仰げば尊し・前編
‥その連絡が来たのは11月8日(金)、私の母からのLINEだった。
メッセージは
11月7日、大田原先生が自宅で亡くなったって。カヲル、あんたお葬式出れそう?
という短いものだった。ちょうどお昼休憩の時にLINEを見た為、母には
今日の夜電話する、とだけ返信をした。
大田原恭一(おおたわらきょういち)先生。母の経営する美容室のお客さんだった人だ。
最初は大田原先生の奥様がお客さんとして美容室に来ていたのだが、ある日から大田原先生(以下、先生と呼びます)も一緒にヘアカットに来るようになり、やがて私の母だけでなく父とも仲良くなり、家族ぐるみでのお付き合いになった。
先生と母の年齢は10歳以上も離れていたが、何故か馬が合い、ヘアカットは理容室と決めていた先生はすっかり美容室でカットする事が気に入ったようで、奥様には今度いつ熊田さん家の美容室に行くんだ?と催促するようになったという。
私は子どもながらに、なんて背の高いおじさんなんだろ?と遠巻きに先生を見ていた。先生の身長は183㎝で、昭和生まれの人としてはかなり大きい。まるで巨人だな、と私は思った。そして母の後ろに隠れながら先生を見ていた。子どもの頃の私は人見知りだったのだ。
私の知っている先生は、背が高く、ひょろっとしている痩せた人だった。
後日わかった事なのだが、先生は若い頃、筋骨隆々としていてまるで格闘家の様だったらしい。中年になり先生は胃がんになってしまい、胃を全摘出。それ以来、痩せてしまったのだという。
先生の専門は体育。体育教師だったのだ。ちなみにソフトボール部とバドミントン部の顧問もしていたそうだ。我が家の美容室にやって来た先生は、先生らしくない雰囲気を出していた。お喋りの好きな大きなおじさん、それが私の先生に対する印象だった。
母からのLINEが来た夜、私は母に電話し、告別式へ参加する事を伝えた。告別式には私と母の2人で出席する事にした。
続く。