天后奇譚~赤と碧~

はじめに


このミニストーリーは自劇団GAIA_crewが今年6月に開催した舞台
「異説 東都電波塔~陰陽奇譚」と、今週金曜日から浅草九劇で始まる劇団物語研究所の新作舞台「百鬼夜行プロメッサ」の両作品を僕が演出担当させていただき、かつ両作品とも式神、天后が出る(本当に偶然なんですけど)ということで、二人の天后を対決させたいと思い勢いで書いたものですw

もし興味ある場合是非「百鬼夜行プロメッサ」劇場まで感激に来て頂ければ…つまるところ宣伝です!

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閉話休題、以下本編

東京浅草、ひさご通りを一本路地に入るとひっそりと古い神社がある。

朽嵬祈神社、決して広くない人気の少ない夕暮れの境内、一人の女性が本殿に手を合わせている。

白いフードを深々と被り、紫の布で丁寧に包まれた棒状の何かを大事そうに抱きかかえる彼女は周りをふと見渡す。

「ちょっと私達に似たようなものを感じたから寄ってみたけど、特になにもないかしら」
「そう?私あんたの気配しか感じないけどね」

誰と話しているのだろう、独り言には聞こえない誰かと会話を続けている。

「おい、てめえ誰だ?」

声に彼女は振り返る、目線の先には一人の女性が立っていた。真紅の髪を逆立て、同じ色の道着を着込んだ女の顔は、偉業の彫り物が施されている。

彼岸花のような、炎のような文様の奥に不敵な笑顔を浮かべ、その手には鉄扇を持っている女は、異質な参拝客を睨めつける。

「特に…こちらの御祭神に参拝をさせていただいていただけで」
「ほう、その割にはあんたの匂い、人間のものじゃないな」

フードの女がピクリと反応する。

「うちの大将は今社務所で居眠りこいてるけどよぉ、妙な気配がしたから様子を見に来たら…あんた、妖怪かぁ?」
「妖怪、ですか」
「あんた何いってんの?妖怪なんてものはこの世ならざるものが人によって形をつけられたものであって…」
「なんだそれ…?心がある?付喪神か、ここの神社に住み着いてるやつより随分低級だな、体も持ってないのか」
「…あぁ?」

フードの女の持っていた紫の袋が、まるで自分の意志を持っているかのようにシュルリと己が紐を解く。

「誰が付喪神だってぇ…?この七星宝剣様に舐めた口聞いてくれるじゃないのよ!」
「七星落ち着きなさい」
「自分のこと馬鹿にされて落ち着いていられないわよ!」
「はっ…とんでもねえ妖気だな、大人しくしておいてもらおうかね!」

言うやいなや、赤髪の女の姿が消える。フードの女の眼前に滑り込むように踏み込んだ赤髪は掌底を撃ち込んでいく。が、フードの女は体捌きだけでそれを難なく交わす。

「早く私を抜きなさい!」
「落ち着けと言っている!七星!」
「身内揉めしてる余裕あるのかよ!」

引いたフードに赤髪が更に追い打ちをかける。体捌きからの掌と肘が絶え間なく襲い続ける、と思ったら腰の鉄扇を起用に抜き、それによる殴打も繰り広げる。

「…っ!」

打ち込み、跳ね飛ばされた鉄扇もそのままに、裂帛の気合と共に胴に双掌を叩き込む赤髪。体制を崩されたフードが初めて手にした棒でそれを防ぐ。

「…防ぐか、やるな」
「拳法使い、八卦掌ですか?」
「あら、ご存知かい、まあアタシのはごちゃまぜでね。うちの相棒が来るとまた面倒だ、さっさと決着つけるぞ」
「コウ、手加減とかそういう相手じゃなさそうよ?」
「…仕方ない」

改めてフードの女は手にした棒を袋から抜き出す。それは剣だった。刀ではなく、大陸の古い形の一本の鉄剣。

「剣の付喪神か」
「我はかの曹操孟徳が董卓を斬ろうとして使った稀代の名剣、七星宝剣なるぞ!貴様は何者だ痴れ者が!」

赤髪はかんらかんらと笑う。

「あっはっはっは!あんたが七星宝剣?馬鹿言うな!」
「なにをーっ!名乗れと言っている!」

赤髪はバサッと鉄扇を開き、バタバタと仰ぎながら高らかに言った。

「アタシは天后!元は京の都の陰陽頭安倍晴明に使えし式神、十二天将が一人!今生は陰陽師、鳥山武良と主従の誓いを結ぶもの!恐れおののき早々に立ち去れい!」

「はぁ?何言ってんのよ?てん…」

七星宝剣が語るが前にフードの女が神速で踏み込む。と同時に剣は鞘から放たれ、常人には見えないくらいの速度で天后に打ち込まれる。斬られた、そう誰しもが思える一撃だったが、天后は既で鉄扇で受ける。

「てめえ…っ!」
「ごめんね七星、無断で抜いたわ」
「吐くかと思ったわ…まあ吐くモノも口もないけど」

トーンと後方に飛び下がり、フードの女はその手をフードにかける。

「失礼いたしました。さすがの私も感化できない名前を名乗られたので」

フードがはらりと落ちる。前下がりのボブに切りそろえられた髪は海のような碧色。そして、その頭には龍のような二本の黄色い角が生えていた。

「私の名前も、天后と申します。安倍晴明様に使役されし十二天将が一人。今は土御門黒川流当代当主、黒川遥さまにお使えする式神なり」
「…はぁ?何いってんだ!天后とは私のことだ!」
「似ていると思ったのです、気も、存在も」

遠く浅草の街の喧騒が聞こえてくる、徐々に日が暮れようとしていた。

「…確かに」
「だけど、私と貴女ではまるで違う。顔も形も、性格も、技も、生き方も、でも」
「存在だけが同じみてえだな」
「そんなことって…あるの?」
「所詮アタシたちは式神、使役されしもの。打たれた式が違えば世界に対するあり方も変わる」
「そうかもしれませんね」

赤髪の天后は興味深そうにジロジロと碧い天后を見る。

「なあ、お前のところも相棒がいるのか?」
「相棒?」
「大裳だよ、こっちのは堅物の槍使いだ」
「大裳…?太裳のことですか?あれは清明様にお使えしていた時以来会っておりません」
「へえ…そりゃ小煩いこともなくていいな、じゃああんたは一人なのか?」

碧い天后が口淀む。

「いえ…妹も、兄も失いました」
「コウ…」
「…なんか悪いこと聞いたな、おし、じゃあ…」

赤い天后は改めて構え直す。

「勝負つけようかぁ?天后さんよぉ」
「ちょっと!何言ってんのよ、戦う理由なんてもう」
「そうですね、決着をつけましょうか」

すっと碧い天后も七星宝剣を構える。

「ごめんね七星、珍しく戦いたくて仕方ないのよ。同族嫌悪ってやつかしら?この人が天后
であるのは間違いないんだろうけど、天后で居てほしくないの」
「そうだな、十二天将、天后は一人で充分だぁ」
「もう…やるなら絶対勝つわよ、コウ」
「勿論」

言葉を終える前に両者が神速でぶつかる。斬撃は止むことがなく、その全てを受け流しながら掌を繰り出すが、それも既でかわされる。ほんの 1~2 秒の間に交わされた攻撃は数十手に及ぶ。

埒が明かない。三人がそう思い、必殺の一撃を見舞おうとした時。

「もうやめときな」

強力な陣が展開され、二人の天后は吹き飛ぶ。砂埃の中心にはハイネックのセーターを着込んだサングラスの男が居た。

「道満さま」
「道満…?蘆屋道満だぁ?」
「いかにも」

サングラスをゆったりと外した髭面で洒脱な男はニタリとほほ笑みを浮かべる。

「遥が探してるぜ?これからスターツリーの説明を受けようっていう時にいなくなるんだからなぁ、おもり役が迷子になってどうする?」

「なんだてめえはぁっ!」

赤い天后が襲いかかるが、踏み出した一歩目の足元から恐ろしい速さで地面が泥に変わる。足を取られ天后は動けなくなり、振りかざした掌は空を切る。

「なんだぁ…これ」
「烏枢沙摩明王調伏法にちょっとばかり神道を混ぜただけよ」
「なによそれ…混ぜるって…そんなとこまでいってんの?あんた」
「効きゃあなんでもいいんだよ」
「ここは、私達のいる世界じゃないのでしょうか」

冷静さを取り戻した碧い天后が道満に聞くと、彼はまたニタリと笑いながらいう。

「そうみたいだな、何かの拍子に繋がった別の浅草だろう。ここはどうにも良くねえ物が無理やり抑え込まれてる、俺らがいることで更に磁場が狂うかもしれねえ、そこで見ているお前」
「…いやはや、気づかれておりましたか」

和装の男がのそりと物陰から現れる。

「どうにも出て行きづらい空気でしたので、蘆屋…道満様で」
「おうよ、お前は?」
「鳥山流、鳥山宗石と申します、蘆屋様の足元にも及ばぬ陰陽師の端くれで」
「謙遜するな、俺が入ってこなかったらお前さんが二人を止めていただろうが」
「いやはや、どうにも」

宗石は頭をポリポリとかく、のらりくらりとした宗石がこれほど恐縮するのを赤い天后は初めて見た。本物なのか、蘆屋道満。

「邪魔しねえうちに帰るわ、逆手に鳥居に印を結んで抜ければ戻れるだろう」
「ああ、承知しました。色々とお話を伺ってみたいと思いましたが…」
「いいよぉ。見る限り、お前の得意は祓いだろ?神道の禊の技を応用したか、柔軟性があるねぇ、そういうの好きだぜ、俺ぁよぉ」

宗石の顔が瞬間変わる。見たことのない緊迫した顔。

「お見せしてもおらんのに、そこまでですか」
「臭うんだよ、鼻が良くてね。俺の得意な封じの術じゃ相性が悪い。早々にお暇するわ」

パチリと指を鳴らすと、赤い天后の足元はもうただの石畳に戻っていた。

「行くぞ天后、ああ、それにお前」
「なにか」
「ここに閉じ込められてるなんかはちと面倒な感じがするな。気負うなよ。祓おうとか考えるな、もう少し寝かせておけ。どうしても祓う必要があれば…ああ、でも俺らはもうこっちには来れんしな、とにかく死んだら全部がおしまいだ」
「…ご忠告、痛み入ります」

どこかで鈴の音がなる。

「どうやらタイムアップだ!行くぞ!」
「…次会ったときは決着をつけます」
「こっちの台詞だ」
「あんた、大したもんかもね、コウが全力で私を使ったの、あの芝公園以来だもん、誇っときな」
「うるせえ、付喪神が」
「付喪神って言うな!」
「ほーら!いくぞ!」

道満に続いて、碧い天后は去っていった。あっという間にその姿は見えなくなり、鈴の音と共にあたりは何事もなかったかのように静かになる。

「大将父ちゃん、あれは…?」
「さぁ~なんなんだろうねえ、真夏の夜の幻、ってやつじゃないのぉ?嗚呼、なんか緊張したら疲れた。なんか飯でもくおうや」
「ちょっと!ごまかすなよ!大将父ちゃんってば…!」

人が去った朽嵬祈神社の境内に、静かに鈴の音だけが響いていた。

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