おじいさんと幼い女の子との交流
友達についてのマガジンを作ろうと、ヘッダー画像を、自分のアルバムから探していた。でも友達誰かの写真なんて選べないし、自分の写真なんてもってのほか。素敵な景色も、どれもおざなりに撮っている。どうしたものかと思いながら子供の頃の写真までさかのぼって見ていた。
ああこれだ。これにしよう。
ぼやけた写真を見つけて、この人も確かに私の友達だった、と思い出して決めた。
どのくらいの年齢差があったのかな。
ニュージャージーで暮らし始めてしばらくした頃。
隣りに住んでいた一家に、老夫婦がやってきた。ダンナさんか奥さんかのご両親なのだろう。車椅子に乗るおじいさんが、幼い私にはカッコ良く見えてしまって、最初は物珍しさで見に行った。
するとご夫婦は歓迎してくれて、私をキッチンに招き入れた。それまでそこのご家族とほぼ交流がなかったのに。
キッチンの椅子に座り、手持無沙汰でただニコニコ笑うしかなかった私に、おじいさんは、手遊びを教えてくれた。大げさなものではない。「こんな形にできる?」と指を折り曲げたりして見せてくる。私が真似をしてできると、「おお、うまいうまい!」と笑う。
行く度に少しずつ難易度が変わる。今日のは簡単にできた! 今日のは難しいから何度も挑戦。
ある時、いつも色々教えてもらうから、幼心に私もお返しをしたいと思い、「今日は私がおうちの描き方を教えてあげる!」と張り切って紙を前にした。
まず四角を描いて。それから屋根を描いて。窓を描いて。
「ウン。ウン」
忠実に聞きながら私のマネをしてくれた。
「わーお。素敵な家だね!」
おじいさんはニコニコ笑って、私が描いたのと、私に教えられて描いた自分のを眺めた。
それから「僕も家の描き方を知ってるんだよ」と言って、奥行きのある立体的な家の描き方を教えてくれた。四角を描いて、その横に横長の長方形を描く。
「うわあ!」
出来上がった家の絵が、今までと違っているので私は驚いて喜んだ。
それからも時々遊びに行っては、二人で絵を描いたり、指遊びをしたりした。おばあさんはいつも横で笑って見ていてくれた。
ある日は、庭の方に出てみた。
おじいさんがいたずらっぽい冗談を言った。
内容は忘れてしまったけど、私はそんなこと言っちゃダメよ~! と戒めるようにして、叱るような表情もつけて「Pete!」と名前を呼んだ。
初めて名前を呼んだ瞬間だった。
何十歳も年上に向かって、叱るようにその名前を呼ぶのは初めてでちょっと照れた。おじいさんも、車椅子を押すおばあさんも、とても嬉しそうにケタケタ笑った。「叱られちゃったよ~」って。
あんまり楽しくて三人で時間を過ごしていると、おばあさんがたまらないわといった風に、「二人の写真を撮ってあげるわね」とその時撮ってくれたのが、この写真。
車椅子のPeteとハグして挨拶するようになっていたから、抱っこしてもらえて、とても嬉しかった。
ちょっと遊びに行くのを忘れていたある日、母から言われた。
「Peteは亡くなったのよ」
「なくなったってなあに?」
「死んじゃったのよ」
「死んじゃうってどういうこと?」
「もう会えないのよ」
「ふーん。Peteはおうちにいないの?」
「そうよ。もう遊びに行ってもいないから、お隣には行かないのよ」
こんな会話を交わしたはずだ。うろ覚えだけど、でもこんなだった。
そうなんだ。よくわからないけど、Peteにはもう会えないんだ。
時々寂しくなって隣りの家を窓からのぞいた。おばあさんももういないようだった。あまりのぞくと申し訳ない気がしたので、外を眺めているフリをして、そっと視線を横に送ってその家を見た。
もう会えないのか。死んじゃうと会えないんだな。
何度も自分に言い聞かせてPeteと会えないことをのみ込もうとした。
強烈に覚えているあの頃の、胸が痛い寂しい気持ち。
それから長い間、私の描く「家の絵」はおじいさんの描いた家だった。「家」と言えばそれだった。今もその家の絵が描ける。
間違いなく、私の、大切な友人との思い出。
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