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美しくありたい


忘れもしない中学2年生の冬。

近所のおじちゃんから、

「おまえ、巨人の上原浩治に似てるよな」

と言われた。

上原選手には申し訳ないが、普通に泣いた。
思春期の女子である。野球選手に似てるは絶対にNGだろう。

この上原事件がキッカケとなり、私は美容に目覚めることとなる。

傷付き、怒りに燃えた私は、すぐに近くの薬局でパウダーファンデーションとリップを、百均でアイシャドウを買った。

当時の私には、色選びという概念が皆無だった。
何ベースでもなかった頃の私。
40歳になった現在はジゾベ(地蔵ベース)である。

とにかく明るい色のファンデ、パッと目を引く赤い色のリップ、大人びたグレーがかった青色のアイシャドウを選んだ。

もちろん学校に化粧はして行けないので、メイクの魔法をかけるのは塾に行く時だ。

学校からSPEEDのWhite Loveを熱唱しながら自転車立ち漕ぎ爆走人(ばくそんちゅ)で帰宅し、鏡の前に立つ。

部活後の脂ぎった肌にパウダーファンデーションをのせる。とにかく毛穴を隠したい。何度も何度も肌の上を滑らす。
リップもキッチリはみ出ないように注意して直塗り。いけた。
アイシャドウは指に取り、二重幅にしっかり色が出るようにのせる。

…完璧である。

化粧って凄い!こんなにも大人びて見えるなんて!!

化粧が終わり、塾の前にささっと夕飯をとるためキッチンへ向かう。

母と姉が、私の顔を見て言葉を失っているのがわかった。

(ふふふ…そりゃこんなに綺麗になったらびっくりしちゃうよね…大人の階段急に駆け上がってごめん…⭐︎)

などと考えていると、

「あんた、やめたほうがいいよ…白すぎよ…」

と母が言う。

せっかくのときめいたこのマイハートを侮辱されたようで、私はご飯も食べずにそのまま塾へ向かった。

塾の扉を開ける前、すーっと深呼吸をする。
綺麗になった私を見たら、みんなはどんな反応をするんだろう…。胸が高鳴る。

教室に入ると、痛いほど刺さる視線。
恥ずかしいけど、嬉しい。

クラス全員が揃ったところで、後ろのほうから男子たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。

「アレ見た?鈴木その子じゃね?」
「めっちゃ鈴木その子。白すぎてうける」

最初は何のことかわからなかった。

しかし、みんなの視線から、どうやら自分のことを言われているんだな…と薄っすら気付く。

乙女心はズタボロに傷付いた。

家に帰り、スキンライフ(洗顔)でゴッシゴシ顔を擦り、化粧を落とした。まだクレンジングを使うということも知らなかったんだと思う。

それからというもの、巨人軍の鈴木その子投手(混乱)は、お風呂に入る前に化粧を試す日々が始まった。

試行錯誤しながら日々は過ぎ、私は大学生になった。

本当に怠惰な学生に仕上がった私は、ほぼ毎日二日酔いで講義にも出なかった。もちろん化粧は落とさず、顔はギットギト。鈴木その子にぶん殴られるだろう。

珍しく講義に出席したある日、
無性に水族館に行きたくなって、友人を誘い、講義を抜け出した。青春である。

学校から電車で30分のところに水族館がある。

平日の昼間なのでお客さんも少なく、ゆっくりと見れる。大学生って最高だな。

友人が先を歩き、その後をゆっくり歩く。

ある水槽の前で、

「え!ねぇ!ちょっと見て!!これ!!ほら!!めっちゃかわさきに似てる!!ヤバ!!」

と興奮した様子。

見てみると、そこには

「スナメリ」

が泳いでいた。

上原浩治だった私。

鈴木その子だった私。

成長して、スナメリになった私。

もはや人ではなくなった。

そんな私は、
大学卒業後、某百貨店の某化粧品会社に就職した。

あんた、なかなか執念深いよね。

(おわり)


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