建前は飲食店
誕生日を迎え妻から好きなプレイをしていいよという一見すると魅力的な提案を受けたわけだがこれはとどのつまりマンネリ打開策を考えろというお達しであり大変頭を悩ませる事態なのであった。
安直なのは道具の使用だがメンテナンスが面倒だし捨てる際に困りそうなので却下。だいいち俺の小遣いじゃコケシを買うだけで予算オーバー。平均以下の月収で働く身で贅沢はできん。タオルで簡易的な猿ぐつわと目隠しを用意する事はできるが恐らく否決されるだろう。先方は少しでも特殊性が入ると忌避感を出す傾向にある。それでいてこちらに企画しろとは中々無体ではあるが、俺は下請けのような立場であるから呑むしかないのだ。世知辛い。
諸事情を踏まえ考えるも纏まらず、無駄に歩き彷徨う。この日のために午後休を取ったがしかし、一向にアイディアが出ない。あぁ、俺はまったく性においてセンスがないと絶望。このままでは叱責に終わる。どうしたものかと悩み、気づけば歓楽街。懐かしい。独身時代によく通ったものだとノスタルジー。そして走る電撃。俺はとうとう今夜のプレイ内容を閃いたのだ。善は急げでダッシュで帰宅。妻の帰りを待つ。
「ただいま……何これうっさ。何事?」
妻帰宅。ここで概要を説明。
「考えてまいりました今夜のコース。その名もバッカスの宴。互いに酒を飲みながらスキンシップを行い、後は雰囲気任せという背徳の催しでございます。この大音量で流れているトランスは理性を飛ばすための趣向。聴覚から脳を揺さぶられ、自然と快楽に身を委ねる効果が期待できます」
妻への説明は虚偽である。本当は独身時代に通い詰めたピンサロの雰囲気そのままの空間を再現したまで。猿だったあの頃の記憶が蘇り沸るという寸法(実は結婚後にも何度か行った事があるのは内緒だ)。妻を騙したのは彼女の自尊心を傷つけないため。いくらごっこといえども嬢の役をやるのは抵抗があるかもしれん。すんなり進めるための方便であり気遣い。別に怒られるのが嫌とかではない。決して。
ともかく。場は整った。さぁ、やろうか。
「ちょっと止めろ」
「え?」
「音楽止めろっつってんの」
「え、あの……」
「……」
「止めます」
ミュージックストップ。静寂が部屋に立ち込める。
「お前これピンサロ意識してんだろ」
「え?」
「ピンサロ意識してんだろって、なぁ?」
バレてる。こいつ知ってんなぁ。しかも怒っている。まずいぞ。
「あの、ピンサロ? とはなんでございましょうか」
一旦とぼけてみよう。ワンチャンいけるかもしれん。
「しら切ろうとしてんじゃねぇ。お前、私に無料でピンサロ嬢やらせようとしてんだろ。ふざけ倒せよこの野郎。私は高いんだよ馬鹿野郎。ぶち殺すぞ」
ワンチャンならず。飛んでくるアウトレイジ。反社会的な声はまるでナイフ。向けられれば致命傷である。
その後、俺はこっ酷く詰められ散々な誕生日となった。二度と今日という日を忘れられないことになりそうだ。
それにしても、妻が何故ピンサロを認知していたのか大変気になるところではあるが、藪を突いて蛇が出てきても困るので触れないようにする。人に歴史あり。女に秘密あり。妻の過去には闇があり。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。馬鹿な真似はせず、平和に、平和に生きていこう……