教訓:グルメライターの食事を邪魔してはいけない
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 です。
カッフェSS群になります。
教訓:グルメライターの食事を邪魔してはいけない
その事件は、彼が来店してからたった五分の間に起こった。
僕はそれには関与していないのだが、一部始終の目撃者としてここに記そうと思う。
まずは登場人物を紹介しておく。
毎度お馴染み、この店のマスター。彼は僕の義兄でもある。料理がうまくて見た目もイケてるのに、性格がちょっとおどおどしいのが玉に瑕。今回の事件の一番の被害者だ。
続いて、よくこの店にギターを背負って現れる、大学生の快斗くん。義兄さんに頼まれて、たまに店でギターを弾いてる。ミュージシャンを目指してて、かなり上手い。心理学部生だけあって、人をよく見ててたまにちょっと気持ち悪いくらいだ。彼に関しては空気を読んだ上で無視しているのか本当に読めてないのかが非常にわかりにくい。ただし、今回は絶対にKYだ。そんな元凶が彼。
そして最後、快斗くんの先輩でグルメライターの尚(なお)さん。この人はちょっと遭遇率が低い。いつも僕と時間が合わないんだよね。入れ違いだったり。常連さんではあるんだけど。マスターによると仕事が煮詰まってきた時によく来るらしい。もちろん今回もそう。ちょっとピリピリした感じでパソコン広げて、物凄い速さでタイピングしていくんだ。で、書き終わったら義兄さんの用意したティーセットで一休みして、ちょっと世間話をして、そんで帰る。パソコン横に置かれたティーセットを視界に入れてご褒美効果で書き上げるらしい。原稿が書き終わってしまえば温厚で優しい人なんだ。ただ、ピリピリしてる時は……分かるでしょ? 触らぬ神に祟りなし、ってやつ。
今日は元々お客さんが少なくて、アルバイトの子も休みだったから、店内にはマスターと、手伝いに来た僕と、時間潰しに来た快斗くんの3人しかいなかった。快斗くんは確か、路上ライブの時間が上手いこと取れなくて、二時間ぐらい暇なんだって言ってたかな。とにかくその3人でいたんだ。義兄さんは快斗くんの曲が大好きだから、歌ってってせがんだりして。僕も快斗くんの歌声は好きだし、歌ってる間はウザくないからそのままにしてた。快斗くん、暇だとやたらと絡んでくるんだよね。まあそんな感じの時に、尚さんが来た。
「いらっしゃいませー」
「マスター、こんにちは。いつものお願いしていい?」
「はいよ。かしこまりました」
「あっ、尚先輩! 尚先輩じゃないっすか?」
「ん? ……ああ、快斗。久しぶり」
「お久しぶりです〜。え、いつ以来っすか? 学祭?」
「そうね、今年新歓には顔出さなかったから。学祭振り」
「うわー。相変わらず雰囲気とか昔のまんまっすね〜」
「そんな短期間で老けてたまるかっての」
とまあ、こんな感じの会話をしつつ、尚さんは仕事するモードに入った。快斗くんもそれはちゃんと心得ているのか、黙ってカフェモカを啜り始める。ね、ここまでは良かったんだ。
義兄さんが尚さんのパソコンの脇にティーセットを置いた。今日のティーセットはブルーチーズケーキにラプサン・スーチョン。ラプサン・スーチョンっていうのは中国産のフレーバーティーで癖のある強い燻香が特徴。僕がイギリス土産で買ってきたんだ。ブルーチーズは……ゴルゴンゾーラって言ったほうが伝わる人もいるのかな、青カビ生えたチーズね。あ、チーズの青カビは食べられるから大丈夫。ゴルゴンゾーラっていうのはイタリアのブルーチーズの商品名。ゴルゴンゾーラっていう村で作られてるんだって。ちなみに、よく丸いチーズの表面が白いイラストとか見ることない? あの白いのは白カビだから。
閑話休題。
とにかく、義兄さんがそれを尚さんの前に置いた瞬間、快斗くんが反応した。
「え、ちょっと、これ、チーズケーキ? こんなんも置いてるのここ」
「日替わりメニュー。今日はブルーチーズケーキ」
「なにそれぇ。ブルーチーズってアレでしょ? カビ生えてるやつ。美味しいの?」
「まあな。ワインと合う。今回はティーセットだから紅茶だけど」
「へぇ。食べてみたい。ね、尚先輩、一口いい?」
「やだ。邪魔」
「ええ〜、いいじゃん。ほんのちょっと。かけらだけ」
そう言って、快斗くんがケーキの端っこにフォークをかけた。
その瞬間。フォークは宙を待った。
「ダメって言ってるでしょ!!」
そんな尚さんの裏返った怒鳴り声とともに飛んだフォークは、義兄さんのおでこにクリーンヒットした。阿鼻叫喚。
快斗くんはこんなに怒られるとは思ってなかったらしく、びっくり顔で固まっているし、フォークがクリーンヒットした義兄さんは頭を押さえて悶絶している。尚さんは怒鳴ってしまったことへのショックかケーキを奪われかけたことへのショックかそれともこの事件で集中力が切れてしまったのか、電池の切れた人形みたいにただただ座り込んでいる。カオスだ。
これが今の現状。正直僕一人じゃ手に余ります。大声で助けを呼びたい気分。誰か、誰かこいつらどうにかしてーーーー!!!