有罪道具温故知新 第1回「どこでもガス」

2300年代現在、世界には数多くのひみつ道具が存在し、
今や私たちの生活必需品となっています。
そんな便利なひみつ道具の中には……
残念なことに様々な要因で発売中止になったものがあります。
そんな発売中止ひみつ道具を紹介するコラム「有罪道具温故知新」
記念すべき第1回は「どこでもガス」を、
私、ひみつ道具博物館別館館長がご紹介いたします。


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突然ですが、皆さんはどこでもドアというひみつ道具をご存じでしょうか?
もしかしたら今でも使用しているご家庭も少なからずいらっしゃるかもしれませんが、
2100年代から広く普及した、ある程度の範囲内でしたらどこにでも行くことが可能なドア型のひみつ道具です。
現代の私たちにとって、空間移動……つまりワープを使用した移動は大して珍しくもない、いわば「古の技術」ですが、
2000年以前まではそのワープ機能が開発されておらず、移動による利便性を上げる為に年々移動可能なスピードを上げていく……という原始的な方法しかなかったんです。
そんなワープ移動を私たち一般人の多くが体験できるようになったのは2100年以前になるので……天の川鉄道[※1]ですかね。
といってもあのワープは今となっては旧式のワープ移動で、宇宙の果てまで数十分はかかる代物でしたが……

※1 天の川鉄道
2111年にどこでもドアブームの影響で一時廃線となった、ワープ移動と宇宙空間での移動が可能な鉄道。
2120年代のミステリーツアーブームの流れで営業を再開。
当時ほどの動員数ではないが今でも営業している。

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このコラムを読むような専門的にひみつ道具をご存じの方はもちろんのこと、今や小学校の教科書にも書かれている事柄ですが、どこでもドアは一番最初に作られたひみつ道具です。まぁそれだけでも偉大であり、今尚ひみつ道具のアイコンとして慣れ親しんでいますが……どこでもドアの偉業はそれだけではありません。
どこでもドアはワープ移動を「旅行という若干身近レベル」止まりだったものから、「個々人の軽い移動手段というとんでもなく身近なレベル」にまで持ってきたという……まさにワープ移動の歴史に名を遺す大発明といえるんです。
どこでもドア以前のワープ移動というのはどういったものだったかというと……超空間を移動することによりワープするというものでした。超空間はもしかしたら人によっては伝わらないかもしれないですね。超空間というのは……時間移動をする際に通る空間、あれが超空間です。今では時間移動というとんでもなくエネルギーを消費する移動でしか見ないですが、当時の技術力では空間移動も同じくらいの労力を有したのです。
そして、どこでもドアも当たり前ですがワープ移動に用いられる装置に近い装置を使用しています。
が、どこでもドアの革新的だったところは2080年代に開発された空間歪曲装置、これを使用していた点です。
原理については専門家ではないので省かせていただきますが……この装置を使用することによって2つの超空間座標をほぼ同値にすることが出来るんです。
これの何がすごいかっていうと、今までのワープ装置は超空間を通ることによって成り立つワープ技術だったので超空間を移動する時間と労力が必要でした。しかし空間湾曲装置の場合は超空間の位置的座標が同値になる為、超空間を移動する時間、労力はほぼ無いに等しい状態になったんです!
とはいえ、最初のどこでもドアは空間歪曲装置の小型化研究がそこまで進んでいなかったこともあり、とんでもなく巨大で一部政府機関でのみ使用されたもの[※2]でした。一般家庭に普及したのは2100年代になります[※3]。

※2 一部政府機関でのみ使用されたもの
ひみつ道具という用語の提示は現在では「フルメタル、もしくはフルエネルギーを使用し作成された道具」のことだが、
2080年代のひみつ道具は「一般の人には情報が流れることなく開発、使用をしているもの」を指していました。
その為、ひみつ道具は政府機関や研究機関が使用していました
またフルメタルを秘密裏に入手し作成された兵器等のことを指す場合もあります。

※3 一般家庭に普及したのは2100年代
このころまでに小型化を繰り返し、価格も当時の価格で65万円にまで抑えることが出来た。
ちなみに初代どこでもドアは今もなおひみつ道具博物館に展示している。

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そんなどこでもドアも、発売当時はとあるデメリットがユーザーの間で挙げられていました。
それは、どちらかといえば機能というよりかはドアであることにより発生する問題ですが……。
その問題っていうのは、スペースです。というのも、どこでもドアは多くの人間、そして多くの場合人とシルエットの近いロボットが使用しやすいようにという理由でドア形状になったのですが、そのドア形状にすることによってある程度の小型化が進んでも場所をとってしまうんです。
場所をとる、と言っても家での話ではないですよ?どこでもドアが一般家庭で利用されているころには四次元空間への収納技術が存在しているので。問題は使用する際のワープ先、特段人が多く訪れる施設の近くにはどこでもドアが大量に出現してしまうんです。
実際、当時のニュースを確認してみると
「正月早々、チヨダブロックアキハバラストリートが人とピンクのドア(当時のどこでもドアの基本カラーがピンクの為)で埋まった上空写真」等があります。
勿論、施設側も対策は取りました。一番多かった対策としては、以前まで自動車[※4]用に使用されていた駐車場というスペースを
一部どこでもドア用のスペースに変更するといった対策です。これで一定間隔のスペースとなり、施設内のスペースが埋まることは無いですからね。

とはいえ今まで自動車用に想定された広さと、どこでもドア用に想定される広さは異なります。なんてったって自動車で常識的に考えられる移動範囲とどこでもドアの移動範囲が異なりますからね。日本の局所的な装丁から日本全体、もしくは世界全体まで規模を広げたら……まぁ駐車場ごときのスペースでは無理ですね。

そして、そんなデメリットはどこでもドアを販売していた未来デパートや競合会社だった新世界デパート[※5]等のひみつ道具販売会社やひみつ道具開発者、基ひみつ道具職人の耳にも届いていました。

そうした問題を解決するためのひみつ道具の内の一つ[※6]が
今回のコラムのテーマである、22世紀デパートから2121年に発売した「どこでもガス」になります。

※4 自動車
どこでもドアが流通するもっと前の時代で普及率の高かった移動手段の一つ。
現在、多人数用観光用として使用されている乗物と形状が近いが、
今と違い当時は陸路のみを車輪で移動しており、施設外の駐車場に停止させて所持していた。


※5 新世界デパート
当時存在したひみつ道具販売会社。(現在は倒産)
新世界デパートが発端の「ミュータント事件」(人間製造機によって誕生したミュータントが人類征服を企てた事件)は非常に有名であり、
今でも生命体等に関連するひみつ道具が発売された際にこの事件について語られることが多々ある。


※6 問題を解決するためのひみつ道具の内の一つ
未来デパートも解決するためのひみつ道具を出しており、「プッシュドア」というひみつ道具を発売していました。

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どこでもガスは言わばどこでもドアの気体版であり、
その名の通り『ガス』を使用したものになります。


使い方は非常に簡単で、まずガスを発生させる機械(大きさは両腕で抱える位)の電源をONにし周囲にガスを放出します。
この機械はガス発生機能だけでなくどこでもドアのドアノブと同じ機能の
「意思読み取りセンサー」や「世界地図」、そして「宇宙地図」等が内蔵されています。

そして後はそのガスの中に向かって歩くだけで……なんといつの間にか行きたい場所についているんです!!

これは本当に凄い発明で、当時では最新の研究だった「気体原子に機能を付与する研究」が使用されているんですね。
このどこでもガスの気体自体にワープ移動の機能が備わっており、
ガスのトンネル内が超空間のワープトンネルに近い状態になるというわけです。


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どこでもガスが一番最初に発表されたのは、記録では2120年のTHS[※7]になります。
このどこでもガスが発表された際の評判はというと……残念なことにあまり高評価ではありませんでした。いや、正確には低評価といった方が良いかもしれません。何故ならこの発表されたころのどこでもガスは出発地と到着地でそれぞれガス発生の為の機械が必要だったからです。

当時の技術力では超空間の出入口を何もない空間に発生させることはほぼ不可能でした。正確に言うと、一応出来はしたのですが非常に小さい裂け目のようなものが一瞬しか出来なかったんです。
そして、元から出入口に相当するものが用意されてない状態……ましてやどこでもガスが想定している人が出入り可能なサイズの超空間の出口を何もない箇所に発生させてしまうと、超空間と現実空間の境目があいまいな状態が長時間続いてしまい、現実空間の一部が崩壊するという危険な状態でした。
ちなみにどこでもドアは何故こういった事象が起きないのかというと、空間座標を歪曲する際に必ずねじれというのが発生することを利用しているんです。例えば仮に現実空間座標A(0,0,0,0)から現実空間座標B(0,0,1,0)にどこでもドアで移動するとしましょう。現実空間座標AとBに対応するはずの超空間の座標というのを通るのが超空間移動なんですが、仮に超空間座標a(x,y,z,0)[座標Aとリンクする超空間座標]と超空間座標b(α,β,γ,0)[座標Bとリンクする超空間座標]としましょう。
どこでもドアは空間歪曲機能を使用するため座標aと座標bが同値になります。つまりワープ移動としては座標A⇒座標a=座標b⇒座標Bになります。
この際、どこでもドアは座標Aと座標aにちょうどまたがる位置、現実空間と超空間座標のちょうど半々の位置に存在することになります。ということは、その半分の座標に位置と同値の座標bにも同じどこでもドアの情報が存在することになるんです。そのため、座標Bにもドアを出現させることが出来る、という訳らしいです。まぁ訳なんて知らなくても使えればいいとは思いますが……。

どこでもガスもその技術を使用できればよかったのですが、
この「本来異なる座標位置に全く同じ個体を発生させる」というのはなんと未来デパートが特許を得ており、
22世紀デパートが手を出しても……まぁ言ってしまえば余りおいしくはなかったんですね。

そうした経緯もあり、発表されたどこでもガスは2つ機械を使用し、元からガスを発生させた場所に超空間ホールの出口となるものを出すといった仕組みとなりました。
それもあり、会場での評判はよろしくなかったんです。
まぁ出口に機械が必要ということは「どこでも」ではないですしね。

※7 THS
トーキョーひみつ道具ショウ
毎年9月に開催される開催されるひみつ道具の発表イベント。
メーカーやひみつ道具開発者、ひみつ道具職人以外に一般の方も参加が可能。
TGS(トーキョーゲームショウ)と同日に開催されているが
何故TGSと同日かというと、フルメタルを使用したゲーム機や周辺機器が増加した為、
来場するメーカーにとって都合が良いかららしい。


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しかし、1年後に実際に発売されたどこでもガスの機械は、先ほどの説明通り1つだけでどこでも行けました。一体それは何故なのか。
実は凄く単純な話なんですが……どこでもドアは「ねじれで複数のドアを発生させて到着先に出現させる」という仕組みでしたよね。


これをガスに置き換えましょう。


「どこでもガスはねじれで複数のガスを発生させて到着先に出現させる」


「複数のガス」とは一体なんでしょうか?
ガスは気体であり、同じ種類のガスが複数になっても別々のガスではなく一つのガスと認識することが出来ます。
複数のガスという定義はかなりあいまいになるんです。


そう、どうやって出口を用意したのかというとTHSで発表したガスの数倍の量のガスを発生させる、ただそれだけです。
そうすることによって、ガスで出来た超空間の入り口からガスが超空間を通ります。
そして出口となる空間に超空間の小さな裂け目を発生させ、そこからガスを急速的に現実空間に放出します。
こうすることにより出口先に機械を用意せず、且ガスを発生させることが出来るのです。
まさに気体でした可能ではない仕組みですし、これなら未来デパートの特許に触れることは無かったんです。複数の気体ではなく、元は一つの気体
でしたからね。


そんなこんなあり、何とか発売することが出来た「どこでもガス」は
THSから大幅に進化していることもあり評判も上々、初週の売り上げもどこでもドアに迫る勢いでした。

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もう皆さん飽きるほど聞いたと思うんです改めて書きますね。

ガスとは気体です。

そして、「どこでもガス」は超空間を素早く移動させて放出する必要もあったので非常に軽いガスを使用したんですね。


さて、その結果何が起きるかというと……出口のガスが風で流れて行ってしまうんです。
開けた土地ならもちろんのこと、都心の場合はビル風等で決めていた出口とは違うところにガスがあることになります。

そのため、どこでもドアほどの正確度はほぼ無いという……結果無意味なひみつ道具になってしまったんです。
しかも出口として発生したガスは機械でオフにしない限りは消えない為、機械の電源を切り忘れてしまった
どこでもガスが世界のあちこちを漂ってしまうという状態になってしまったんです。


その結果どうなったかというと、2121年の……特に都心なんかは実質迷宮と化しました。
外を出たらガスを通っていつの間にか人の家、
外に出たら知らない町でガスに触れたら人の家、
外に出たら知らない道でガスに触れたら……
そんな都会ラビリンスによって帰宅手段を失った人々で都会は大混乱に陥る、なんて日が多かったそうです。

発売から1週間後、さすがにこの迷宮状態の話は22世紀デパートにも届いていたので
22世紀デパートはどこでもガスの使用方法について注意喚起を流しました。
それは、「室内から室内の移動のみで使用してください」といったものでした。

確かに、屋内なら迷宮問題の原因となった風の心配はあまり考えなくてよいので
問題解決に……はならなかったんです。正確にいうと別の問題と言いますか。

というのもですね……どこでもガスは、問題を解決するには量が多かったんです。
それこそ、どこでもドアに迫る勢いで売れていましたから。
多くの屋内施設はガスだらけになり前が見えない状態になるほどに。

それにより発生した別の問題、蜜状態のガスが交わりあってしまい超空間トンネルの情報も交差、結果全く異なる座標に移動してしまうという……
「どこでもガス神隠し現象」が発生したのです。

連日屋内施設から人が行方不明になるニュースが報じられ、
中にはこの座標が安定しない……つまり追跡不可状態を利用した強盗事件なんかも発生しました。
勿論そんな状態はよろしくない、ということで日に日に屋内施設も
「どこでもガスお断り」
「ガスでご来場した方は別途ガス料金を支払っていただきます」
という告知を出していきました。


そして発売から1ヶ月、遂に22世紀デパートは「どこでもガス」の発売中止を発表。
22世紀デパートはこの一件以降、しばらく業績不振が続くことになります。


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このひみつ道具によってひみつ道具業界にメリットが無かったかというと……そういうわけではありません。
実はひみつ道具の開発における、「デバック」に影響を及ぼしました。
今までひみつ道具は発売まで他社に真似されないという理由で、会社内で秘密裏に、1つのひみつ道具につき1人がデバックをするのが主流でした。
もちろん「どこでもガス」もその主流に沿ってデバックされていたのですが……
どこでもガスで起きた不具合は屋外、もしくは複数人が使用した時のみ発生するものでした。
それもあり「どこでもガス」の発売中止以降、各社はひみつ道具のデバックの為に疑似的に屋外で実施をするのが主流化していきました。
これは余談ですが……この「疑似的な屋外」というので用意されたのが、
実は現在でもベストセラーをたたき出している人気学習ひみつ道具「創世セット」の大本なんだそうです。


因みにそのどこでもガスを発生させる機械、勿論当館[※8]にもありまして……
なんとこの機械は水と酸素でガスを発生させる機械だった為、今でもメンテナンスをすれば動くんですね。
まぁ、メーカーでのメンテナンスはもちろんやっていないので、自己責任でやるしかないですが……


このどこでもガスを現代でまともに使う方法はもちろんないというのは皆さんご存じかと思いますが……
なんと今でも数人ですがファンがいるそうです。
ファンたちは何をしているかというと、先ほども記した「ガスとガスが混じった際に発生する意図しない座標への移動」。
これを利用して異世界に飛ぶといった試みです。

機械に入っている地図[※9]というのは様々なひみつ道具で規格が統一されたものを使用しています。
そしてこの地図は様々な年代の世界や宇宙を用意する必要があるので年々数が増えているのは皆さんご存じでしょう。
今どこでもガスファンが試しているのは
世界地図で発生したガスと宇宙地図で発生したガスの融合や
年代が異なる地図のガスを融合した空間を通って
人類がまだ見ることのない異世界に到達しようというものらしいです。

異世界、というのは現代でも解明されていない分野ですね。
広い目で見れば異世界というのは歴史の根本に近いところから分岐している
パラレルワールド、という見方があります。
もしくは複数の銀河系を超えた先にある惑星の世界はほぼほぼ異世界と同じなのではという話もあります。
どこでもガスファンが目指しているのはそのどちらでもない、現状の科学技術では不可能な領域になります。


今回、このコラムを書く上でどこでもガスファンの方にインタビューを取ろうとおもったのですが……
どうも連絡が取れなかったのでインタビューは不可能でした……。
まぁ恐らく地球上のどこかにガスで移動して戻れなくなってるのかなぁと思ったのですが、
たずね人ステッキを複数回試してみたのですが、ステッキは倒れませんでした。

どこでもガスはすさまじく使いづらかったんですが、
もしかしたら真に「どこでも行ける」のはどこでもガスなのかもしれませんね。

※8 当館
ひみつ道具博物館別館のこと。
ここでは発売中止、開発中止、回収問題となったひみつ道具を保管している。


※9 地図
昔ひみつ道具に使用される地図はひみつ道具開発者が作っていたらしいが、
現在はひみつ道具開発者のタイムスリップがご法度の為、現在はタイムパトロール内の地図製作課が作成している。
また、自主製作の地図なんかもあるが、それは後期のどこでもドアに搭載された学習機能で得たものを販売した非合法の地図。

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