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天然痘ワクチンLC16m8のリスク

8月2日、厚生労働省は『サル痘』に対する天然痘ワクチンの使用を正式承認しました。承認されたのは、熊本県のワクチンメーカー『KMバイオロジクス』の天然痘ワクチンです。

乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」 に関する資料
https://www.pmda.go.jp/drugs/2022/P20220802001/261976000_15500EZZ00960_K100_1.pdf

KMバイオロジクス社の天然痘ワクチンは、『LC16m8』と呼ばれる高度に弱毒化された『生のウイルス』を使用したワクチンです。これは1976年に千葉県血清研究所(当時)の橋爪壮博士により開発されました。
開発の背景などは、以下の橋爪博士御本人の書かれた総説などを参考にしてください。(他にも「橋爪壮、LC16m8」のキーワードでGoogle検索すると、いくつか出てきます。)突然変異によって弱毒化したウイルスを選んで、何世代も培養を繰り返し、一つのワクチンを世に送り出すまでにどれほど御尽力なされたかが伺えます。

超弱毒株LC16m8の来歴

私の歩んだ研究の道とそこからの教訓○14―弱毒痘苗株―
弱毒痘苗株 LC16m8 の開発とこのワクチンの現況
橋爪 壮* (* 千葉大学名誉教授)
小児感染免疫 Vol. 23 No. 2(2011年)

https://www.jspid.jp/wp-content/uploads/pdf/02302/023020181.pdf

世界各国、New York City Board of Health(NYBH)株や大連株など様々なワクチン株がある中で、最も弱毒とされたイギリスのリスター株をさらに弱毒化した『超弱毒株』とも呼べるLC16m8ですが、この安全性については、1973~1974年に約5万人の小児に接種されましたが、重篤な副反応は報告されていません。詳細に臨床症状を観察し得た10,578例での発熱率は7.7%であり、その他の副反応もいずれも軽症でした。(軽度な皮膚合併症と熱性けいれん3例。)
成人に対する接種でも、2002~2005年に行われた3,221例において、重篤な副反応は報告されていません。(軽度のアレルギー性皮膚炎と多形性発赤症が1例ずつ。種痘後脳炎、脳症、心筋・心膜炎はなし。)

天然痘ワクチンは、1796年にエドワード・ジェンナーが種痘法を開発したことに始まる長い歴史があり、何よりLC16m8は『国産』であるということから、日本で広く歓迎されているように思います。

ただし、LC16m8には一つ大きな懸念があります。
今回は、論文を紹介しながら、それを解説してきたいと思います。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 Mar 15;102(11):4152-7.doi: 10.1073/pnas.0406671102.Epub 2005 Mar 7.
Genetically stable and fully effective smallpox vaccine strain constructed from highly attenuated vaccinia LC16m8
訳)高度に弱毒化されたLC16m8から構築された、遺伝的に安定した完全に有効な天然痘ワクチン株
Minoru Kidokoro, Masato Tashiro, Hisatoshi Shida

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.0406671102

LC16m8はワクチニアウイルスの一種ですが、SARS-CoV-2と同様、培養細胞に感染すると、感染した細胞を死滅させて『プラーク(plaque)』を形成します。

LC16m8を数回継代すると、LC16m8の本来の大きさのプラークよりやや大きい中型のプラークが出現します。そして、継代回数を重ねる毎にその割合が高くなり、中型のプラークが全体の5%以上になると、病原性が強くなることが知られています。

LC16m8の毒性復帰(”先祖返り”)(Figure 1A, Bより)

これが、所謂『毒性復帰突然変異株』です。この株の出現が、LC16m8の接種において大きな懸念材料となります。

LC16m8の毒性復帰株(論文では『Large plaque-forming clone, LPC』と表記)のゲノムDNAを調べると、『B5R遺伝子』に変異があることが分かりました。

毒性復帰株の持つB5R遺伝子の突然変異(Figure 1F, Gより)

LC16m8では1塩基(グアニンG)の欠失により、正常なB5Rタンパク質は作られませんが、LPCでは、その欠失部位のすぐ上流で1塩基の挿入(LPC#1ではシトシンCの挿入)が起こり、再びB5Rタンパク質が作られることが分かりました。

そこで、B5R遺伝子を持たない『LC16m8Δ(m8Δ)』を開発したところ、継代回数を重ねてもLPC(毒性復帰株)が出現しないことが分かりました。

LC16m8Δでは、毒性復帰株は出現しない。(Figure 2C, Dより)

そして、マウスを用いた動物実験において、LC16m8Δの防御免疫原性は、天然痘根絶に寄与した第一世代ワクチンの『Dryvax(NYBH株)』と同等であり、同じ第三世代の『改変ワクシニアアンカラ(Modified vaccinia Ankara, MVA)』よりもはるかに優れていることが証明されました。

LC16m8Δは、非常に安全かつ有効なワクチンとなるはずです。
しかしながら、今回承認されたのは、LC16m8Δではなく『LC16m8』です。

新型コロナウイルスのmRNAワクチンは、一つの『完成形』でした。
よく反ワクチンは「SARS-CoV-2のスパイクタンパク質は毒だから、毒ワクチンだ!」と言いますが、中和抗体を作るために必要なスパイクタンパク質をワクチンから除くことはできません。それは、古典的な組換えタンパクワクチンであるノババックスワクチンが、スパイクタンパク質を抗原としていることからも明らかだと思います。

(画像引用元:https://medical-exp.com/NAb/about/)

しかしながら、反ワクチンに与する科学者は「スパイクタンパク質の毒性をなくすことができる」と主張し、あたかもmRNAワクチン開発者らがその努力を怠ったかのように一般人に信じ込ませました。そして、「どのようになくすかはmRNAワクチン開発者自身が考えること」だと言い、具体的な『理想のワクチン』を提示することを拒否しています。

私は、そういう科学者は卑怯だと思い、軽蔑しています。

私は、そんな卑怯者にはなりたくありません。

私は、今回の記事でLC16m8の持つリスクについて解説しました。毒性復帰は大きな懸念材料です。今後、私が軽蔑する類いの反ワクチンに与する科学者たちも、この点について指摘するようになると思います。
しかしながら、これまでの研究で、毒性復帰の原因となる遺伝子は特定されています。それを除いたLC16m8Δが、私の『理想のワクチン』です。

より安全な選択肢が既にあるにもかかわらず、それが多くの人に届くことがないのは残念でなりません

以上。

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