
散歩道
愛犬家のDさんから聞いた話。
朝晩の愛犬の散歩が日課のDさん。愛犬の柴犬「ハナ」もDさんとの散歩が大好き。どんな悪天候でも1日朝晩2回の散歩は欠かせないという。
流石に台風の時は庭先を軽く歩く程度で済ませるそうだが。
ある冬の早朝。午前四時、外はまだ暗くライト無しには散歩は出来ない。
防寒着に身を包んだDさんを、早くして!と催促するハナと自宅を出た。
いつもの通い慣れた散歩道。Dさんはハナの足元をライトで照らしながら歩く。
すると、ハナがいつもと違う路地へ入っていく。‥やけに狭い路地だ。Dさんは、まぁたまには違うルートを散歩するのも悪くないだろう、そう思いハナの気の向くまま散歩させてみた。
狭い路地をどんどん進むハナ。路地の両側は今どき珍しい木製の塀だった。ハナはひたすら先へ先へと歩いている。
‥気がつくと、道路は舗装されていない土がむき出しの道へと変わっていた。
道に立っている電信柱も最近では見ない木製。電柱の灯りも何だか薄ぼんやりしており、まるで昭和の頃の電灯のようだった。
道の両側に建つ家々も木造の平家ばかり。早朝なのか、灯りは付いていない。‥無人の空き家の如く人の気配が感じられない。家の作りも何だか古めかしい。昭和中期頃のような雰囲気だった。
路地全体が薄暗い。空が明けていないせいだけではない。木製の電柱の灯りと、Dさんの手持ちライトだけが道を照らす。
ハナは全く意に介さず、散歩を楽しんでいるようだ。むしろ、初めての道を楽しんでいるようだ。
Dさんはウチの近所にこんな区画あったかな?と思いながら見知らぬ路地を歩く。
しばらく歩いているが、風景が全く変わらない。似たような平家ばかりが続く。
Dさんは、もしかして道に迷ったか?と思いながらスマホで位置確認しようと胸ポケットを探す
が、スマホは家に置いてきてしまった事を思い出した。
その時、ある木造の平家から物音がした。
トン、トン、トン、硬いものを板に打ち付けるような音‥そう、例えるなら、まな板の上で包丁を使って何かを切っているような音。
Dさんは反射的に音のなっている平家へライトを向けた。
ライトで照らした平家は‥誰もいなかった。
と、今度は別の平家からまな板の上で何かを切る音がする。トン、トン、トン‥。
そちらの平家へもライトを向けた。‥やはり誰も住んでいないようだ。
無人の平家から、今度は何かを沸騰させるような音が聞こえてきた。まるでみそ汁を作っているような‥。
心なしか、会話らしきものも聞こえる。ただし何を言っているのかはわからない。
気味が悪い‥Dさんはハナに、ウチへ戻ろう!と話しかけた。ハナもDさんを見つめ、ここはどこ?という顔をしている。
薄ぼんやりした電信柱の灯りとDさんのライトだけが道を照らす。Dさんは少し小走りになった。ハナもそれに合わせて早く歩く。
やがて東の空が明るくなってきた。Dさんとハナは、どこをどう歩いたのか、やっといつもの見慣れた散歩道に出る事が出来た。
Dさんはその後、何度もあの狭い路地を探したが、見つけることが出来なかったそうだ。