迷い家(まよいが)の話の記憶
これは私が子供の頃に何かの本で読んだ迷い家(まよいが)の話なんですが、大雑把にしか覚えていないので忘れている部分は想像で補い書くとします。
画像はフリー素材を使います。それっぽい雰囲気が出ると良いのですが。
若い頃から登山が趣味の男性Aさんが秋に、とある山へハイキングに行った。いつも登っている山なので迷う事はないだろうと軽い気持ちでいた。
いつもの慣れた登山道を歩く。頂上へは簡単に着くはずだった。ところが道をどう間違えたか、全く見た事のない道へ出てしまった。
Aさんはしまった!と思いながらもとりあえず頂上を目指した。迷ったらとにかく頂上を目指すのが登山のセオリーだそうだ。
秋の日は釣瓶落とし、と言われるように日は短い。どんどんと太陽は西へ傾いていく。Aさんは焦る。スマホもGPSもない時代の事、頼れるのは地図とコンパス、自分の経験のみ。
太陽は山の稜線へと消えていく。辺りは薄暗くなってくる。ふと見つめた先に、薄らとした明かりが見えた。Aさんは少し安心した。民家があるなら電話もあるだろう。電話を借りて自宅に連絡を取ろう、そう思い明かりのある方向を目指す。
暫く進むと、道が開けてきた。
古民家のようだった。家の前には整備された畑も見える。近づいていくと立派な門があった。表札もあったが、夕暮れ時のせいか或いは風雨に晒されたせいなのか掠れた表札の文字は読めない。
とりあえず門をくぐり玄関先へ向かう。
‥家の外観は随分と古い感じがした。まるで大正〜昭和初期頃に建てられた様に見える。Aさんは戦前の建物か?と思いながら家を見つめた。とりあえず玄関へ回ろう、Aさんは玄関は近づいた。
玄関にあった外灯はアンティークとも呼べそうなものだった。明かりが灯っているなら人は住んでいるはず、廃墟でなかった事にAさんは少し安心した。
引き戸の玄関を叩く。「すみません!道に迷ってしまいました。申し訳ありませんが、電話を貸していただけないでしょうか?」‥全く応答がない。家主は留守なのだろうか?静寂の中、虫の音だけが響いてる。
暫く引き戸を叩いてみたが反応がない。ダメ元で引き戸を引いてみた。‥鍵はかかっていない。立て付けも悪くない様でスムーズに戸が開いた。
‥玄関を開けてすぐ見えたのは土間。火は入っていないようだが大きなカマドも見える。きちんと掃除されているようで、生活感はある。が、ガスコンロも水道も見当たらない。
再度Aさんは声掛けをする。すみませ〜ん!誰かいらっしゃいませんか〜!道に迷ってしまいました。申しわけありませんが、電話を貸していただけないでしょうか?‥やはり反応はない。誰かが暮らしている雰囲気はある。やはり留守なのだろうか?
お邪魔します、と一応声掛けをして家の中で待たせてもらう事にした。あまり部屋の中を歩き回るのも悪い気がして奥の部屋には行かなかった。見える範囲で電話を探したが、見当たらない。
建物自体が日本家屋なだけあって、土間の横にあった部屋も和室。明かりはついていたが白熱灯が一つだけぼんやりとあった。和ダンスや食器棚、ちゃぶ台の上には灰皿。皆使い込まれてる家具ばかり。だが、掃除は行き届いている。今にも奥から家主が出てきそうな雰囲気はあった。
何故かテレビもラジオも置いていない。Aさんが今一番使いたい電話も見当たらない。
突然、ボーン‥ボーン‥ボーンと音がした。少し驚いたが、壁時計だと分かった。音は七回鳴った。どうやら夜の七時らしい。
Aさんはとりあえずちゃぶ台のある茶の間らしき部屋で家主を待つ事にした。家主に会ったら突然上がり込んだ事を詫びて、事情を説明しよう。
灰皿もあるので、Aさんは胸ポケットからタバコとライターを取り出し、火をつけた。
部屋の中は静まり返っている。家の外からは虫の音、そして規則正しくリズムを刻む壁時計のカチ、カチ、カチ‥という音のみ聞こえる。
部屋の中をAさんが吐き出す紫煙が漂う。タバコを何本か吸って、考える。ここはいったい誰の家なのだろうか?今まで何度もこの山を登っている。山に村なんて無かったし、家だって無かったはず‥。登山の疲れもあって、Aさんはいつの間にか寝てしまった。
鳥の囀りが聞こえる。どうやら夜が明けたらしい。結局家主は現れなった。Aさんはちゃぶ台の上に家に勝手に上がらせて貰った事を詫び、泊まらせて貰った事に感謝し改めてお礼に伺う旨の手紙を書いて置いてきた。
再び柱時計が鳴る。ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。時刻は午前五時を告げていた。
荷物をまとめ、Aさんは古民家らしき家を出た。何と目の前にはいつも通っている山道が見える。
やった!これで帰れる。Aさんは山道へ向かった。
もう一度、古民家の場所を覚えておこうと振り返ると‥家は無くそこにはただただ木が青々と生い茂っていた。Aさんは自分が狐や狸に化かされたのか?と思った。ともあれAさんは無事下山し、自宅に帰る事ができた。
その後も例の山に何度も登ったが、遂にその古民家には辿り着けなかったという。