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[ライブレポート]かわさきジャズ2024 山中千尋 Special Jazz Live Guest:ユッコ・ミラー@カルッツかわさき

「ジャズは橋を架ける」をテーマに、2015年に始まり、コロナ禍を乗り越え、今年が10回目となるかわさきジャズ。今年は川崎市の市制100周年にも当たる。ここまで継続して来られた主催者はじめ、すべての関係者の皆様に敬意を表したい。

その記念すべき第10回のハイライトのひとつ、【山中千尋 Special Jazz Live Guest:ユッコ・ミラー】を聴く。

会場のカルッツかわさきは、川崎駅から徒歩15分、川崎市のスポーツ・文化センターの中にあるホール。市内最大規模の2000席を超えるホールだ。ステージ後方中央には、黒地に白抜きで「10th かわさきジャズ」と書かれた幕が掲げられている。開演前には微かに鳥の鳴き声が会場に流れている。

1st開始時刻の16時ちょうどに会場が暗転して、トリオの3人が登場。山中は赤、緑、黒のモザイク模様の裾の長い素敵なドレス。あとの2人は黒で統一。まず山中がMCでかわさきジャズ10周年のお祝いの言葉と、つい先日26枚目のアルバム”Carry On”をリリースしたこと、今年がバド・パウエルとヘンリー・マンシーニの生誕100年に当たるので、彼らの曲を中心に演奏することを述べる。

1曲目はバド・パウエルのUn Poco Loco。このLocoというのはクレイジーな、という意味がある。大井の叩く、踊るようなラテンリズムに乗って、バド・パウエルも舌を巻くかと思うほどエネルギッシュな山中のピアノ。ハイスピードなのに音の粒が揃っていて気持ちがいい。時に椅子から腰を浮かせながら、目眩くように指が鍵盤を駆け巡る。1曲目から会場が熱気を帯びる。ベース、ドラムスにはソロを渡さず、ピアノだけで1曲を通す。

2曲目もバド・パウエルで、Hallucinations。大井はセカンドライン風のちょっと懐かしいリズムを叩く。ベースソロがフィーチャーされ、山中の躍動感溢れるピアノソロでは、和音の連打に大井のドラムスがピッタリ合う。ドラムソロでは山中が客席に手拍子を促す。このトリオでの大井の存在感が大きいと感じる。ハッピーな演奏に会場から大きな拍手が贈られる。

次はヘンリー・マンシーニの「ひまわり」(Sunflower)。今戦場と化しているウクライナで撮影された映画のテーマ曲なので、昨今いろいろなライブで聴く機会が多くなっている。山中はウクライナでもロシアでも演奏経験があり、その時は感激したお客さんがステージに上がって来そうな勢いだった、と話して、静かに、一音一音確かめるようにピアノを弾き始めると、客席はしんとして物音ひとつ立てずに聴き入る。山本のベースが優しくピアノに寄り添う。大井はパーカッションとシンバルで水音のような音を出す。平和への希求、戦争で亡くなった方々への鎮魂歌のようにも聴こえる感動的な演奏だ。

次は山中の最新アルバムのタイトル曲Carry On。「継続する」という意味。アップテンポの16ビートで、ピアノのメロディーラインが美しい。それが激しさを増したと思うと、ドラムソロでは一転して2ビートになって、ピアノソロでまた16ビートに戻るという変化に富んだ演奏。

1st最後はMoon River。山中は学生時代に焼肉屋でピアノを弾くバイトがあって、鍵盤が油まみれで押してもなかなか上がって来ないようなピアノで、リクエストされたのがこの曲。共演のマンドリン奏者が弾き始めたのがこんな感じだった、と言って一節を真似して弾いてみせると、なんと演歌調。このカルチャーショックがトラウマになっていて、今日はマンドリンが入れないようなアレンジで弾きます、と言って、高速で7拍子が混じる複雑なアレンジ。これはユニークな、山中らしいMoon Riverだ。

15分の休憩の後、2ndもMCから始まる。山中は米国ロングアイランド在住で、毎日日の出が見られる。それに向かってお祈りをしていたら、スポーツジムの無料クーポンがポストに入っていた。お祈りの効果があった、という話をして、曲はThe Horizon。これも最新アルバムに入っているオリジナル。魅力的なメロディー。山中の弾くスタインウェイ、とてもいい音がしている。ピアノとベースの絡みも洒落ている。

次は再びバド・パウエルで、Tempus Fugit。超高速のスウィング。山中はバリバリと弾き、力強い一面を見せる。山本のウォーキングベースによるソロを山中がうなずきながら聴いている。ピアノとドラムスの8小節のトレーディングがエキサイティング。山中の目にもとまらぬ速さのピアノに、会場から歓声が上がる。

ここでお客さんに「ユッコちゃーん!」と呼ばせて、スペシャルゲストのユッコ・ミラーを迎え入れる。髪をピンクに染め、フリフリの付いた可愛い衣装のお姫様スタイルで登場。山中との共演は3回目という。ユッコ・ミラーに「どこから来たの?」と聞くと、「ミラクル星から」とギャルみたいな可愛い声で答える。曲はヘンリー・マンシーニの「酒とバラの日々」(Days of Wine and Roses)。バラードで、ピアノの静かなイントロから、ユッコが悠々と吹くアルトの艶のある音色がいい。目を瞑って聴けばどんなイケメンのお兄さんが演奏しているのかと錯覚しそう。見た目、話し声と演奏とのギャップが凄い。山本の抒情的なベースソロ。大井はブラシでさりげなくサポートする。後半は自然に倍のテンポになって、ピアノソロはミディアムスウィング。後テーマのアルトは再び元のバラードに戻る。会場全体がうっとりと聴き入る。

次はThere Will Never Be Another Youをバド・パウエルの弾いたイントロを使って演奏。ミディアム~アップテンポの快適なスウィングで、ユッコの伸び伸びとしたアルトが素晴らしい。ギャルがステージ中央でバリバリのジャズを演奏している図が面白い。ユッコはドラムスとのトレーディングで、大井の方を向いてチャレンジするように吹く。

ここで、予定にないけどもう一曲やろう、と山中が言いだして、ユッコが選んだ曲がConfirmation。速すぎず、ちょうどいいテンポで、楽しそうに吹く。楽器がスポットライトを浴びて金色に輝くのが映える。山中も再び腰を浮かせんばかりの熱演。山本のベースは一転してクール。安定していて、山中がいつもトリオのメンバーに彼を選ぶ理由が分かる気がする。

ラストは、Spain。客席に手拍子をしてもらうために2回ほど練習する。アランフェス協奏曲の部分はなしでいきなりテーマから始まる。手拍子で会場とステージに一体感が生まれる。ユッコは足を肩幅に開いて、力の籠ったソロ。フレーズの繰り返しで最高に盛り上がる。終わると客席から「ブラボー」の掛け声がかかる。

いったん舞台袖にはけたトリオの3人が、鳴りやまない拍手に再び登場して、アンコールはおなじみの八木節。高速16ビートで重々しく始まる。いつもアンコールに弾く曲だが、毎回少しずつ違って、今日は重厚バージョン。山中の目にもとまらぬ速さのソロを大井が16ビートでさらに煽る。

なおも続く拍手に、ユッコ・ミラーを加えてもう一曲。山中が8歳のときに作ったというオリジナル、So Long。ミディアムスウィングで自然に客席から手拍子が起きる。親しみやすいメロディーに、弾むようにスウィンギーなユッコのアルト。皆を元気付けるようなハッピーな演奏。最後は4人がステージ中央に集まって、客席に向かって深々と礼をしてコンサートはお開きとなった。

終了後、ロビーではサイン会が行われ、順番を待つ長い列が廊下の端まで続いてさらに折り返していた。筆者もせっかくアルバムを購入したので、列の最後に並んでみた。結局、1時間と少し待ってサインしてもらったのだが、この列の長さが彼女の不動の人気を物語っているかも知れない。

Text by Ikeda Nori(かわさきジャズ公認レポーター)
Photo by Tak. Tokiwa



<公演情報>

かわさきJAZZ 2024 山中千尋 Special Jazz Live Guest:ユッコ・ミラー
日時:2024年10月13日(日)開演16:00
会場:カルッツかわさき
出演:山中 千尋(p)、山本 裕之(b)、大井 澄東(dr)、Guest:ユッコ・ミラー(sax)


【SETLIST】
1. Un Poco Loco(Bud Powell)
2. Hallucination(Bud Powell)
3. Sunflower(Henry Mancini)
4. Carry On(Chihiro Yamanaka)
ー 休憩 ー
5. The Horizon(Chihiro Yamanaka)
6. Tempus Fugit(Bud Powell)
7. The Days of Wine And Roses(Henry Mancini)
8. There will never be another you(Harry Warren)
9. Confirmation(Charlie Parker)
10. Spain(Chick Corea)

encore:
11. Yagibushi(Chihiro Yamanaka)
12. So Long(Chihiro Yamanaka)