見出し画像

インド旅行記②帰国便でインド短期留学の振り返り



こんにちは、ミサトです。

いま、成田への帰国便の中で書いています。

旅行記①はインパクトがある内容だったからか(ゲ◯の話ですからw)、多くの方に読んでいただきありがとうございました。

旅行記を行きと帰りの飛行機では書く気になり、滞在中に暇があったのにも関わらず、一切書く気が起こらなかったのもおもしろい。


インド滞在中は、あらゆることが起こり、消化するのに、感じるのに、精一杯だった。

はじめてのインドを正にフルコースで体験してきたと言える。


衝撃の行きの飛行機のゲ◯事件からはじまり

1泊目からエアコン付きホテルと銘打ったファン付きホテルでの騒音(と緊張)で寝れなかったり

ピンクシティと呼ばれるジャイプールに移動し素敵なホテルでも、ブレーカーがすぐ落ちること、何度も停電すること、たまに出るお湯に感動したり、

ヒンドゥーの聖地プシュカルでは、毎日続くオールナイトお祭りにワクワク&ゲンナリしつつ、聖地で聖人を名乗る軍団にちゃっかり恫喝というかボッタクリに合って、時間がたつにつれて悶々としたり、

砂漠地域のジョードプルでは、ちゃんと?体調を壊して、まさに泣きながら吐きながら移動し、現地の無償の助けに感動したり、

最終目的地のプネでは、パンチャカルマ治療に行ったのに、はじめの4日間は通常病棟で入院&療養(ICUと書いているのを見たが本当だろうか…)することになりめちゃくちゃ周りに助けていただくスタートとなったり、

パンチャカルマでは気候が悪く、患者が自分を含めて1〜3人しかいない日々が続き、喋り相手を求めてめちゃくちゃ更新したスタエフがご好評いただき嬉しかったり、

最後には病院内に沢山の知り合いが出来て本当に無償の愛に触れて心から感謝することができたし、自分自身の身体に・体調に・食欲にはじめて意識的に向き合うことが出来た。


なんだか、本当にたくさんの出来事があった。


はじめてのインド、最終日のムンバイではじめてKFCとマクドナルドを見た。それくらい地方都市とローカルでしか過ごしていなかったのだと思う。

電気やお湯のありがたみを感じ、
いや、毎日頭を洗い、しかもドライヤーで乾かしてしかもサラサラを求めるだなんて、アナタ本当に豊かで幸せものね!と1ヶ月前の自分に言ってやりたい。


パンチャカルマでは最後まで外国人は自分一人で、トータル三週間もインドにいたものだから、ほぼインド短期留学みたいなものだ。

観光業、サービス業、主婦、学生、医療従事者、ITエンジニアなど、色んな人たちに出会い、沢山の話を聞いた。


短期留学を経て、日本社会に適応化するために身につけたアレコレが削がれ、その分自分の個性特性がどんどん剥き出しになって来た気がする。

わたしはどこにいても、好奇心が旺盛で、それを満たすために社交性を使っているし、人懐っこい。
また小さく安全なイレギュラーが多発していて、それをネタにまた人と仲良くなるのだ。
単純で多動で基本的に動き回りたく、人目を気にしなければ、同じ建物内なのに一日15,000歩も動いていた。
大事に扱われないとしっかり怒る。楽しいことにはよく笑う。嫌なことも楽しいことも等しくすぐに忘れる。
何かいいことや新しいこと、楽しいことがあると人と共有せずにはいられない。
消化力は弱く、メンタルに左右されるが、気づいていなかった。

まるで精神と時の部屋で過ごしたかのように
自分の純度が高まった、インド短期留学。


行かせてくれた環境、見守ってくれた皆様、現地で助けて愛してくれた皆様、本当にありがとうございました。


では、またね!


※インド話で人気だったスタエフ
 よかったら聞いてみてね。

◯パンチャカルマ
 ボディマッサージ中に事件発生


◯パンチャカルマ治療で本当に使える英語#1

◯インテリメガネに翻弄された話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?