【 フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊 】 感想vol.080 @MOVIX八尾⑪ 22/2/2
21/米/スタンダード/監督:ウェス・アンダーソン/脚本:ウェス・アンダーソン/撮影:ロバート・イェーマン
ウェス・アンダーソンの記念すべき監督作10作目ということなのだが、まだ長編作が10本しかなかったのかと、何だか感慨深い。そうか、かれこれデビューから20年が経つのか。
ウェス作品のもつ穏やかでふんわりとした匂いには、思い返すと、随分と助けられてきた様に思う。仕事やなんやかやで、もやもやしていた時にふらりと立ち寄った、今は無き渋谷のシネマライズで観た『ムーンライズ・キングダム』には勇気づけられたし、前作のストップモーションアニメである『犬ヶ島』には、図らずも泣かされた。なんというか、優しいのだ。実に凡庸であるが、そうとしか書けない。
久々に優しい陽だまりによって暖められた空気を呼吸するために、劇場へと向かう。とは言い状、マスクを二重にして、感染症対策は完璧だ。
ストーリーについて。
フランスの架空都市を舞台に、アメリカの新聞社の支社が発行する雑誌にまつわる物語。世界各国で50万人の読者を抱える、人気雑誌「フレンチディスパッチ」。アメリカ出身の編集者の眼鏡にかなった才能豊かな記者達が書く記事は、一癖も二癖もあり、読むものの心を捉えて離さない。ところが、編集長の急死を受け、彼の遺言通りに、雑誌は廃刊することになる。最終号に掲載する記事をどうするか、記者たちは編集室に集まり意見を交わす。最終号に掲載された、「自転車レポート」、「(コンクリートの)確固たる名作」、「宣言書の改定」、「警察署長の食事室」の4つのエピソードと、編集長の人柄を交えたオムニバス風の作品。
「自転車レポート」は架空都市のあまり必要ではない情報まで紹介して芸が細かい。そして、あまり物語として重要ではない所が良い。作品の導入として最適であった様に思う。
「(コンクリートの)確固たる名作」であるが、こんなにも可愛らしいベニチオ・デル・トロを私は観たことがない。感情も有る様で無く、とつとつと喋る姿には新鮮味を覚えた。
「宣言書の改定」は、五月革命を基にしているのだろうが、やはりあの時代の若者には熱があった。命を賭して迄変えたいという意思は、イデオロギーの是非こそあれ、美しいことには変わりない。
「警察署長の食事室」に出てくる警察署長お抱えの料理人であるエスカフィエ警部補であるが、その外見がどうにも画家の藤田嗣治に似ていたのが個人的に面白かった。
全てがそうであったわけではないが、構図の殆どは建築写真の様な、対象に正対して水平、垂直、直角に配慮されている。観やすいのだが、自然な様で、ちょっと不自然な印象を与えてくれる。スタンダードサイズで中心が強調されているから、余計にそう感じさせられる。
テレビでハイビジョンサイズが普及してから、シネスコサイズの映画が多くなっていたが、近頃は、逆行するかの様に、またスタンダードサイズの映画が多くなってきた気がする。サイズ選びは作品のテイストにもよるので、一概には言えないが、こういった作品がもっと増えれば、観客のリテラシーが向上するので、映画文化にとっては良い事だと、個人的には思う。後に、今作が配信されたとして、テレビ画面でスタンダードサイズを観るのは、なかなかに味気ないものであるし。
それにしても、カメラが動くことはあまりないが、画面の中がよく動く。落ち着いているのに、忙しない。彩度の高い色彩が目に眩しく、現実的な様で、実に意図的な配色が刺激的である。これが演出の妙というものか。真似できそうで、真似できない。陳腐だが、これが個性というものだろう。
言わずもがなではあるが、俳優陣が豪華。僅かな出演時間しかなかったが、シアーシャ・ローナンが観れたのが嬉しかった。ただ、そのシーンはモノクロであったので、彼女の瞳の美しい色を楽しめなかったのが、ちょっと残念ではある。
会話のテンポの速さに、少々面食らってしまい、字幕に追いつくのが大変であった部分もあるのだが、それを差し引いても、幸せな劇場体験であった。こんなご時世ではあるが、配信されるのを待つのではなく、劇場空間で観賞する事をお勧めしたい。
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