BooQsが本の学習サービスを諦めたわけ
自分の誤りを認めるのは、とても辛い。
大見得を切ったあとはとくに。
去年、『僕が本を愛する理由』と題して、なぜ僕が「本の学習サービス」としてBooQsを開発したのか、その理由を書きました。
一方で先日、僕はBooQsを『クイズSNS』としてリニューアルしました。
ここまで大見得を切ったあとに本のサービスを辞めるというのは、なかなかに恥ずかしいです。
しかし今回の決定は、「飽きた」とかそういった短絡的な理由では行っていません。
今回のクイズSNSへのサービス変更も、上の記事で伝えたBooQsの根本的なビジョンからはブレてはおらず、むしろそのビジョンを突き詰めて考えた結果でした。
つまりBooQsは、『万人に公平な最高の学習インフラを目指す』という点については、依然として諦めてはいません。
このnoteでは、このあたりを詳しく説明したいと思います。
出版業界の厚い壁
先に正直に申し上げると、ビジネス的な観点から、BooQsが本の学習サービスを諦めざるを得なかったという部分もありました。
たとえば、著作権の問題です。
本の感想ならまだしも、本の内容を題材にしたクイズは、本の本質的な部分を感得させる『要約』に当たるかもしれず、(とくにそれでマネタイズしようとする場合には)著作権法上の翻案権の侵害となる可能性もありました。
一方で、きちんと出版社から権利を取得しようとなると、また別の壁が立ちはだかりました。
信用なき零細企業にすぎない弊社が出版社から書籍のライセンスをいただき、その書籍のクイズを作成する場合には、安くない保証金を支払う必要がありました。
また出版社からライセンスをいただいて取り扱える書籍データとしても、EXCELデータしか扱えないなど自由とはいかず、BooQsというサービスでユーザーに価値を提供するのが難しいという問題もありました。
こうした事実が、事業としてBooQsを進めていく上で大きな壁であったことは間違いありません。
しかし、このことだけがBooQsが本の学習サービスを諦めた理由ではありません。
BooQsが本の学習サービスを諦めた決定的な要因は、外部要因よりもむしろ、自分自身の認識に対する疑問にありました。
それは、『果たして本当に、書籍は万人に公平な学習手段であるのか?』という疑問です。
本は、果てして本当に万人に公平な学習手段なのか?
僕が『本が万人に公平な学習手段である』と考えるに至った原体験は、杉並区の図書館にあります。
僕がまだファンタジー作家を目指していたころ、杉並区の図書館インフラには本当にお世話になりました。
杉並区には13館もの図書館があり、その1館1館に豊富な蔵書が揃っていました。
さらに区内の図書館は連携してとても便利な貸出・返却システムを実現しており、学ぶ気さえあるならば、この杉並区という環境だけで、無料でなんでも学べるのではないかと僕に思わせました。
大学という高等教育に与れなかった『持たざる者』としての僕の人生にとって、この杉並区の図書館で得た知識と実体験はとても強烈で、『公平な学習手段としての書籍』というものを強く印象づけました
起業してWebサービスを開発するときにも、本という媒体に強く惹きつけられたのは、この『学習手段としての公平性』という印象からでした。
杉並区から引っ越し、本にお金を払うようになったあとでさえ、多くても数千円を払えば誰でも享受できるのだから、学習手段として本は公平性が高いと言えるのではないか、と考えていました。
この考えは部分的には正しいと、今でも僕は思っています。
しかし一方で僕は、本を公平であると考えるに至った自分の原体験に対して、きちんと考察できていなかったことも反省しています。
僕は、『自分が杉並区の図書館で得てきた知識は、他の人々にも再現可能か?』という点を、考えてきませんでした。
そこに浮かび上がったのは、「持たざる者」であると思っていた自分自身が、「東京」という恵まれた環境で、地方格差という不公平の恩恵に与っていたという事実でした。
20万円の本を、誰でも読むことができるか?
あなたは、アーサー王伝説をご存知ですか?
人気漫画『七つの大罪』や人気ゲーム『Fate Grand Order』などでご存知の方も多いのではないかなと思います。
もしもあなたがアーサー王伝説について詳しく知りたいと思ったなら、読むべき本は2冊あります。
15世紀にサー・トマス・マロリーによって書かれ、現在のアーサー王伝説のプロットとなった『アーサー王の死』と、
12世紀にジェフリー・オブ・モンマスによって書かれたアーサー王伝説のルーツである『ブリタニア列王史』です。
僕は幸運にも、この2冊を杉並区の図書館で読むことができました。
しかし、もしもあなたが東京23区という恵まれた環境にいない場合には、この2冊を簡単に読むことはできないでしょう。
『アーサー王の死』は、井村君江教授の翻訳では『アーサー王物語』というタイトルで全5巻が出版されています。
しかし、残念ながらいずれも絶版で、Amazonでは1巻から1万円を超える高値がつき、最終巻である第5巻にいたっては、上の画像のように20万円近く払わなくては購入できません。
ブリタニア列王史にいたっては、取り扱いすらありませんでした。
本が公平性を失うとき
僕は、『僕が本を愛する理由』の中で、書籍が公平な学習手段である理由として2つの書籍の特徴をあげました。
1つは、書籍は、豊富な供給が存在することによって、万人が手に入れられるという「機会均等」という特徴。
2つ目は、書籍は、全国で価格が定価で統一され、値上げも値下げもできないため、万人が同じお金を払えば手に入れられるという「非差別的価格」という特徴です。
しかし、アーサー王伝説の専門書についていえば、これらの特徴は当てはまりませんでした。
そもそも、供給が不十分である書籍自体、多いものなのです。
そして供給が不十分な書籍は、中古市場に流れ出します。
そして、書籍の価格が定価で維持されるルール(再販売価格維持制度)は、新品の書籍にだけ適応されるルールであって、中古本に対して適応されないのです。
だから、本1冊に定価をはるかに超えた20万円という高値をつけることも可能というわけです。
この状況を目の当たりにしたとき、自分が魅力を感じていた『万人に公平な学習手段』としての本は、本当に正しい理解であったのか疑問を感じました。
そして、BooQsをこのまま『書籍の学習サービス』として続けていくかどうかということも...。
物理の限界とソフトウェアという希望
書籍が公平性を失う根本の理由は、『僕が本を愛する理由』で批判的に語った教育が抱える問題と同じです。
すなわち『供給の不足』です。
本の供給さえ十分であったなら、そもそもその本が定価以上の価格で中古市場に出回ることはありません。
しかし、アーサー王伝説の専門書のようなニッチな書籍の『供給不足問題』を解決するのは、そう簡単なことではありません。
紙の書籍には、一冊ごとに比例して原価が膨れ上がるため、出版社としても需要にいつでも応えられるような余剰在庫を刷ることは好ましくないからです。
これは書籍の限界というよりも、原価が生じざるを得ない『物理製品(フィジカル)の限界』であると言ったほうが良いでしょう。
では、公平性を失わせる原因が「供給不足」にあり、その供給不足が物理というボトルネックによって解決が難しいのであれば、この物理社会に生きる私たちには「供給不足」という問題の解決は不可能なのでしょうか?
いや、そうではありません。
物理(フィジカル)と対置して語られる『ソフトウェア』や『SaaS』をもってすれば、この公平性を毀損する供給不足を解決することができます。
なぜなら、ソフトウェアは、どれほど多くのユーザーに提供しても、書籍のように原価が比例して膨れ上がるものではないからです。
サーバー代のような原価に似た固定費はありますが、ユーザーひとりひとりに対して、ほとんど0円で大量に提供できるという点に、ソフトウェアの長所があります。
しかしこのメリットを享受するには、『ソフトウェアのなかでサービスが完結していること』が条件です。
オンラインショップのようにサービスが原価の生じる物理的な商品に紐づいている場合には、供給量が物理側に制限されてしまいます。
だから僕は、本の学習サービスという物理製品にひもづくソフトウェアではなく、『クイズSNS』という完全にソフトウェアで完結するサービスにBooQsを変更しました。
僕が本に対して感じていた魅力である『万人に公平な学習インフラ』を、現実のものとするために。
ユーザーの数%からお金をいただければ、図書館はつくれる。
以前までのBooQsは、『万人に公平な学習手段としての本をアップデートする』ことをミッションにしていました。
しかし、『万人に公平な学習手段としての本』という大前提が誤りであった以上、アップデートする以前に、『万人に公平な学習手段を実現すること』をBooQsは目指します。
その具体的なビジョンとして僕の頭にあるのは、やはり僕の中で強烈な体験として残っている『公共図書館』です。
しかし、ビジネスである以上、まったく図書館と同じというわけにはいきません。
図書館は税金で運営されていますが、税金と同じようにユーザーから強制的に運営費を徴収するなんてことはできません。
しかし、『ほとんどのユーザーは無料で利用できる』という点についていえば、インターネットではありふれたビジネスモデルです。
ソーシャルゲームのほとんどのユーザーは、無課金でゲームを遊んでいます。
TwitterやFacebookやGoogle検索でお金を払ったことのある人は、ほとんどいないでしょう。
なぜインターネットのビジネスでは、このような公共福祉にも似た無料のサービスを提供できるのか?
それは一部の利用者の高額課金によって、サービスの運営費を賄っているためです。
たとえば、ソーシャルゲームの収益は、ユーザー全体のたった2%によってもたらされており、さらにその収益の半分は、ユーザー全体の0.19%によりもたらされています。
Twitter,Facebook,そしてGoogleなどは、利用料無料をうたって集めた膨大な数のユーザーを魅力に広告出稿者を募ることで、広告を打ちたい事業者から運営費を賄っています。
BooQsが目指しているのも、こうした数%の利用者から運営費をいただくことで、より多くの人々に無料で最高の学習環境を提供できるモデルです。
いいかえれば『数%の人々の税金によって運営される図書館』を、BooQsは目指します。
その税金が、都度課金なのか、定期課金なのか、広告なのか、あるいはそのすべてなのかは、サービスを運営していく中で、ユーザーと運営の双方の最大幸福を実現する形で詰めていきたいと思います。
それよりも何よりBooQsにとって重要なのは、ユーザーに最高の学習環境を提供することです。
BooQsは、公平な学習インフラであることを目指しますが、公平であることを質が低い言い訳にはしません。
その根本的な価値を妥協せずにユーザーに提供して、お金払わないのが申し訳ないと思うレベルにまでクオリティをあげなくては、一緒にサービスを支えてくれる数%の納税者だって現れないでしょう。
まずは、『なくなったら困る』とユーザーの方々に言ってもらえる図書館をつくることを、BooQsは目指します。
結局、目指すことは変わっていない。
僕はおそらく、世界的に見ても、『テスト効果』というワードをこの一年でもっとも多く口にした人間だと思います。
そしてそれは、本の学習サービスからクイズSNSへサービス内容を変更した次の一年も変わらないでしょう。
僕が実現したいことは、そう変わっていないのだと思います。
科学的に正しい学習法を、人々が仕組みでできるようにする 。
教育に頼らない、万人に公平な最高の学習環境を実現する。
その手段が、本の学習サービスから、クイズSNSに変わっただけです。
なぜ『クイズSNS』というドメインを選んだのか?
それについては説明が長くなるので、次の記事に譲りたいと思います。
でもクイズSNSという手段で実現したい未来は、一行で言えます。
万人に公平な最高の学習環境の実現です。
PS, 結局、諦めきってさえいない。
やはり僕は、本が好きです。
出版業界の厚い壁を知った今でも、それはやっぱり変わりません。
だからいつかは、本の問題集ひいては電子書籍事業も、BooQsで実現していきたい。
壁を超えていくのは簡単なことではないし、時間がかかるだろうけれど、努力でなんとかなるかもしれないなら、可能性にはかけてみたい。
ということで、弊社は日本電子出版協会(JEPA)の会員になっています。
上で書いた専門書の問題なんて、電子書籍なら一発で解決できるのに、本当に歯がゆく、悔しいです。
ああしたニッチな専門書が母国語で読めるということは、日本人として誇りに思うべきことであるし、こうした文学的な基礎研究に力を入れてくれる人材がまだ日本にいるということは希望であるとも思います。
そうした人材の類稀なる努力への報酬が、中間業者に搾取される仕組みを野放しにしているのは、賢明な判断なのだろうか?とも思います。
20万円払って古本を購入したとしても、著者には一銭もお金が入らないんですからね。ひどい話だと思いませんか?
こうした社会の歪さは、近い将来、絶対にテクノロジーによって解決されるはずだし、もし誰も解決しないのならば、BooQsが解決したいと切に思います。
本当、「アーサー王の死」の最終巻は傑作ですからね。
アーサー王のリーダーシップの欠如、ガレスの悲劇、ガウェインの慟哭、ランスロットの偽善に、ボールス・ド・ゲイネスの忠誠心。
15世紀に書かれたとは思えないほどそれぞれのキャラが立っていて、本当に面白い。
ブリタニア列王史も、キリスト教とローマ・ギリシア神話と北欧神話とケルト神話がカジュアルに交わってる感じは、ファンタジー好きとしてはたまらないと思います(アーサー王がやたらと帝国主義的なので、そちらに幻滅するかもしれないですが)。
とにかくオススメです。
本当、ゲームや漫画でアニメで大人気のアーサー王伝説も、東京という地方格差の恩恵に与らなければまともに読めないなんて、21世紀といえど、日本もまだまだ不公平だなと思いました。
(Fateとかミリオンアーサーの人気にあやかって電子版売り出すとかすればいいのにと思います。)
最後に、クイズSNSとしてのBooQsは、先日β版をローンチいたしましたので、ぜひクイズを投稿いただけたら嬉しいです。
今後ともBooQsをどうぞよろしくお願いいたします!
あなたの貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!