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一年前の息子のケガ
家事が一段落した頃、電話が鳴った。時計を見ると10時45分頃だったか。
見覚えのある番号。誰だっけ。
受話器を取ると、学校からだ。
「今、〇〇(息子)君が保健室にいるんですけど」
「えっ!」
熱でも出たのかな。何かの悪い症状? どうしたんだろう。あらゆる心配が頭をかけめぐる。
幼少期、大きめのケガは何度かあった。
縫うことになったら、もちろん大騒ぎで、一度は、夫に「バッチン、バッチン、て、た!(ホッチキスみたいな物で縫うので、バッチンと音がする「バッチン、て、した」)と、やり遂げた自分を自慢げに報告していた。
最近だと息子が中学生の時、アレルギー症状で蕁麻疹を出し、嘔吐し、気を失ったことがある。病院の中で、私は息子の身体を支えながら時々泣きそうになり、この状況を早く乗り越えてほしいと願うばかりだった。
テキパキ動いてくれた看護師さんたちや掛かりつけ医に、今も深い感謝の念を抱いている。
***
「体育の時間に」
と受話器越しの先生の声で我に返った。
今。今の話よ。どうしたのだ。
「バレーボールだったんですけど、片付け中に、ネットの支柱が手の甲に当たって」
ああ生死を左右するものではないみたい。良かった。息子のことだから、またドジをやらかしたのでは。とも思ったけど、クラスメイトの不注意だったそうだ。
息子自身のせいではないのか。
ケガさせられちゃったんだ。
反射的にちょっとムムっとしてしまう。多分こういう時の私は簡単に顔に出ている。「ムム!」
電話越しで良かった。
「それが…保健室行ったら、手がものすごく腫れてきたので、保健室の先生も病院へ連れて行った方が良いのではないかと」
「わかりました。すぐ伺います。ご心配とお手数かけました」
もうちょっと「えー」とか「うわー」とか「ひえー」とか言いながら、丁寧に返答したと思うけど、とにかくドタバタと10分くらいで準備を済ませて学校に向かった。
右手だろうか。左手だろうか。
運転しながら気が急く。
学校に着いて階段を駆け上がると、靴箱に息子がたたずんでいた。
左手だ。利き手じゃないからちょっとホッとするけど、手の甲はぷっくり腫れ上がっている。
「うわ。ピンポン玉みたいになってるね」と言うと、「そうなんだよ」と困り顔の息子。「痛い?」と聞くと「そうでもない」と言う。
でもその腫れ具合を見て、心臓がちょっとバクバクする。
保健室の先生も出てきて、心配顔で説明してくれた。親切な先生で、よくお世話になっている。ありがたい。そして親の私はこのくらいでは心配顔しないようにこらえる。
「ありがとうございます」
一つ目の大きな病院に電話すると「外来は…」と断ってきた。なんだよ。こういう突然のケガなのに。診てくれないのかよ。息子が心配な親は、車の中で口が悪くなる。せっかく心配顔を我慢したのに。
比較的、近い病院がダメだったので遠くの病院に着くと、「外科の先生が今日は11時半までで終わってしまったんです」。
時計は11時半ちょっと過ぎ。
ええ……うそーーーん。
もう一件、心当たりのある病院に電話すると、診てくれると言う。
その後の息子は「見た目ほどじゃないんだよ。何もしていない間は、少し痛いくらいで」と焦っておらず、平気そうだ。
「でも見ると、こんなに腫れてるから、ビックリしちゃうんだよね~」なんて呑気に笑っている。
そしてようやくの診察。
先生が「ここが痛いんじゃない?」とちょっと触れると「イタッ! そうですね」と思わず声が出たようだった。
「なるほどね……じゃあレントゲン撮りましょうね」
ここが痛いと、そこがそんなに腫れるのか。
横でちょっと肩に力が入る。
レントゲンを撮り終え、しばらくするとまた呼ばれて診察室に入った。
「えーと……これがレントゲン写真なんですけどね」
先生が見せてくれた、手の甲のレントゲン写真。
めっちゃキレイ……。
そこには。一つのヒビも、何の違和感もない、それはそれは美しい左手の骨が、ただ美しく写っていた。
「おお。キレイ……ですね」と言う私。
「そうなんですよ」と先生。
わはは!!!
三人で笑った。
「レントゲンに写らないほどのヒビが入っているかもしれませんがね。もし痛みが引かなかったらまた来て下さいね」
一応注意を受けたけど、でもキレイな、「ただの手の甲の骨」だったなあ。
いやあ何でもなくて良かったけどね!
もうあれから一年近く経つのかあ。
この一年。何だったんだろう。
それについては、そのうちまたゆっくりと。
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