十一月の自選秀歌

皆様のいいねを励みに、先月もめでたく一日一首ほど投稿することができました。自選秀歌にまとめましたので、ご笑覧ください。

谷川俊太郎に捧げた歌(10)は、訃報の話題に半ばノッた感じでXに投げた歌ですが、振り返ってもよい歌だったなということで掲載しました。自分として納得した詠と、いいねの集まる詠に若干ずれがあったりなかったりで、取捨に迷う部分もあるのですが、そこはあくまで自分の感覚を優先してます。仮名遣いについては、まったくの口語ベースの歌は別として、基本的には歴史的仮名遣いに寄せてますが、そうはいっても知識がないと読めない歌になってしまっては本末転倒なのでそこは加減してます。そもそも歴史的仮名遣いと現代仮名遣いという二元論てきな発想はいかがなものなのかと思う部分もありますが。そこらへんはまた別に記事にすべきところでしょうか。

なお「沈淪の人」(2)は、塚本邦雄の「青和への曇れる鮑沈淪のわれに精霊よりたまはりし」(閑雅空間)を本歌としています。「花しらぬ雁」(1)「埋もれ木のこれ」(7)は、見ての通り古典を下敷きにした歌ですが、検索したかぎりでは意外とまんまの表現はないようですね。類歌はいろいろとあるでしょうが、小生の好みで一首ずつ紹介しておきます。「春霞立つを見すててゆく雁は花なき里にすみやならへる」(古今集春歌上・伊勢)「ありとても逢はぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋れ木」(新古今恋歌二・寂蓮)。世では短歌隆盛の折とのことですが、なかなか古典の素養に裏うちされた歌にはお目にかかることが少なく、古典派としては寂しいことです。ひとつの歌のおくに、またひとつ別の歌が響いてくるような、三十一文字の世界にはそうした奥ゆきがあると思うのですが。もっともこういうことは言いすぎると押しつけがましくなるので、言わぬが花かもしれません。……。

先月発表した連作「常陸路」もどうぞ。

前回の記事はこちら。

ついでですが、noteに投げているうた画像生成用には「Phonto」という、画像への名入れアプリを使用しています。字間・行間などフォントの書式も細かく設定できますし、画像サイズを任意に変更できるなど便利なアプリですので、ご紹介しておきます。もっともいろいろ試したわけではないので、もっとよいアプリもあるかもしれません。