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トメ子かヨネ子か

「大正の娘さん気分で2種の湯を」と温泉師匠(温泉本)に紹介されている「駅前高等温泉」。

PH7.81 弱アルカリ性、メタケイさん215.7

私がこの温泉と聞いて思いつくのは、飲んでて終電を逃した会社の先輩達が泊まるところ。それと、道路に流れている温泉が滑りやすくて要注意。

個人的にはあまり良い印象のない「駅前高等温泉」だが、建物は古く80年以上の歴史を持つそうで古い写真にも今のままちゃんと載っているから嬉しくなる。

地元の人に深く愛されている、町のシンボルだ。

別府に来るようなって20年。別府市民になって14年。

ついに行ってみるか。

いつもの温泉セットを持って、初めて中に入る。

入口に入ると、番台のおじさんが「温泉?そこで券買って」と券売機を指差した。

熱湯とぬる湯があって、同じ場所にあるわけではなく別々らしい。各200円。

どっちかなー。ちょっと聞いてみようかと思ったが、おじさんは電話がかかってきてて忙しそうだ。

とりあえず今日はぬる湯の方にしてみよう。
チケットを差し出すと「そこねー!」と入口の扉を指差して教えてくれた。

入口も違うんだ。面白い!男女の熱湯、ぬる湯の各お風呂。四箇所扉がある。別々の世界への入口?みたいな。

のれんを潜ったが誰もいない。

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おおおーっ。レトロー。

そのままスタスタと階段を降りてみると

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上からは見えない隠し温泉のように、湯船がもう一つある。木造の浴室のようだ。なんだか楽しそう。

早速服を脱ぎ体を洗っていたら、1人の老婆が入ってきた。

「こんにちは」下から上に向かって声をかけてみたが、応答なし。

耳が遠いのかもなー。なんて思っていた。

次の瞬間我が目を疑った!!

階段を降りてくる全裸の老婆は、黒いボストンバッグを持ち、両手でしっかりと抱えながら降りてくるではないか。

ええっ?!それ?!お風呂道具?!?!

黒のボストンバッグを2つの浴槽の間の鏡の下あたりに置いた。中から洗面器かな?と思っていたら、おもむろに取り出したのはビニール袋に入った石鹸とタオルだった。

旅行客だろうか?老婆の1人旅??

体を洗い、湯船に入った。

あっ。ちょっとぬるすぎる。長湯の炭酸温泉温度だな。なんて思っていたら、老婆に異変がおこる。

私が湯船に入ると、老婆の背中を見る風になるのだが、私が湯船に入ると老婆は、石鹸と洗面器(高等温泉備え付け)を持って立ち上がり、黒のボストンバッグの前で体を洗い始めたではないか。

その行動は間違いなく、あの黒のボストンバッグを守っている。

とらないって・・

なんて思いながら、私はなんとなく乱されたペースを取り戻そうと、全身を立ってウォッシング中の老婆の前を通り、木の浴槽へ移動する。

ぬるい!!

ぬる湯だから当たり前なのだが、老婆に乱された心は平静を保つことができなかった。

私は逃げるように、急いで服を着てすごいスピードで電話をしているおじさんに「さよなら」を告げて、行き慣れた「駅前高等温泉」から徒歩2分の「海門寺温泉」へ向かった。

足早に温泉セットを持って入口を目指す私に、温泉帰りの女性が「今ならすいてるよー」と優しく声をかけてくれた。

良かった。今は1人になって落ち着きたい。

あの老婆はいったい何だったのだ。

暖かい海門寺のぬる湯に浸かって、ちょっと落ち着いた私は妄想を巡らせる。

私の名前はトメ子。
長年別府に住んでいたが、最近都会へ行った息子から連絡が来た。「母さん。コロナの関係で帰れなかったけど、元気にしてたかい?なかなかコロナが落ち着かないけれど、今はGO toも始まって、行き来も緩和されてきた。この機会に僕も考えたんだよ。別府の家を引き払って僕のところへ引っ越して欲しい。」
別府を出て行くのはつらいけど、コロナで1人暮らしのさみしさが身にしみた。息子のところへ行こう。
家を売り、年金を受け取っている地元の信用金庫で作った通帳も解約した。とりあえずこのお金を、黒いボストンバッグに詰めて、息子のところへ向かおう。
別府駅へ向かっていると、高等温泉の建物が見えた。
もう最後かもしれない。最後にどうしても別府の温泉に入りたい。
意を決して、高等温泉に入る。今まではもちろん別府市民の私は、熱湯にしか入ったことがない。人生の記念にぬる湯に入っておこう。まさかぬる湯に入ってる別府市民はいないだろう。
そう思って、ぬる湯に行くと下から「こんにちは」と声をかけられた。まずい、人がいるではないか。
この大金から離れてお湯に入るわけにはいかないわ。
抱えるしかない。そう。どんなに階段があったとしても両手で抱えて降りるのよ。

私の名前はヨネ子。
最近主人が他界した。2人で行った想い出の新婚旅行の町。別府。
GO toもあるし、行ってみますかねぇ。おじいさん。
私は主人の遺影と位牌を黒のボストンバッグにつめ、電車に飛び乗った。
別府駅を降りて、海に向かって降りて行く。あら。こんな手湯やら銅像なんかもできて、別府の駅前も変わってしまったわね。
2人の想い出がみつけられないのではないかと不安になった私の目に記憶のある建物が飛び込んでくる。
「別府駅前高等温泉」
おじいさん。一緒に入りましょう。
あの時別府温泉の熱さに驚いて、ここのぬる湯がちょうど良いと笑ってお話ししたわよね。
ぬる湯にいきましょうね。おじいさん。
そう思って、ぬる湯に入ると下から「こんにちは」と声をかけられた。
おじいさん。2人きりではないわ。でもおじいさんをこのぬる湯に入れてあげないと。
私は両手でおじいさんの位牌入った黒いボストンバッグを抱えて階段を降りた。

うーん。トメ子かな?ヨネ子かな??

海門寺のお湯の中で考えをめぐらした。
あのお婆ちゃんは、お肌がつるつるだった。どちらかといえば、トメ子かも。ずっと温泉に入っていたっぽいし。いやでも待てよ。ヨネ子で今は違う温泉地に住んでいたかもしれない。

うううーん。

気がつくと海門寺温泉も、人が多くなってきていた。

ささっと熱湯に入って、すっかりして上がろう。

ざばっと熱湯に入る。気持ちが良い。
そう思えるようになったのは、別府市民の証拠だな。
と思っていたら・・

海門寺温泉に、背中から足にかけて美しい刺青をした若い女性(とっても美人)が入ってきたではないか。
温泉に入っているお姉様方も口あんぐりである。

今日は妄想が忙しい。笑笑

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