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「を、歩道橋で」 分冊版(5)

著:カワセミオロロ

私は彼女に話し続ける。

「ユキちゃん。ユキちゃんと私は似ていると思う。似ているけれど、同じじゃない。この話が役に立つかわからないけど、もし心に響いたなら、参考にしてほしいな。」

私は手に持ったままのココアを見つめる。じっと、見つめて。呼吸を整える。

「私ね。高校生の時に、普通じゃなくなったんだ。頭がおかしいって無理やり病院に連れて行かれて、投薬治療が始まってね。だんだん良くなるはずが、だんだん悪くなってさ。」

「ね。ほんと、どうしてたらよかったんだろう。って今も思う。どれが正しかったんだろうって思うよ。」

「いろんなもの失って、後悔しても取り返しのつかないことで苦しんで。とっても長い時間氷の中でうずくまっていてね。知らない間に時間だけが過ぎて、気づいた時のは大人になっててさ。そこからも、いろいろあった。いざ、氷から出てきてもね。」

彼女は、何も言わず私の話を聞いている。何が言いたいんだろうって顔をしているように思える。

「私が言えることは、素人目線になるんだけどね。スクールカウンセラーさんや、通いづらいかもしれないけどカウンセリングしてくれる病院に行ってごらん。」

「言いづらいかもしれないけど、他人だから言えることがあると思う。知ってる人には結局言い切れず、話をすり替えてやり過ごせば過ごすほど、苦しくなるから。」

また、俯きながら彼女は応える。

「そうですね。考えてみます。」

今度は目を見て応える。

「ミホさんも、つらい思いをしたんですか。今、幸せそうなのに。」

今日出会った、彼女のまっすぐ私を見る目を忘れることはないだろう。
まっすぐに、私も誰かに放った言葉と重なって傷口にしみた。

「そうね。今、本当に感謝して生きている。こんな日々が来るなんて思いもしなかった。」

「思ってもないことが、いつか起きる。世界は、そう出来ている。何度も死にかけたけれど、今生きててよかったって思えてる。」

「今日、ユキちゃんと出会って自分のこと話すことで。今までを肯定できたよ。ありがとう。」

今度は私がまっすぐに彼女の目を見つめる。

「私は、ミホさんみたいになれないと思います。」

「生きててよかったて思える日がくるんですか。」

ユキちゃんは眉を歪めて訴えた。

私は彼女の目を見て話す。

「今、死ななくていい。生き地獄のような、延命治療のような、日々が続くかもしれない。けど、その間に力をしっかり温存できれば、また立ち上がれる。」

私は、私になにができるのだろうと思う。こんな大人になにができるんだろうって。
詳しい事情を知り得ない私がズケズケとお節介をして、ただの自己満足。
どれか、どれか一つだけでも響け。彼女にはまだ生きてほしい。

「わからないけど、ミホさんは、いい人ですね。こんな私に構ってくれる。」

彼女は、寂しげに呟いた。

孤独を感じて、悪化していったのだろうか。なにができるのだろうと考えながら、私は鞄からスマホを取り出した。

「いつでも、連絡しといで。専門家じゃないから、役に立てるかわからないけど。カウンセリングも行きずらかったら一緒に行こう。一緒に探そう。」

「1人に感じているかもしれないけど。1人じゃないよ。1人じゃない。」

「1人じゃない。」

「そうだよ。昨日まで1人に感じていたかもしれないけど、今からは1人じゃない。」

「大丈夫。」

その日の出来事を、今でも忘れることはない。時より、思い返すほどだ。
運命の出会いだった。大きな転機だった。
その後、彼女は一年の休学を経てもう一度、走り出した。そして、強くなった。
人一倍優しくもなった。気配り上手なところは相変わらずだけれど、息の抜きどころも見つけた。

私はあれから、少し身体が軽くなった。自分のことを、もう少しばかり旦那に伝えてみた。不安だったけれど、ほんとに良い人だ。今も幸せが続いてる。

娘はちょうど、思春期到来。ちょっとぐれ気味だけど、かわいいものだ。可愛いものだけれど、まだ子供。できるだけのこと、ありったけの愛情をまだまだ注いでいる。

「人は1人じゃない」

「けれど、1人じゃないのに1人だと感じてしまう日が来るかもしれない、続くかもしれない。」

「そんな時、一度相談してみよう。1人じゃないから。」

そして、自分の身に起きた出来事を語ってみよう。そのエピソードが、ひとつのデータになる。誰の役に立たないかもしれないけれど、何か一つぐらい響けと願う。ひとりよがりなのかもしれないと思う日もある。

けれど、今日も私は、語る。傾聴する。この仕事に出会ってよかったと思う。

「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

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「を、歩道橋で」これをもって完結いたします。

ご閲覧ありがとうございます。この小説公開に至った経緯と、想いを少しまとめさせてください。

作品自体はフィクションにはなるのですが、個人的な経験も少し混ぜさせてもらってます。

世間的に一番楽しいと言われる、10代後半~20代前半を”廃人”のように生きていました。毎日を、閉ざされた部屋の中で暮らし、窓から見える空をずっと眺める。とても生きた心地のしない青春でした。

いろいろ内容は割愛しますが”予防医療”がとても大切だと考えています。人に話すということで、治るわけではないけれど少し状態が変わることがあると思います。

何より、学生や若者の自死のニュースを目にする度に、なんやかんやで生き延びた自分に何かできないか。今更だけれど、無名の新人に何ができるか。何もできないから、何かしたってどうせ影響力ない。だから何もしない。そんな感じで暮らしてました。

正直、話を聞く、話すだけではどうにもならないことの方が多いと思います。自分もそうでした。べつに何かが急に変わるわけでもないし、”所詮”って思うこともありました。けれど、それでも大切なことだと言い切れます。

カウンセリングというケアがよりポピュラーなものになってほしいと思うと同時に、担い手のケアと質の向上に予算を投資してもらえたらと思います。

もっと、カウンセリング、予防医療が若い子たちの浸透するような宣伝広告投下したい。けど、ど底辺の人間のカワセミオロロには、ちょっと限界があるので偉い人や影響力ある人に届いてほしい。

学も教養もスキルも人脈もコネも影響力もない。でも、そこらへんの同級生とは違う進路を辿ったことが今では唯一の武器です。

「を、歩道橋で」最後までご愛読ありがとうございました。

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完結

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