見出し画像

第28走者 岩永洋一:パーマン変身セットの思い出

 皆さんこんにちは。川谷医院の精神科医、岩永です。突然ですが、今日は私が聞いた「パーマン変身セットの思い出」について、書いてみたいと思います。この思い出を語ってくれたのは私とほぼ同年代の男性Aさんです。彼には、この話を本エッセイに載せることについて承諾をいただいています。
 
 さて、さっそく彼の「パーマン変身セットの思い出」について紹介していきましょう。彼が幼稚園の頃、パーマン変身セットを買ってもらったと言います。ところで、このエッセイの読者の方はどのくらいパーマンのことを御存知なんでしょう? 簡単に説明をしておきますと、パーマンは1966年から2年間、1983年から3年間の期間、藤子不二雄先生による漫画が発表され、同時期にアニメ化もされました。主人公である冴えない小学生・須羽ミツ夫が、宇宙人からもらったパーマンセット(マスク、マント、バッジ)を装着することで怪力や空を飛ぶ力などを授かり、正義のヒーローになるというお話です。Aさんは、このマスク、マント、バッジからなる変身セットを買ってもらったというのです。
 劇中のパーマンは、消しゴムくらいの大きさの青い塊を持っていて、それを指でぐにゃぐにゃするとマスク(というか青いヘルメット)に変わり、ヘルメットの中に赤いマント、パーマンの「P」をモチーフにしたバッジが入っています。マントを背中に回すと両肩に吸い付くようにくっついて空が飛べるようになります。バッジも胸に当てるとくっつき、それが他のパーマンとの通信機器となり、またバッジを口にくわえることで水中でも呼吸できるようになります。ヘルメットは被ることで怪力を得ることができ、これでパーマンの完成です。
 でも「変身セット」はおもちゃだから、そんなハイテクでできているわけではありません。ヘルメットは小さくならないし、マントも自分でつけないといけないし、バッジはプラスチックに赤いシールが貼っていて、それを安全ピンで自分で留めないといけないものだったそうです。幼稚園児のAさんには安全ピンで留める作業は大変だったし、針が指に刺さると痛くて泣いた、といいます。また、劇中のパーマンはヘルメットを鼻下まで被り、ヘルメットについている目とミツ夫君の目が一体化する形ですが、変身セットはおでこまでしか被れません。ヘルメットにはパーマンの二つの目が付いており、被っている子供の目と合わせて4つの目があるというシュールな絵柄になったようです。それでも彼にとって「変身セット」は宝物でした。
 Aさんは、同じく「変身セット」を買ってもらった友達と一緒に、近所の空き地でよく遊んでいたと言います。ただその遊び方は私には違和感を覚えるものでした。パーマンはマントの力で、時速119kmで空を飛べるという設定ですし、劇中でも空を飛ぶシーンが多々出てきます。Aさんもマントをつけて、空き地を空に見立てて飛び回る遊びもしていたそうですが、彼が一番覚えている「思い出」は、空き地を海に見立てて、プラスチックのバッジを口にくわえてそこで深海を泳ぎ回って遊んでいるものでした。上にも書きましたが、バッジは口にくわえることでどんな深海でも呼吸ができるようになるアイテムです。しかし変身セットのそれはプラスチックに赤いシールが貼ってあるもので、Aさんがくわえすぎたので、よだれでふやけてボロボロになってはがれたシールのついたバッジのことを覚えている、と語ってくれました。
 
 さて、上に述べてきたものがAさんの「パーマン変身セットの思い出」です。この思い出には二つ考察する点があるように思います。一つは、パーマン変身セットそのものが持つ意味、もう一つはどうして深海を泳ぐ遊びを好んだのか、ということです。一つずつ考えてみたいと思います。
 
①  パーマン変身セットの持つ意味
男の子は小さい時にヒーローに憧れます。ヒーローになることを夢見て仮面ライダーの変身ベルトだったり、戦隊ヒーローのお面だったり、それこそパーマン変身セットを欲しがります。別にそれは男の子に限らず、女の子もプリキュアに憧れてプリキュアのアイテムをねだったり、ディズニーのお姫様に憧れてその洋服を欲しがったりするでしょう。以前神の概念のところでも書きましたが(エッセイ「期待について」)、ここでいう強い力を持つヒーローやお姫様は、大人を象徴していると考えられます。だからヒーローやお姫様に憧れるのは早く大人になりたい思いとも言えるでしょう。もう一つ言えば、ヒーローやお姫様は親以上に強くなりたい、きれいになりたい、という思いとも言えるでしょう。
さらに言えば、大人だって自分の好きなアイドルや俳優に髪型を寄せたり、同じアイテムを持ちたいと思います。人はなりたい自分を外部に見出し、その特徴を取り入れて一体化したがるのです。
少し話はそれてしまいますが、前回のエッセイで書いた「ジョジョの奇妙な冒険」の第四部の主人公東方仗助は、1999年という舞台にしては珍しいリーゼントの髪型をしています。彼は、幼少期にリーゼントの人に助けられたことを心より感謝し、その人の髪型をずっと受けつぎ、だからこそ、その髪型をけなされるとプッツンしてしまいます(プッツンももはや死語でしょうね)。不良にリーゼントを「サザエさんの髪型みたいだ」とけなされた時は、物の形を変えてしまう彼の特殊能力「クレイジー・ダイヤモンド」でドラララと相手の顔の形を変形させてしまいました。仗助のプッツンには行き過ぎのきらいもありますが、リーゼントとサザエさんの髪型を同じにとらえる不良の認知能力もどうかと思いますが・・・。いずれにせよ、仗助のこの在り方も、自分がなりたい像に一体化しようとする一つの在り方でしょう。お調子者にみえる仗助ですが、このようにアツい筋の通った信念を持っているところがグレートなのです。
Aさんの話に戻ります。Aさんがパーマン変身セットを買ってもらったのは幼稚園なので、大人になりたい・大人を追い越したい、と思うのは、年齢成長としても妥当なタイミングでしょう。ただ、次の考察にもつながりますが、Aさんの遊びが私にはどうしても気になるところなのです。というのは、この年頃の男の子は仮面ライダーや戦隊ものごっこに表れてるように、戦いのテーマを遊びでやりたがるものです。以前のエッセイ(「1/3の純情な感情」)で書いたエディプスコンプレックス、つまり「幼児期に起こる、異性の親を手に入れようと思い、また同性の親に強い対抗心を抱く心性」にある、同性の親への対抗心が、この戦いのテーマの中で遊ばれるのです。その延長線上で、パーマンごっこでも悪いやつらを懲らしめるような遊びをやりたがりそうなものですが、Aさんが好んだ遊びは深海を泳ぐ遊びでした。そちらの考察に移りたいと思います。
 
②  深海を泳ぐ遊びの意味
 Aさんの深海を泳ぐ遊びはどんな意味があるのでしょうか。私がAさんの語りを聞いていて気になったのは、遊びの内容に加えて、そこから伝わってくる情緒でした。遊びの内容が戦いのテーマではないからかもしれませんが、深海を泳ぐ遊びの話からは、勝利への陶酔という満足感よりは、どこか安心して眠くなっている感じとうすら寂しい感じを受けていました。その寂しさと、よだれでふやけてボロボロになってはがれたシールのついたバッジという視覚的なイメージから、彼が以前語ってくれた幼少期の状況が思い出されました。
 彼の両親は共働きで、生まれて結構すぐの段階で母親は仕事に戻ったと言います。彼の世話は一緒に暮らしていたお祖母ちゃんや叔母さんに任せられたそうでした。彼はお祖母ちゃんや叔母さんのことも大好きでしたが、やはり寂しかったのでしょう。シールがボロボロになるまでなめられたバッジは、もっと母親のおっぱいをしゃぶっていたかったという思いの表れだったのかもしれませんし、深海を泳ぐ遊びは母親の子宮の羊水の中に戻りたいという願望が表れていたのかもしれません。
 赤ちゃんや幼児が、おしゃぶりをしたり指しゃぶりをしたり、なんでも口に入れたりしますよね。あれには二つの見方があると考えて良いと思います。一つはAさんのパーマンのバッジと同じく、おっぱいがなくなってしまったので、代わりのものを探して口に入れているという見方です。もう一つは、精神分析の考え方で、幼児の身体的快の感覚が、この時期は口周りに集中するという考え方があるためです。幼児がおしゃぶりや指しゃぶりなどするのは、自身の口腔内の快を求めるからだ、ということになります。なので、このだいたい0-2歳の時期を口唇期と言ったりもします。次に続くのは2-3歳頃のトイレットトレーニングの時期で、肛門の感覚に身体的快を感じる肛門期です。この時期はうんちをいっぱい貯めることや、それを一気に出すことに快を感じ、それがトイレットトレーニングに対して従順になったり反抗的になったりします。その後3-5歳頃は性器に快が集まるようになり(男根期という呼ばれ方をします)、自慰行為が始まります。
 Aさんの場合は、この時幼稚園だから口唇期じゃないのではないか、というご意見もあるかもしれません。確かにそうですが、口唇期⇒肛門期⇒男根期とスムーズにいくわけでもなく、その時期その時期に大きなトラウマや欲求不満が募ると、発達の一部がそこでとどまってしまう固着という現象が起きると言われています。Aさんのバッジしゃぶりも口唇期の固着という見方もできるのかもしれません。
 
 
 私はAさんに、パーマン変身セットで遊んでいた頃、それはそれで楽しかったのだと思われるが、同時に寂しさもあったのではないだろうか、それはお母さんが早くに仕事に戻り、もちろんお世話をしてくれたお祖母ちゃんや叔母さんはいたものの、もっとお母さんに甘えたい気持ちがあったのではないだろうか、ということを伝えました。Aさんは少し目に涙を潤ませながら私の話に聞き入り、続けて以下のような思い出を思い出した、と言いました。彼が話してくれたのは、やはり同じく幼稚園の頃、お気に入りのぬいぐるみがあって、そのぬいぐるみは何かの動物で、まん丸い顔の真ん中に鼻が出ていて、アンパンマンの顔のようだったと言います。Aさんはその鼻に自分の鼻をこすりつけたり、ぬいぐるみの鼻を口に咥えるのが好きだったと、少し恥ずかしそうに語ってくれました。このエピソードは、よりはっきりとAさんのおっぱいへの愛着と、それが得られなくなった時に代わりのもので埋めようという試みが表れているようでした。その後Aさんも私も暫く黙っていましたが、Aさんが母親との思い出に浸っているようだ、というのはその空気から明らかでした。
 このやりとりからしばらく経った後、Aさんはタバコを止めることができたと私に語ってくれました。彼は今まで何回禁煙を試みても、うまく行きませんでした。今回の禁煙も、もしかしたらまたどこかで破られてしまうものかもしれません。しかし、それでもタバコを止められたことは一つの達成と私には思われました。
 
 さて、今日はAさんが語ってくれた「パーマン変身セットの思い出」から考えたこと、そしてそのやりとりの顛末を書いてみました。これを読んで、皆様の思い出や記憶に何か刺激があったり、精神分析に興味を持っていただけたり、ちょっと何かを思い出して温かい気持ちになれたらいいなぁと思っております。ではまたお会いしましょう。
  
 

いいなと思ったら応援しよう!