見出し画像

仕事づくりは自分を知るプロセスでもある

大学生のころ、ETIC.というNPOに大変お世話になった。日本にインターンシップという概念を広げた団体で、今や全国にその仕組みが定着化している。

2006年から2007年にかけて働かせてもらい、多くの志あふれる大人たちに出会わせてもらった。いつか、私もそうなりたいと思い、2008年に大学を卒業し、企業勤めが始まった。

あれから約10年が経ち、紆余曲折はあったものの、縁があり、ベトナムで起業させてもらっている。間違いなくあの頃の影響は受けているのだと思う。

ただ、最近になってやっとわかってきたこと。それは、起業にもその人のスタイルが色濃く反映されるということだ。でっかいビジョンを掲げて、それを目指して、人々を巻き込んで、山あり谷ありありつつも、仲間の力を借りて、乗り越え、会社を大きくしていき、やがて事を成す。そういうストーリーは分かりやすいし、私もかつて目指そうとした。しかし、どうやら私は全くそういうタイプでは力が発揮できないようだ。

思い返すと、部活や受験勉強、企業人として仕事をしていたときも、何か追い込まれた状況、背水の陣だと全く力を発揮できなかった。まず緊張のあまり、お腹が痛くなってしまい、トイレから出れないという情けない体質なのだ。

起業したばかりのときも、「何かビジョンを掲げなければ!」と思い。それっぽいことを考えたが、全く肚に落ちない。それどころか、日に日に興味関心が多方面に移ってしまう。

今迄はこれはいかん!もっと自分を追い込まなければ!と焦っていたのだが、最近になって、「そういうスタイルなんだ」と思うようになり、妙に肚に落ちるようになった。

思い返すと、大学受験時代。私は1浪して、早稲田大学を目指していた。浪人ほやほやの4月のころには、偏差値40くらいだったので、周囲からみたら無謀だったと思う。それでも、自分なりに、計画を立てて、勉強していくと、成績もどんどん上がっていった。あろうことか、秋口には、人生初の彼女もできてしまう始末。

でも、追い込まれていたというよりは、楽しく勉強もできていたし、一緒に勉強していた友達や家族が支えてくれたこともあり、何とか大学に滑り込むことが出来た。

時が経ち、2010年。ベトナムで初めてつくることできた仕事は、日本の大学生向けのベトナムツアーだった。これも、私がベトナムの大学で日本語を教えながら、日常をツイートしていたら、たまたま旅行代理店の方が「君、何してるの?」とリツイートしてくれたのがきっかけだった。

その後は、あれよあれよという間に、学園祭のノリで開催が決まり、約3年間、ツアーを担当させてもらった。

2013年にホーチミンで前職の会社の立ち上げを任されたとき、最初はノウハウもネットワークも、資金も何もなかった。それでも、最初に出会ったスタッフがたまたま素晴らしく優秀で、事務仕事から顧客開拓まであーだこーだいいながらもやってくれた。その結果、お客さんにも恵まれ、多いときでは10人くらいの所帯になった。

自分の中にある「何となくこっちじゃないか」という方向性は決めるけども、後は、その瞬間に出会う人たちと、事をはじめ、一生懸命はやるけど、一定のなりゆきに任せながら進んでいくと、おもろい仕事が生まれていったように思う。

こういう仕事の作り方もありなんじゃないか。ビジョンを持たなければ!というのはある種の強迫観念だろうな。自分がずっと主体ではなく、そのタイミングであった方とその事業作り自体を楽しんでいくプロセス自体が、自分は好きだし、その方がうまくいく。*もちろん規模が大きくなれば、組織マネジメントのために、ビジョンを明確化しなければならないのだとは思うけど、まだそこまでの規模ではない。

いずれこういう仕事づくり、事業づくりの在り方を説明できるよう形にしたい。何より、自分が「こうじゃないか?」と社会に対して見立て、仕掛けてみて、結果が返ってくる。このプロセスほど面白いものはない。これが仕事をつくり、自分を知り、自分をつくっていくプロセスでもある。

まずは今、自分がやっていることを形にするべく、今日もホーチミンの夜空を見上げ、ベトナム人妻の「こいつ仕事しているのか」という冷ややかな視線を浴びながら、NOTEをしたためているのでした。

おやすみなさい。

いいなと思ったら応援しよう!