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【 劇場版「美少女戦士セーラームーン Eternal」《後編》 】 感想vol.025 @あべのアポロシネマ② 21/2/21

21/日/ビスタ/監督:今千秋/脚本:筆安一幸/作画:只野和子(キャラクターデザイン)

やはり、ウラヌスやネプチューンは恰好良かった。だけど、昔のそれとはだいぶ違う。
変身シーンで口紅がヒャ~ンと引かれるのが好きだったのだが、今作でもあるにはあるが、何だか印象が薄い。
昔のテレビアニメでは、強さと恰好良さの中に、「そうか、戦士である前に女性であったのだ」と気づかされる様な、はっとする美しさと可愛さがあった。
古来より、戦士の化粧というのは、相手を威圧し、自身を鼓舞するために行われるものなのだ。その意味合いでは、今作の変身シーンはちと物足りない。ウラヌスやネプチューンの良さが引き立たない。

ゲスト声優という形で、敵の総大将、女王ネヘレニアを演じたのは菜々緒。
悪女役の評価が世間的に高い事を受けての起用なのだろうが、それはルックスありきの事でしょう。声だけを聴いても、さして魅力的には感じられなかった。別段ちびっこに人気がある訳でもないだろうし、顔ファンの同性はいるだろうが、声ファンの人はあまりいないだろう。
物語を描く上では敵役は重要なので、ちょっとトーンダウンしてしまった感があり、残念。

ストーリーについて。集結した10人のセーラー戦士たちは、デッド・ムーンの女王ネヘレニアとの最終決戦へ向かう。苦戦を強いられながらも、タキシード仮面との絆、仲間たちの熱い思いを受けて、セーラームーンは究極形態のエターナルセーラームーンへと進化を遂げる。そして、他のセーラー戦士たちもエターナル化し、力を合わせて悪に打ち勝つのであった。こうして世界の平和は保たれる。

敵の強さが青天井になってしまうのは、バトルものの宿命。それを凌駕するには、主人公たちも変化を遂げねばならない。
良いのだけれど、こういうのは1回だけにして欲しいと個人的には思う。
ドラゴンボールも、スーパーサイヤ人は、おお、かっけぇ!となったが、2とか3とか出てくると、もういいよってなってしまった。
努力の先に切り拓いた新しい姿というのは分かるのだが、際限がなさ過ぎてちょっと萎える。
前作に続き、今作も「自己犠牲と夢」というテーマで描かれていた。
昭和生まれの私としては、この感覚に共感するのだが、平成以降に生まれ、ドライになってしまった社会の中で育った人たちはどう受け止めるのだろうか。てか、そもそもセーラームーンに興味を示すのだろうか。でもプリキュアは人気だから、大丈夫か。

日常を取り戻した十番の街を見つめながら、「誰でも皆胸の中に星をもっているのよ。そして胸の奥が熱いのは星が輝いている印なの」と云う、うさぎのモノローグで映画の幕が下りる。ほお。
衛星や惑星を守護としているのに、星というのはちょっとスケールダウンしてないかしら?と思ってしまった。そこは太陽とかの方があってないかな?とも思った。でもここでこのセリフを言っているのはうさぎであって、ムーンとして言っているのではないのがポイント。
極々一般的なドジっ子の女子高生が言う言葉としては、やはり「星」という方が妥当か。すると流石だ、武内直子先生。しっかり考えていらっしゃると感服致す。漫画を読んではいないですけど。

後編はバトル主体なので、シリアスなテンションが作品を引き締めていたと思います。なかなかに楽しめたので良かった。新テレビシリーズのCrystalを観てみようと思います。

月の光は愛のメッセージ。

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