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不知火村


「不知火村? そんな村など、この先にはないぞ」
「羽田村の北に不知火村があると聞いたのですが」
「ああ、それは、たまに聞くが、実際にはない」
「では、この先には何があるのですか」
「見た通りじゃ、小高い山が続いておる。村など出来る余地はない」
「じゃ、ただの言い伝えの村だったのですね。半ば分かっていたのですが、その痕跡でもあるかと思いまして」
「あんた、誰だ。暇な人だなあ」
「隠れ里とか、隠し村。そういったものに興味がありまして」
「見ればお侍さんのようじゃが、武人には見えぬ」
「用心が悪いので、武家の格好をしておりますが、さる貴人に仕えるもの」
「じゃ、やはり武人じゃないか」
「いえ、私も元々は公家。ただ、潰れましたので」
「家が潰れたのか」
「いえいえ、食えぬので、公家をやめたようなものです」
「それはもったいない。誰にでもなれるわけがない。武家のように。まあ、養子になれば別だがな」
「だから公家の身分は捨ててはおりませんが、実際にはさる高貴な方に仕えております」
「猿に仕えておるわけではなかろうが、その方から言われて探しておるのか」
「はい、歌人でもありますので」
「それで、そんな呑気なことをやっておるんじゃな。しかし、この先、そんな村などはない」
「では、どうして、そんな噂が立ったのでしょう」
「噂は都からじゃ。暇人がそんなことを言い出したのだろうよ」
「しかし、火のないところに煙は立ちません。それなりに、何か、この地と関係があるのではありませんか」
「この村の北の山地は確かに妙でな。高い山などなく、見た限り大人しい山々が張り付いておる。しかし、なぜか人を寄せ付けぬような場所でな。街道もそこは通ってはおらぬ。避けておるのじゃ」
「幻の村があり、そこには村人がおり、普通に暮らしていると聞きます」
「行けば分かるが、田んぼなど出来る場所じゃない」
「そうなのですね」
「山深くはないが、人は滅多に立ち入らん。多少は木を頂戴する者がおるがな。いい木も生えておらん。岩山ばかりなのでな」
「長々と解説。有り難うございました。実際にこの目で見て参ります。そうでないと、叱られますので」
「宮仕えも大変じゃのう」
「はい、本当の宮様なので」
「ああ」
 
   了

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