幼い息子が、お父さんのリュックに入っている物を想像してみたら
息子が2歳くらいで、お父さんに遊んでもらうのが大好きだった20年近く前。
「行ってきます」と、お父さんが毎朝リュックを背負ってはウチを出るのを笑顔で見送り、時には泣きながら見送る。
泣いていても、しばらくすると勝手に泣き止んで遊び始める。
保育園や幼稚園で「お母さんがいなくなっても意外と泣き止んで遊んでいるんですよ」の言葉を聞く度に「そんなもんだよね」と、さほど後ろ髪を引かれる思いにならなかったのは、そんな息子の様子を毎日のように見ていたから。
かんしゃくの強い息子は後追いも激しい方だった。ベッタリいないと、ずっと話しかけてくるか泣くか。
だから夫がいなくなると、ほんのしばらく余韻で一人でいじけたように遊ぶけど、ほどなくして遊んでくれとねだってきた。
その日は、お父さんになりきる「父ちゃんごっこをする!」ようだった。
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夫はお弁当がないと好きなものを買ったり、カップ麺を食べたりするようだ。生活習慣病各種を抱えるその身体が心配で、できるだけお弁当を詰める。今でこそしょっちゅうだけど、当時は息子のことで私の身体も気持ちもギリギリだったので、余裕のある時だけ。気まぐれ弁当だった。
それでも息子はそんな様子を観察していたようで、「お父さんはお弁当をリュックに入れて持って出る」という認識があったようだ。まれに自分が預けられる時に、お弁当を持たされたり、おやつが出たりしたからかもしれない。
ただ「お父さんは毎日のようにリュックを背負って、いったい何をしに行っているのか」と、その先は想像もつかなかったのだろう。
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台所の戸棚を開けたまま、小さな息子が背中をまるめて、お菓子の袋の音をさせている。
しばらくしてスッと立ち上がり、「父ちゃんごっこね」と言う。いっしょに遊ぶのねと後ろをついていくと、背中に小さなカバンを背負っている。
アラ。かわいい。
「行ってきまーす」と手を振られるも行き先はすぐそばの和室。「行ってらっしゃーい」と手を振り返しつつ、和室の目の前に行く。
息子が部屋の中をちょっとぐるぐる回って「はぁー着いた」と少し疲れたようなフリをして座った。
しばらくニコニコ宙を見た後、リュックを開け、唇をとがらせながら中をのぞいて取り出したるは……。
ギンビスアスパラガスビスケット!
息子のお気に入りだったお菓子。
おっ。美味しそうだね。良いね。と、ひっくり返って笑いそうなのをこらえて言うと、1本渡された。
お母さんも食べて良いの? ありがとう。と言うと、息子も食べた。
そして「はぁー美味しかった」と言ってまた宙をニコニコ見ている。
「お腹いっぱいになったね」と続ける。
さっきから息子にとって、私がどの世界線にいるのかわからないけど、そうだねと言ってみる。
すると、残りのビスケットをカバンに戻して「さあ。かえろっか」と背負った。
あっ。もう終わり? 帰るのね。
当時、大好きな自分のお父さんが、リュックを背負って外に出てしまうのは、お弁当を食べるためとでも思っていたのだろうか。
たまらず、ひっくり返って笑ってしまった。かわいいぞ息子。
そんなお父さんを泣きながら見送る日々はそりゃあつらかろう。
2歳の息子にとっての「かばん」はリュックで、その中には美味しい物が入っていた。
今もその話をしてしまっては、息子に「もうその話良いから」と呆れられている。
メディアパルさんの募集企画「#わたしのかばん」に参加しています。
もう一つネタを思い出したのですが、締め切りが来てしまったのでまたの機会に書きます。楽しい企画をありがとうございました。