上の岩場でも、雪解けがずいぶん進んできました。凍っていた川も、じわじわと流れだします。ある日、坊やはとうとう決心して、母さんには内緒で家を出ました。オニを退治しに行く事にしたのです。

 山の岩場を少し下ると、森林が広がっています、ところどころ雪の残る森の道を、意気込んでズンズン進んで行くと、ちらりほらりと、新しい葉を付けた樹々を少し目にする事が出来ます。小さな若葉がさわさわと風に揺れて、まるで坊やを応援しているみたいで、力がわいてきました。春の息吹です。

 オコジョは木の実も食べる事がありますが、食べれるような実がなるのは、まだもう少し先のようです。

 木々の間から射しこむ朝日を浴びながら、更に道を進んで行くと、向こうからアナグマのおじさんがやって来ました。

「おはよう、アナグマのおじさん」

「やあ、オコジョの坊や、おはよう、こんなに早にどこへ行くんだい」

 アナグマが眠たそうに訊いてきます。冬眠から起きた来たばかりなのでしょうか。それとも狸寝入りでしょうか。オコジョの坊やは意気揚揚と答えました。

「オニ退治に行くところさ」

 アナグマのおじさんは、眠たそうな目を見開き、笑って言います。

「へー、それは頼もしいね。でも、オニはとっても怖いんだよ」

 脅かすアナグマに、坊やは勇んで言います。

「怖くなんかないよ、僕のこの牙でやっつけてやるんだ」

坊やはまん丸の顔を崩し、歯をむいて牙を見せます。

「勇ましいねー」アナグマは感心してみせて「でもオニは、二本足で立って、ながーい筒を持っているからね」

「ながーい筒?なんだいそれは」

「オニはね、その筒をこっちに向けて『バーン』と、大きな音を鳴らすんだよ、それはもう、もの凄い大きな音で、雷様がお怒りになったと思うほどさ」

「えっ、雷様?」坊やは驚き、「雷様だなんて、そんなに凄い音なの?そんなに怖い音なの?」急かして訊き返します。

 アナグマのおじさんが、得意げに話します。

「ああ、それは恐ろしい音さ。その音が『バン』と鳴ると、仲間が倒れて、また音がすると、また仲間が倒れて、とても恐ろしくて、音が聞こえなくなるまで必死に走って逃げたんだよ。この森の仲間も大勢やられてしまったんだ、あの長い筒にね」

 アナグマのおじさんが、少し悲しそうに言うので、坊やは少し大袈裟に胸を張って言います。

「僕がオニをやっつけて、たくさん食べ物を獲ってくるよ」

「はっはっはっ、そいつはいい、楽しみにしてるよ、はっはっはっ」と、アナグマのおじさんは笑います。

「オニの所に行かなくても食べ物はあるんだよ」

 小さな声で呟いた、アナグマのおじさんの顔が、すごく怖かった。目の周りの模様が、きゅっと縮んだように見えた。

 アナグマのおじさんはすぐに笑って言います。

「夜じゅう、穴掘って昆虫やミミズを探していたから、おじさんは帰って寝るよ」あくびを一つ落として「坊やも暗くなる前には帰るんだよ」と、行ってしまいました。そういえばアナグマのおじさんは夜に働くのでした。おつかれさまです。

 

 アナグマのおじさんと別れて、森をズンズンと進んで行きます。すると何かが、向こうから跳ねるように駆けて来ます。なので、危うく坊やとぶつかりそうになりました。

「あぶない」

坊やが、小さな身体をくねらせて跳ねて退きます。

「ごめん、ごめん、大丈夫かい」

 駆けて来たのはシカでした、角が抜け落ちたので、頭が軽くなったのがうれしくて、駆け回っていたようです。

「オコジョの坊やは、どこに行くんだい」

「こんにちは、シカさん。オニ退治に行くところだよ」

 坊やがまた胸を張って言うと、シカは笑います。

「ははは、それは傑作だ、オコジョの坊やがオニ退治だなんて、はははは」

「笑わないでよ、シカさん」オコジョの坊やは、白々と怒って見せます。

「ごめんよ、でも、オニは、とおーても恐ろしいんだよ」

 シカが脅かすように言うので、坊やは勇んで言い返します。

「知ってるよ、長い筒を持っているんだろ」 

「へえ、よく知っているね、でも、それだけじゃないよ、オニは、ものすごく大きな長い手を使うんだ、象の鼻よりもながい手を振り回して山を削るんだ、『ブオーン、ブオーン』と、大きな音を立てあっという間に、森を無くしてしまうんだよ」

 坊やは、思わず大きな手に潰されるのを想像してしまいます。

「そんな、お、脅かしたって、恐くないやい」

 そのつぶらな目を大きく見開き、強がってみたけれど、本当は少し怖いのです。

「本当なんだよ、昔はこの森も、山の麓のずっと先まで続いていたんだよ。でも今は、オニが森を壊して、そこに住むようになったんだよ、森は奪われてしまったんだ。

もう今では大勢のオニが住んでいるんだよ。だから麓には近づいちゃいけないよ、オニが仕掛けた罠がいっぱいあるからね」

 坊やは、シカに言い聞かされ、大勢のオニを想像して不気味に思い、少し怖気づいてしまいました。それでも、沈んだ気持ちを奮い立たせて言ってみせます。

「それじゃ、オニを退治して、森を取り返さなくちゃ」

「それは勇ましい、ははははは。それじゃあね、オコジョの坊や、暗くなる前にお家に帰るんだよ」

 シカは笑って、跳ねるように駆けて行ってしまいました。シカの姿はあっという間に見えなくなりました。

  オコジョの坊やは、シカと別れて森を歩いて行きます。どんどん歩いていくにつれて雪はほとんど無くなってきました。雪解けの水が勢いよく流れていく音も、大きく聞こえてきます。さっきは威勢よく言っていましたが、坊やはオニの話をいろいろ聞いて、長い筒を持ち、山を削る大きな手を振り上げる大勢のオニを想像して、恐ろしくなって身震いします。

 端の藪がザワっと揺れて、坊やはおののき、咄嗟に跳ね退きます。

「びっくりした、キツネが来たのかと思った」

坊やは小さな丸い目で、きょろきょろ辺りを見回しますが、ただ風が藪を揺らしただけでした。どうやら思ったよりも怖さで委縮していたようです。しかし、キツネに捕まってしまったら、オニ退治どころではありません。気を付けなくてはなりません。

 道端の岩場にイワカガミを見つけました。小さな淡紅色が揺れている。近づくと、ちょうど坊やの頭上で下向きに花を広げているので、坊やに向かって咲いている様です。おかげで少し落ち着きました。

 坊やは改めて、オニを退治して、母さんに食べ物を持って帰るんだと、考えなおしながら歩いていきました。

 食べ物の事を考えていたからなのか、なんだか良い匂いがしてきました。そういえば朝早くから、お母さんに黙って家を出てきたので、何も食べていませんでした。ついつい匂いに誘われて歩いて行くと、なんと、食べ物が落ちています。

「わあ、ちょうどお腹が空いていたんだ」

 オコジョの坊やは、躊躇もせずに食べてしまいます。

「おいしい。もぐもぐ。なんだろう、鳥肉かな、もぐもぐ」

 鳥肉はオコジョの坊やの好物です。

近くを探すと、すぐ先にも落ちています。坊やは、やった、と、飛びつきます。

「おいしい、食べたことない美味しさだ、もぐもぐ」

 坊やは近くに落ちている食べ物を夢中で食べます。すると、突然、後ろで『バシャーン』と物凄い音が鳴り、その瞬間に足に痛みが走りました。

「痛い!」

 後ろ足が何か、蓋のような物に挟まったみたいだけれど、身をよじって何とか抜け出せました。

 驚いて逃げ出そうと跳ねますが、何かが当たって、跳ねられません。何かが当たって進めません。

 前にも、後ろにも、横にも行けません。閉じ込められたのです。

 固い網の様なものに囲われてしまいました。

「なにこれ、出れないよ」

 網を揺すっても、引っ張っても、嚙み千切ろうとしても、びくともしません。硬くて歯がたちません。

「出れないよ、何なのこれは」

 何度も何度も、抜け出そうと突進します。けれども、何度やっても跳ね返されます。そのたびに打ち付けて痛いだけで、ここから出る事ができません。

 坊やは、ふと思い出します。さきほどシカが『オニが仕掛けた罠があるからね』と、言っていたのでした。思い出して恐ろしくなります。

「恐いよ、出れないよ」

「母さん、たすけて」

 挟まれた後ろ足も少し痛いし、怖くて涙が溢れて止まりません。

 どのくらい経っただろうか、しばらくして、何度も突進をしたオコジョの坊やが、もう泣き疲れた頃に、誰かが近づいて来ました。二本足で歩いてきます。恐ろしく大きな影がこちらに向かってきます。

 オコジョの坊やは、見た事もないのに、それがオニだとすぐに分かりました。恐ろしくて堪りません。体がブルブル震えます。

「うわ、オニだ、オニが来た」

 怖ろしくて逃げ出そうとしますが、網に当たって逃げれません。覗き込んで来るオニが怖いです。

怖すぎるあまりに、歯を向きだして飛び掛かるけれど、網があってできません。

『おや、ケガをしているのかな、かわいそうに』

 オニは何か言って、網の囲いごと持ち上げたので、辺りが激しく揺れます。籠ごと運んでいるようです。

 坊やには、オニの言った事は分からなかったので、網の籠の中で走り回って抵抗したけれど、次第に、怖いのと、足の痛みで、だんだん気が遠くなってきました。

「ああ、お母さん・・・」言うことを聞かないからこんな事になったんだね、ごめんよ。坊やが思い浮かべたオコジョのお母さんは優しく笑っていたので、坊やも少しだけ微笑んで瞼を閉じました。

 

 どのくらい経ったでしょうか、オコジョの坊やが気付いた時には、後ろ足の痛みは無くなっていました。

 痛かった足に、何か巻いてあって、何やら塗られている匂いもします。母さんが草で作る薬のようなものだろうかと、考えます。

「ここはどこだろう」

 辺りを見まわします。坊やは、さっきよりも、大きくて広い網の籠に入っていました。

 籠の外は、見た事もないところでした。とても広くて、木の香りはするけれど、森の木々とは違う木だったし、山では見たこともないほど、いろんな色があちこちにありました。それに、まるで夏の様に暖かい。

 オコジョの坊やは、ここがオニの家だと理解しました。

『おや、気が付いた様だね』

 オニが近づいて来ます。オニの顔は笑っている様でした。

 オニは、木の器を坊やの前に置きます。器にはこんもりと食べ物が盛ってあります。

『さあ、食べなさい』

 おいしそうな匂いがします。恐る恐る近づいて、堪らず坊やは、食べてしまいます。

「おいしい」

 驚くほどの美味しさでした。鳥肉のような、木の実の味もするような。オニが作ったものなのだろうか、食べた事のない美味しさです。お母さんにも食べさせたいと思いました。

 お母さんどうしているだろうか、心配してるだろうか、頭をよぎりましたが、目の前の美味しい食事には敵いません。ごめんねお母さん、なんて思いながら、むしゃぶりつきます。

『やっぱり、お腹減ってたんだねえ』

 坊やが食べている様子を、オニが見ています。オニは笑っているのだろうか、気づけば、もう震えていません。不思議とそんなに恐くなくなっていました。。

 今度は、奥の方から小さいオニが近づいてきました。坊やは、オニの子供だろうと思いました。

『お父さん、何これ、かわいい』

 オニの子供が、オコジョの坊やを見て、興奮した様子で何か言っています。坊やは反射的に身構えます。

『畑を荒らす、タヌキやアナグマを捕まえる罠に、オコジョさんが誤って入っていたんだよ』

 オニの子供が、『おこじょだ』などと、キャッキャと声を上げて、籠の中に手を入れて来ます。

 オコジョの坊やは、驚いて、怖くて、オニの子供の手に噛み付きます。

『うわーん、いたいよー』

 オニの子供は、泣き出しました。

 オコジョの坊やにも泣いているのが分かります。びっくりしました。オニは恐ろしい思っていたのに、噛み付いたら泣き出しました。弱いです。

『こら、野生の動物に、むやみに手を出してはダメだ、嚙まれるのは当たり前だよ。それにオコジョさんに限らず野生動物は、どんな病原体を持っているか分からないからね、感染する危険なものを持ってるかも知れないから、直接触っちゃダメだよ』

オコジョの坊やには、オニが、泣いている子供を叱っている様に見えました。

『ごめんなさい』 

 うつむいって、涙を拭きながら謝っているようです。

『オコジョさんは、ケガをしているんだから、優しく見守ってあげようね。』

 オニが子供の頭をなでます。優しく撫でます。

『ほら、診せてごらん』

 オニが、子供に笑いかけて、坊やが噛んだところを手で撫でると、子供が泣き止みます。

『オコジョさんはね、昔は、アーミンといって、その毛皮が、権威の象徴とされていてね』

『けんいのしょうちょう?』子供が首をかしげる。

『うん、自分の強さを、他の人に見せつける為、って言うのかな、昔のえらい人たちは、自分が凄いって知ってもらう必要があったんだろうね』

『見せびらかしたいって事?あ、でも学校のお友達にもいるよ、すごく威張ってて意地悪。昔のえらい人って子供みたいだね』

子供の思いがけない言葉に、オニは次の言葉がすぐに出なくて固まったようです。

『ははは、本当だよね、まあ、昔の人も威張る為だけでは無いんだろうけど、本当に必要だったのかと、思っちゃうよね。それでも、みんなが欲しがるほどに、とても高価だったんだよ。それで、競うようにみんなが捕まえてしまったから、オコジョさんが居なくなってしまったんだよ』

『ひどいよ、かわいそうだよ』と、子供が訴える。

『そうだね、減りすぎてしまって、絶滅危惧種に指定されているんだ。今は、毛皮じゃなくて人工毛皮を使っているらしいけどね。だから、オコジョさんもだけど、動物たちを守ってあげないといけないんだね。でも、本当はもっと山の上の方に住んでるはずなんだけど、こんなに麓の方まで来るなんて、めずらしいね』

『うん、ぼく、動物まもる』オニの子供が目を見開いて返事します『でも、なんで、タヌキは捕まえるの?畑を荒らすから?』

 子供に言われて、オニは、きまりが悪そうに答える。

『そうだね。我々も生きて行かなければならないからね。害をもたらす動物は捕まえて、もう麓に来ないようにと、山の奥に放すんだよ。そうやって、共存して行けるといいんだけど、こちらの勝手かもね。実際にはね、殺してしまったり、食べてしまったりする事もあるんだよ』

『えー、そんなのひどいよ』

 子供が頭をぶんぶん振って、手向かう姿勢を見せます。

『そうだね、殺す事がないと良いよね。でもね、オコジョさんだって、ネズミや、ウサギを殺して食べるんだよ、こんなに小さな体でも、自分より大きな動物と戦っているんだ。みんな自然の中で生きていくには、そうやって生命をもらって生きていくんだ。だから、生命は大切にしなくちゃいけないんだね』

 オコジョの坊やは、オニの親子のやりとりを見ていて、母さんを思い出して寂しくなりました。オニが子供に優しく笑うものだから、母さんと重なって見えました。

 オニが籠に手を入れて、オコジョの坊やを手で掴みます。捕まえられるのが嫌でバタバタしましたが、もう恐くなかったです。

 オニに手で捕まえられて、膝の上で仰向けにされます。ケガした足を触られてチクっと痛みましたが、薬の様な物を塗られました。

『もう、大丈夫だね』そう言って、オニは手を放しました。

 坊やは、自由になって、慌ててオニの膝から飛びのきます。またオニに捕まえられると思ったけれど、オニはそうしません。

 代わりに、オニの子供が近づいて来るので、家の中を走って逃げ回ります。

オコジョの坊やには、初めて目にする物ばかりです。大きな木のテーブルの上を駆けて、ふわふわの、若草色のソファーを跳ねてその下に滑り込み、一枚岩みたいにつるつる滑る床を這い出して、コマクサの淡い色やナナカマドの赤、キンポウゲの黄色とか、たくさんの色が並んだ本棚の裏に隠れて、走って逃げまわります。いつもの、山の岩場や、森の木の根をかきわけて走るのとも違います。

 オコジョの坊やは必死に逃げ回るけれど、オニの子供が笑顔で追いかけてくるので、少しだけ、楽しくなっていました。

 

 しばらくして、オニがオコジョの坊やを籠に入れて、家の外に連れて行きます。

 さっきまでいた家の中とも、また景色が変わっていき、オコジョの坊やはドキドキします。同じようなオニの家らしいものが何軒か建っている先に、森が見えます。

「あ、僕の森が見える」

そこで坊やははじめて、うんと遠くまで、来てしまっている事に気が付きました。

 母さんを思い出して、心細くなります。

 オニは、狼か、馬の脚に輪っかを履いた様な形のものに、坊やの籠を載せて跨ると、もの凄い音をたてます。ブオーン、ブオーン。

 もの凄い振動がして、坊やは、驚いて籠の中を走り回ります。

 オニが、握った手を少し捻ると、ゆっくり動き出して、だんだんと、揺れながらも加速していきます。

 籠越しに、目の前の景色が流れていき、遠くに見えた森が、山が、ずんずんと近づいてきます。

 振り返るとオニの家がほとんど見えなくなり、だいぶ森に近づいて来た頃、視界の外れに、化け物みたいに大きな熊の手で、森を崩しているのが見えました。その化け物は、ガタガタガタ、ブオー、ブオーっと、うなりを上げて、後ろから煙を吹いています。

 坊やが乗せられてる物より、何倍も大きくて恐ろしいので、籠の中で騒がしく動き回っていると、オニがそれに気付いたのか、止まりました。

 黄色い化け物が、うなりを上げて大きな手を振り上げ、森の斜面を削り取っていきます。

『こんなに森を壊さなくてもいいのに』

森を壊している方に目をやって、悲しそうに何か言っているオニを見ると、オコジョの坊やは、少し怖く無くなりました。なんで、オニは悲しそうにしているんだろうとも思いました。

 それから、また動き出して、森の入口まで来ました。乗ってきたものから降り、オコジョの籠を持って森へ近づきました。

 オニは、オコジョを籠から出そうとします。最初に、山で罠に閉じ込められたときに見たオニは、それはもう恐ろしかったけれど、あの夏みたいに暖かい家の子供の笑った顔を思い出すと、もう怖くありません。

 オニは、オコジョを捕まえて頭を撫でます。大きな手です。何だかとても暖かい気持ちになります。

 オコジョの坊やは、何故だか、お母さんが、覚えていない坊やの為に、時々話してくれる、お父さんの話を聞いた時のような気持になりました。

『さあ、お家へおかえり』と、森に放しました。

 オコジョの坊やには、オニが喋っている事は分かりませんでしたが、オニが、「さよなら」と、言っているんだと思いました。

 森に向かって走りだします。足はもう痛くありません。

 オコジョの坊やは、立ち止まって振り返ります。

 すると、オニが手を振って『気を付けておかえり』と、声をかけてきます。坊やには、そう聞こえました。

 オコジョの坊やは、もうオニが怖くないです。それどころか、優しい気持ちになりました。

 あれが、本当にオニなのだろうかと、不思議な気分になりました。

 辺りはすっかり暗くなっています。森に入って、急に母さんを思い出し、大急ぎで家に向かって走りました。

 オニが乗っていたあれには敵わないけれど、「僕だって早く走れるんだ」と、日暮れの森を跳んで走って行きます。

 薄暗い森を抜ける辺り、坊やの家がある岩場にほど近い、少し開けたところで何かが跳ねました。坊やは雪に身を潜めます。

  雪で目立ちませんが、木の根元で、うっすら白いもの動いています。ノウサギです。雪を掘って埋もれた草木を食べています。

 オコジョの坊やは、すかさずノウサギに近づきますが、ノウサギが敏感に気づいて逃げ出します。坊やが先に回り対峙します。ノウサギが跳んで逃げる隙をうかがいます。すると坊やが、急に真上に高く飛び上がると、腹を見せてくるりと転がり、首を振たかと思えば、逆立ちで飛び跳ねます。まるで踊っているようです。

 オコジョの坊やの行動に、ノウサギはどっちに逃げていいのか、分からなくなってしまいました。気づくと、坊やはいつの間にかノウサギに近づいていたのです。その隙を見逃さずに、坊やの二倍以上も大きいノウサギに飛び掛かります。

ノウサギが跳ねて逃げますが、坊やも必死に追って、ノウサギのど元に喰い付きます。ノウサギは振るい落そうと跳ねて抵抗しますが、喉に嚙みついたまま、背中にしがみついて離しません。落されそうになっても必死につかんで離さずに、ノウサギが息絶えるまで喰らいつくのです。

 やがて動かなくなった獲物を咥えて引きずっていきます。もう、東の方はもう暗く星も光っています。獲物を咥えたオコジョの姿は、自然の中の生態系の捕食者です。今回は捕食に成功しましたが、次は捕食される側にならないとも分かりません。

薄っすらと光を放つ月に照らされた坊やは、愛くるしさは何処へやらと、勇ましく、生々しく、恐ろしさすら感じさせます。ともあれ今日はいろいろありましたので、坊やももうヘトヘトです。

「これでお母さんに、お腹いっぱい食べさせてあげれるぞ」

 ほっとしたら笑顔がこぼれました。

 

 家の外には、オコジョの母さんがいました。坊やを外で待ってくれていたようです。

「坊や、いったい何処に行っていたいたの、こんなに遅くなるまで、心配したのよ」

 お母さんが、叱りながらも安堵して、抱きしめます

「母さん、ごめんなさい。僕、罠に掛かってしまって、ケガもしちゃって」

「まあ、なんて事なの、大丈夫なの」と、オコジョの母さんが慌てます。

「大丈夫、オニが助けてくれたんだよ、足のケガも薬を塗ってくれて、食べ物もくれたんだよ」

坊やが、楽しかった出来事を話す時のように言うので、お母さんは目まいを覚えたようです。

「まったく坊やは」大きなため息をつきます。

「お母さんにお土産があるんだ」坊やが得意げに言います。

 家の入口のすぐ下に置いた獲物をお母さんに見せます。 

「やだ、坊やが捕ったの?一人で撮ったの?」驚いて目を丸くします。

「お母さん、いっぱい食べてね」

坊やももう立派になったなと、オコジョのお母さんは嬉しくて涙ぐみます。

「でも、オニは全然恐くなかったよ。ねえ本当に、森のみんなを食べたりするの?信じられないよ」

坊やがそう訊くと、母さんは坊やの頭を撫でながら、優しく笑って話します。

「本当よ。でも、坊やが出会ったのは、オニではなくて、人間よ」

「え、ニンゲン?オニとは、何が違うの?ニンゲンは恐くないの?」坊やが訊き返します。

「いいえ、残念だけど、森を壊したり、仲間を食べたり、恐ろしい事をするのも、人間よ。森を治したり、坊やみたいに仲間を助けてくれるのも人間。鬼はね、人間の心の中にいるのよ、それが、その人間の中の鬼が大きくなると、恐ろしい事をしてしまうのよ。それにね、人間に限らず、鬼は、私たちの中にもいるのよ」

「え、僕にも?」坊やは驚きながらも、ふと、アナグマのおじさんの別れ際の顔を思い出して身震いします。ノウサギには坊やがオニに見えたかもしれません。

「そうよ、だから坊や、心配かけないでね。さあ、早くご飯にしましょう。良い子にしていないと鬼が来るわよ」                                  

(おわり)


 

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