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怪しい外国人を師匠にした話
「自称、耳が聞こえない天才作曲家」
「自称、海外の大学を卒業したハーフ顔のビジネスコンサルタント」
そんな怪しげな人物に、なぜか惹かれてしまった経験をしたことはないだろうか?
私はある。
たぶん、怪しげな人物には人を魅了する、なんともいえないオーラがあるのだと思う。
怪しい外国人 アッシュ
「あの事故がなければ、今ごろはビル・ゲイツみたいになってるよ」
彼はよく言っていた。ビル・ゲイツとは大げさだなと思うが、口癖のように言っていた。
彼は若い頃に仕事中の事故で足を怪我してしまったらしい。杖がないと歩くことができず、いまだに痛みで眠れないこともあるそうだ。
毎月病院に通い、大量の薬を服用している。薬を飲むと強烈な眠気におそわれるそうで、車の運転もできない。事故により、できないことが増えて辛いとよく言っていた。
彼の名前は「アッシュ」。ナイジェリア出身のアフリカ系アメリカ人だ。年齢は42歳。日本に20年以上住んでいて、日本人の妻と高校生の息子がいる。
母国語であるナイジェリア・ピジン語の他に英語、フランス語、ロシア語、日本語の5カ国語を話せる。
アッシュは10年前に日本で起業。会社の代表をしていて、億単位の収入があるそうだ。
「あの事故がなければ、今ごろはビル・ゲイツみたいになってるよ」
今日もアッシュは私に言う。
出会い
10年前、私が24歳の時にアッシュと出会った。きっかけは仲のいい友人からの紹介だ。はじめて会ったときの印象は「ベン・ジョンソンに似てるな」だった。
現役時代のベン・ジョンソンではなく、日本のバラエティ番組でいじられている現役引退後のベン・ジョンソンだ。
普段、外国人とコミュニケーションを取る機会などなかった私は、アッシュに強い興味を持った。アッシュも私のことを息子と年齢が近いという事で気に入ってくれたようだ。
お互いに家が近かったので、週に1回のペースで会って仕事の話をするようになった。
新卒2年目で社会経験がほとんどなかった私には、アッシュは頭が良くて仕事で成功している人物に思えた。そう思った理由はいくつかあるが、大きな理由は3つある。
1.会社の社長で大きなビルに会社があると言っていた
2.大きな持ち家の写真を見せてくれた
3.仕事でとても儲かったという成功話をよくしていた
ちなみに、実際にアッシュの会社や家へ行ったことはない。「会社に遊びに来なよ」と、よく言ってくれたが、実際に行こうとすると何らかの理由で断られていた。なので、どれもあくまでアッシュが言っていた、写真を見せてくれた、というだけだ。
怪しすぎるだろ! そんな声が聞こえてくる。私もそう思う。
確かに今になって思い返せば、怪しさしかない。だけど10年前の私は起業に興味があったので、起業して会社の代表をしているアッシュと話をするのをとても楽しみにしていた。完全にアッシュのことを信じ切っていたし、尊敬していたのだ。
メンターになってもらう
当時読んでいたビジネス書に、成長するためにはメンター(指導者)を持つべきだと書いてあった。そのビジネス書に影響を受けた私は、唯一の経営者の知り合いであるアッシュをメンターにしようと考えた。本の影響をすぐに受けてしまうのが悪い癖だ。これは今でも治らない。
そのことをアッシュに伝えると、こころよく引き受けてくれた。
「OK、私の仕事を教えるよ」
そう言って詳しく仕事の話をしてくれた。
話によるとアッシュは輸出の仕事をしており、日本の車やコンピューターをアフリカやロシアに輸出しているらしい。その他に外国人の不動産仲介や仕事の斡旋(あっせん)をしていると言っていた。
「日本では古くて使えない車やコンピューターでも、外国だと高く売れるんだよ」
そう言ってアッシュは怪しげな外国人専用の掲示板サイトを見せてくれた。英語で書かれた、たくさんの投稿。「$」がいたるところに書いてある。知らない世界がそこにはあった。あのサイトはいまでもあるのだろうか。
中古車販売店を探す
「この車種の中古車10台、日本からアフリカに送れば300万円利益が出る。売っている販売店を探してほしい。報酬はもちろん払うよ」
ある日、私はアッシュにそう言われて車を探したことがある。ネットで調べると中古車販売店のウェブサイトがすぐに見つかった。そのサイトをアッシュに教えたところ大喜びして、すぐにその中古車販売店に電話をしていたのを覚えている。
とても大げさに褒められたので、今までどうやって車を探していたのかアッシュに聞いてみると、お店に直接行き、聞いて回っていたらしい。アッシュは日本語を話すことはできるが、読み書きはあまりできないらしい。だから日本語のウェブサイトの内容がわからないということだ。
なるほど、それなら自分は役にたてるなと思った。今までは仕事を教えてもらうだけだったけど、ビジネスパートナーとして一緒にやっていけるかもしれないと期待した。何といっても収入が億単位もある人間と一緒に仕事をすれば、私の収入も大きく上がるだろう。
この案件でアッシュは指定の車種の中古車を納品して300万円の利益を得た。
私への報酬はなかった。
さすがにおかしいだろうとアッシュに伝えると、
「今回はキミがどれくらい仕事をできるのかテストしたんだ。次回からはビジネスパートナーとして、しっかり報酬を支払うと約束するよ」そう言った。
その時はまだ、今後もアッシュから1円も報酬が支払われないまま縁が切れることを、私は知らなかった。
外国人の不動産仲介
外国人は日本で賃貸物件を探すのが難しいらしい。日本に住んでいても、それほど日本語を話せない外国人も多いし、外国人というだけで賃貸契約を結んでくれない大家さんも結構いるそうだ。
そこに目を付けたアッシュは外国人の不動産仲介をしていた。不動産仲介といっても、やっていることは不動産仲介会社に一緒についていき、手続きを一緒にしてあげるということだ。不動産仲介の仲介といったところか。
ある日、私はアッシュに連れられて不動産仲介会社に向かった。会社の前には20歳くらいの若い外国人男性が待っていた。その若い外国人男性はあいさつ程度の日本語しか話せないようだ。
3人で不動産仲介会社に入り、担当の方と話を進めていく。やりとりはアッシュがすべて代行していた。内見にも一緒についていき、その日のうちに申し込みまで済ませた。
帰りの道中、どうして私を一緒に連れて行ったのかを聞いたところ、
「日本人が一緒に居るだけで信頼性が増すから」と言っていた。
この時も報酬はなかった。
不信
私がアッシュと距離を取った決定的な出来事がある。
ある時、彼の知り合いだというフィリピン人の女性を紹介された。見た感じ、年齢は50歳くらいだろうか。
アッシュはその女性と一緒にNPO法人を設立すると言うのだ。長い付き合いで信頼できるとも言っていた。既に協力してくれる人も10人以上集まったらしい。
「日本に来たばかりで頼れる人間もいない外国人に手を差し伸べたい。」そんな目的で設立したいそうだ。聞いた時はとても良い目的だと思った。
そこで、私にも理事として参加してほしいと持ちかけてきた。理事が何をするのかもよく分かっていなかったが、私は困ってる人の助けになれるならと思い、特に何も考えずに承諾した。
その後、書類作成が終わり、私も住所や名前を書いて渡した。
1カ月後、このNPO設立は白紙になる。
アッシュに紹介された50歳くらいのフィリピン人女性が逮捕されたのだ。
アッシュからその知らせを聞いた時、とても驚いた。私はアッシュに逮捕された女性は、何をして捕まったのか聞いた。
「詐欺の容疑で捕まった」
そう聞いた時、汗がポトポト落ちた。
詐欺をするような人間と仕事を一緒にしようとしていたのか。そもそも、詐欺をするような人間と長い付き合いのアッシュは何者なんだろう。
もしかして、私も騙されているんじゃないか……? 名前や住所も相手には知られているけど、大丈夫だろうか? 警察から仲間だと疑われているのではないか?
そんな考えが頭をグルグル回って脈が早くなるのを感じた。
怖くなった私は、友人や親に相談した。みんなが「前から怪しいと思っていた。縁を切ったほうがいい」とアドバイスをくれた。
その時はじめて、周りから心配されていることを知った。
周りから見ると、私は相当怪しい人物と一緒にいると思われていたようだ。もっと早く教えてくれよと思ったが、おそらく私自身が聞く耳を持っていなかったんだと思う。
その後、アッシュと会う機会を徐々に減らして、こちらからは連絡もしなくなった。アッシュからはたまに連絡がきたが、そっけない態度で応じていた。
3カ月がたち、アッシュからの連絡は途絶えた。
今になって思うこと
この文中、「~らしい」「~そうだ」と書くことが多かったが、確信が持てないことが多いのだ。ほとんどがアッシュ自身が言っていただけで、証拠がない。名刺すらもらった記憶がない。
アッシュの経歴など、10年前は本当だと思っていたが、今になって思えば嘘じゃないかと思える部分がたくさんある。本当のことを言っていたのかもしれないし、嘘だったのかもしれない。今となっては知るすべもない。
もしかしたら、アッシュは本当にすごいビジネスマンで一緒に仕事をしていれば勉強になったのかもしれない。本当のことはわからないのだ。
あなたの周りにも怪しい人は必ずいる。自分では気づかないだけだ。
自分では怪しくないと思っていても、周りから見れば怪しい人と付き合っていると思われているのだ。客観的なアドバイスというのは本当にありがたいので、聞く耳をちゃんともとう。
周りからのアドバイスにイラっとしてしまうこともあるかもしれないが、イラっとした時点で少しは身に覚えがあるということだろう。
「あの事故がなければ、今ごろはビル・ゲイツみたいになってるよ」
今日もアッシュは、どこかで言っているのかもしれない。