『本郷隼人の きょうのサブスク』 Vol.2 カーペンターズ『Christmas Collection』
クリスマスソングというのがどうにも好きだ。
一口にクリスマスソングといっても大雑把には讃美歌やクラシックなどの「トラディショナル系」と「ポピュラー系」とに分けられると思うのだが、そのどちらもが共存しているのがいい。
例えば『サンタが街にやってくる』でワクワクしたかと思えば、『きよしこの夜』でしっとりする……といったような。
いわば「聖」と「俗」、あるいは「歓楽」と「静謐」といったものが綯い交ぜになっている感じに惹かれるわけだが、このあたりの仔細を語りだすとたいへんなことになるので省略(笑)。
というわけでこれからの約ひと月は、クリスマス関連の音楽を中心に紹介していきたい。
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かなり前になるが、欧米、ことにアメリカ合衆国のミュージシャンは、クリスマスアルバムをリリースして初めて、一流と認められると聞いたことがある。
現に大物ミュージシャンのクリスマスアルバムはサブスクでも無数に聴くことができ、またそれこそが一流の証であろうが、総じて完成度が高い。ただの曲の寄せ集めではなく一つのアルバムとしてきちんと作られており、歴史的名盤とされるものも数多い。
今回はそんな中でも筆者が特に、これぞ「アメリカン・エンターテイメントとクリスマス」と考えるタイトルを紹介したい。
『Christmas Collection』
カーペンターズ
◆Apple Music(カラム内のスクロールで曲目を確認可能)
CDとしてお持ちの方もいらっしゃるであろう。1996年発売のロングセラー。
もともとは1978年の『Christmas Portrait』というカーペンターズ初のクリスマスアルバムがあり、カレン没後の1984年に発表された『An Old-Fashioned Christmas』とを抱き合わせた2枚組で、カーペンターズ人気の高い日本で企画・発売された。筆者もこの頃に購入して、あまりの素晴らしさにひっくり返ったクチ。
2024年末現在で他国のサブスクでもこのコンピレーションが配信されているのかどうかはまでは知らない(調べてない)が、聴ける環境に居住していることに心から感謝している。
ちなみに前者だけの名を冠した『Christmas Portrait (Special Edition)』というのもアルバムとして配信されているのだが、実はこの〝Special Edition〟がクセモノ。
ある意味でサブスク時代の問題点を孕んだ話にもなるので、後述する。
さてまずはDisc1にあたる「Christmas Portrait」だが、LP時代から名盤の誉れ高いこのアルバムの何が素晴らしいかといえば、その構成にある。
冒頭、リチャードによるアカペラで30秒ほどの讃美歌が厳かに流れたかと思うと、その残響を引き継ぐような弦楽のトレモロがフェードイン。間髪をいれずに可愛らしいファンファーレとともに「序曲」が始まるのだが、まずこれが泣ける。
古いハリウッド映画、ことに大作やミュージカルの多くにこの序曲はつきもので(例えば『80日間世界一周』や『ウエスト・サイド物語』の映像ソフトでも確認できる)、要は開幕に先んじて本編で使われる楽曲たちを管弦楽のメドレーで紹介するものだ。オペラからブロードウェイなどの舞台そして銀幕へと受け継がれてきた伝統芸というわけだが、これをしっかりと踏襲しているのが、ベトナム戦争の時代に「古き良きアメリカ」の雰囲気で人気を博したカーペンターズの面目躍如。
そしてこのメドレーが、壮麗な『神の御子は今宵しも』で派手に盛り上がったあとの一瞬の静寂……から立ち上がってくるカレンの声!! 満を持してとはこのことで、かつまたこの『クリスマス・ワルツ』がロマンチックなことこの上ない。フランク・シナトラが得意とし何度も録音している同曲だが、負けず劣らずなカレンの歌声はもちろん、編曲と演奏はチャイコフスキーもかくやといった美しさだ。
以降、元祖アメリカン・ポップスの巨匠ルロイ・アンダーソンの『楽しいそりすべり』からラストの『アヴェ・マリア 』(グノー)まで、時に明るく楽しく、時に静かな祈りに満ちたクリスマススタンダードたちが、次から次へと夢見るように流れゆく。あたかも一編のミュージカルでも観ているかのようであり、この世に存在する「完璧なもの」の一つだろうと思う。
続くDisc2『An Old-Fashioned Christmas』は、先述のようにカレン没後のアルバム。
「Portrait」用に録音されたものの収録されなかったいわゆるアウトテイクと、新たに録音された音源で構成されており、当然カレンの歌声パートは少ない。いきおいインストゥルメンタル(とコーラス)の割合が多いのだが、そのぶんふだんはカレンの陰に隠れがちなリチャードの、編曲や演奏も含めたディレクターとしての天才ぶりに、あらためて気づかされる作品となっている。
分けてもジャズ・ナンバーとしても、あるいは「そうだ 京都、行こう。」でもおなじみの『私の好きな物』のピアノソロは圧巻で、プレイヤーとしても超一流であることに舌を巻くばかり。
ある意味でカーペンターズというよりも「リチャード・カーペンター楽団 feat. カレン・カーペンター」といったアルバムではあるのだが、しかしだからこそカレンの声がいっそう効果的に響く。中でも合唱とリチャードのボーカルで始まる『ドゥ・ユー・ヒア・ホワット・アイ・ヒア?』が、途中から文字通り天上からのカレンの声を得て盛り上がっていくさまは、この上もなく感動的だ。
サブスク時代となり、CD時代にも増して曲を飛ばしたりランダムに聴くことができるようになった。筆者はそれを100%否定するものではないけれども、このオリジナル版Christmas PortraitとAn Old-Fashioned Christmasは、どちらか一方ずつからでもよいので、まずはぜひ〝通し〟で聴いてもらいたく思う。
ところで冒頭で紹介した『Christmas Portrait (Special Edition)』について。
実はこの2024年末現在各種サブスクで配信されている〝Special Edition〟は、「Portrait」単独ではなく、上記の2つのアルバムから21トラックをピックアップし再構成した、いわゆる「ベスト盤」となっている。
クレジットに所属レーベル「A&M」の名もあり、おそらくはリチャード公認・監修でもあると思われる。曲の「つなぎ」も不自然でなくこれはこれで完成度は高いのだが、首を捻ってしまうのは、これに「Christmas Portrait」の名を冠し、かつ同アルバムのオリジナル・イラストを採用している点だ。
◆Apple Music
はっきり言って、筆者は大問題だと思っている。
これまで綴ったように、 『Christmas Portrait』はLP時代から名盤とされてきた。
このため現在でもたとえば[クリスマス][名盤]で検索すると各種サイトでほぼ必ず紹介されるわけだが、今やここでオリジナルか否かを意識する人は少なかろう。当然、サブスクですぐにヒットするこの「Special Edition」を聴くことになるだろうが、何度も言うようにこちらは「カーペンターズのクリスマス・ベスト」であって、であるならばそうしたタイトルにすべきなのだ。
ではなぜこうしたものが登場する(した)のかと言えば、それこそサブスク時代だからだと、筆者は考察する。
聞きかじりの知識だが、サブスクというのは1曲(1トラック)がすべて聴かれて(流されて)初めて、ミュージシャンなど著作権者への収入になるという。途中で聴くのをやめられてしまった場合には、収入とはならないわけだ。
かてて加えて昨今は、イントロなどインストゥルメンタル・パートが敬遠される傾向にある。本来であればPortraitとOld-Fashionedを合わせて聴いてほしい。だけれどもそうなると全体が長くなる……といった感じでたぶんこのあたりはリチャードも痛し痒しといったところなのだろうと勝手に推察するが、中たらずと雖も遠からずではなかろうか。
なお、この「Special Edition」は輸入盤ながらCDでもリリースされている。が、このDisc版はサブスクからの転用だと思うのだがいかかだろうか。
とまれ大事なことなのでもう一度だが、ここまでお読みいただいた皆さんには、ぜひ『Christmas Collection』(Christmas Portrait+An Old-Fashioned Christmas)と『Christmas Portrait (Special Edition)』との違いを心に留めて、時と場合に応じて聴き分けていただきたい。
ぜひに!!!
◆Spotify
◆Amazon Music Unlimited