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[ライブレポート]音楽の力でパンデミックを乗り越えた象徴としてのジャズ・フェスティバル「しんゆりJAZZストリーム」JAZZの裾野を広げる4つのカルテットが登場(10/29)
10月29日、新百合トウエンティワンホールで「しんゆりJAZZストリームDAY2」が開催された。コロナ禍の真っ只中であった2021年に始まった「しんゆりJAZZストリーム」は2日間の公演のうち、1日はスペシャルアーティストの単独公演、もう1日は複数のバンドを迎えてのフェスティバル形式で行われる。さらに、今年は、かわさきジャズ×ザ・プレミアム・モルツ特別イベントとして「サントリー・ザ・プレミアム・モルツこだわり体感セミナー」が行われ、開演前に観客に「ザ・プレミアム・モルツ」が振る舞われ、ビール工場のスタッフからおいしい飲み方のレクチャーがあった。ホールに入ると、座席は過去2年のシアター形式の並びではなく、6人ほどで机を囲むアイランド形式になっており、開演を待つ観客が、机を囲んでビール片手に談笑している。
このライブを企画した、トロンボーン奏者、池田雅明の司会で進行。今回のテーマは「4×4 Jazz Quartets!」。いろいろな楽器、ボーカルをフィーチャーした個性派の4つのカルテットが登壇した。
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最初に登場したのは、近藤和彦カルテット。現在自己のバンドの他小曽根真No Name Horses等のレギュラーバンドで活躍するSAXの近藤と、田中菜穂子(P)、千北裕輔(B)、大坂昌彦(D)の実力派バンド。Duke Ellingtonの片腕として活躍したBilly Strayhornの『Lush Life』で爽快にスタート。ストレートでクールなSAXの音色にスリリングに絡み合う田中、千北、大坂のインプロヴィゼーションに、会場が湧き上がる。
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「JAZZは個性が大切な音楽」と語る近藤の演奏で、出色だったのは2曲目に演奏されたオリジナル『Petrichor』。Petrichorは、雨などが降ったときに、土に混じっている成分や草花から香気が放出される現象のこと。ミディアム・ロックテンポでその香りが漂ってくるかのような味のある演奏が、ハイビスカス色のライトに照らされて繰り広げられた。その後、サントリーのCMの音楽から、久石譲の『Dream More』をやわらかくしっとりと聴かせ、最後は再び近藤のオリジナル『SUS』で、スピーディかつハードに、各楽器、超絶技巧的なインプロヴィゼーションを魅せ、幕を閉じた。
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次に登場したのが、池田から「新しい時代のJAZZ」と紹介されて舞台に立った、井上銘カルテット。高校在学中にプロのキャリアをスタートさせたギターの井上に、魚返明未(P)、若井俊也(B)、竹村一哲(D)という、井上のファーストアルバムを録音したメンバーが再集結しての演奏。全編井上のオリジナルで、まず『Lost Queen』『Ganeze』を華麗なテクニックでプレイした。高校生の時につくったという曲は、迷いのない、明るい響きがしていた。3曲目は甘いメロディを聴かせる『Memory Of The Sepia』。ハードな印象があるエレキギターの音色だが、とても丸みがあり、新しい表現スタイルだと感じる。若井の甘美なベースのソロも印象的だった。井上自身川崎市宮前区出身で、年々盛り上がっているかわさきJAZZへの想いは熱く、川崎にJAZZの新しいシーンをみんなで一緒につくっていくという気持ちでやっていると熱く語る。最後「みんなで一緒に楽しんでいきましょう!!」のかけ声と共に、『The Next train』を演奏した。自由自在で楽しく、エキサイティングな4人のプレイに、観客の頬も緩み、大いに盛り上がった。
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終演後の井上へのインタビューでは、井上がハードロックから全編ソロが演奏できるJAZZに魅力を感じて傾倒していったこと、エフェクターをつけたエレキサウンドでのまろやかなトーンでのJAZZを追求していることなどを語られ、井上の熱いステージの余韻が甦った。
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休憩を挟み、3番目に登場したのが、ヴィブラフォンの大井貴司率いる「大井貴司&Super Vibration」が登場。美しさの中にも芯の強さを感じる豊かな大井のプレイを、三木成能(P)、山下弘治(B)、小田桐和寛(D)が支える。
Horace Silverの『Sister Sadie』の後、Bill Evansの名曲『Waltz For Debby』を演奏。JAZZファンに知らない人はいないというBill Evansのピアノの柔らかなタッチが印象的な曲だが、大井のヴィブラフォンでのプレイは、また違った味わいで、メロディがくっきりと浮かびあがり、一緒にメロディを口ずさむ観客もいた。続いて、『黒いオルフェ』をボサノヴァ風なアレンジで聴かせた後、サントリーのCM音楽として80年代前半に高い人気を誇った、松田聖子が歌った『Sweet Memories』を演奏。オレンジとブルーのライトに照らされて、一気に80年代に時が戻ったようなノスタルジックな雰囲気になった。続く、モダン・ジャズ・ソサイエティのJohn Lewisの『Vendome』では、ヴィブラフォンとピアノが明瞭なタッチで朗々と歌い上げるカノンのようなインプロヴィゼーションを聴かせた。
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最後に「この曲を外すとお叱りを受ける」という言葉と共に、大野雄二の『ルパン三世』が情熱的に演奏され、会場は最高潮に。熱狂的にステージが締めくくられた。大井へのインタビューでは、今回演奏したJohn Lewisとの関わりから、JAZZを通してミュージシャン同士がつながっていく楽しさや、2003年ぐらいから大野に誘われてルパン三世をプレイするようになった話を興味深く伝えてくれた。
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最後に登場したのは、池田が「毎年必ず呼びたいと思っているボーカルのグループ」で、昨年コロナ禍に苦しむ世界中に人々を励ますアルバム「ホエン・サマー・カムズ」を発表した日本のJAZZ界にあって卓越した歌唱力をもつCharitoカルテット。大友孝彰(P)、高橋陸(B)、北沢大樹(Dr)の若い面々がCharitoの表現力を支える。ミシェル・ルグランの『Watch The Happens』で艶のある歌声を堪能した後、「飲んでますね、いいじゃないですか、新百合に拍手!!」とかけ声をかけるCharitoに会場からも大きな拍手が。
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エラ・フィッツジェラルドとコール・ポーターの『I Get A Kick Out Of Tou』をそよ風のように爽やかに歌った後、先日、大友、高橋と一緒にマニラに行き、大統領の前で演奏したエピソードを語り、大友の「緊張しました」の一言でまた大きな拍手。さらにエラ・フィッツジェラルドの「Blue Skies」を温かく、そしてナシオ・ハーブ・ブラウンの『Singin’In The Rain(サントリーのCMソング)』をボサノヴァ風の心躍るアレンジで披露し、さらにエラ・フィッツジェラルドの「The Man I Love」を、いろいろなカラーの歌声を使い分けて歌い、魅了した。さらに、最近好きだというミュージカルナンバーから『The Sound Of Music』をジャジーなアレンジで歌う。会場にいたどの世代の観客も体を動かしたり、拍子を取ったりして聴いており、歌唱後のCharitoの「JAZZはエイジレス」という言葉に皆が頷いた。
フィナーレは『Nica’s Dream』。4時間のフェスティバルを煌びやかな歌声で締めくくった。
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これも恒例となった、アンコールは4つのバンドで会場に残ったメンバーによる、合同演奏。今回はCharitoの選曲でジョゼフ・コルマの『枯葉』。体に染みわたるCharitoのボーカルはもちろんのこと、交代で演奏するメンバーのテクニックや音楽性を十分に堪能できるスペシャルなステージで、会場も含めて皆がJAZZによってつながった感じがした。
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Charitoがステージで語った言葉「パンデミックも、音楽があれば何でも乗り越えられる!!」が胸に刺さった。ビールを片手に、それぞれのバンドの個性あふれる演奏に笑顔で耳を傾けている観客の姿を見ると「ああ、本当に、コロナ禍を乗り越えたのだな」と実感する。コロナ禍の中で始まった「しんゆりJAZZストリーム」は、今まさに音楽の力でパンデミックを乗り越えた象徴としてのジャズ・フェスティバルになったのではないかと感じた。
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TEXT:小町谷 聖(かわさきジャズ公認レポーター)
PHHOTO:Tak. Tokiwa
しんゆりJAZZストリーム DAY2 4×4 Jazz Quartets!
日時:2023年10月29日(日)開演15:00
会場:新百合トウェンティワンホール
【近藤和彦カルテット】
1. Lush Life /Billy Strayhorn
2. Petrichor /近藤和彦
3. Dream More/久⽯譲
4. SUS/近藤和彦
【井上銘カルテット】
1. Lost Queen
2. Ganeze
3. Memory Of The Sepia
4. The next train
【⼤井貴司&Super Vibration】
1. Sister Sadie/Horace Silver
2. Waltz For Debby/Bill Evans
3. Sweet Memories/松⽥聖⼦
〜⿊いオルフェ(Bossa Nova)
4. Vendome/John Lewis
5. ルパン三世/⼤野雄⼆
【Charitoカルテット】
1. Iʼve Got The World On A String
2. Watch What Happens
3. I Get A Kick Out of You
4. Blue Skies
5. Singinʼ In The Rain (Suntory CM)
6. The Man I Love
7. The Sound of Music
8. Nicaʼs Dream