素直になれたら。#クリスマス金曜トワイライト
あなたと初めて会った日は、金曜日。
半袖にカーディガンがちょうどよくって、ちょっと気怠い風の匂いがした晴れた日。
外での撮影には最適だった日。
緑をベースにしたコーヒースタンドのビジュアル撮影。
赤い自転車が差し色になってかわいいですね、とクシャッとあなたが笑った。
よく焼けた肌に ごわごわしたヒゲ、
すっと彫ったような切れ長の目、
ゴツゴツした黒くて四角いカメラが似合うあなたの口から
「かわいい」という単語がこぼれたのが面白かったし、
クシャってなった笑顔が少年みたいだし、
赤い自転車を置きたいの、と言い出したのは私だから、
心がコロンと揺れた。
2人が出会ったこの日は、私たちにとって一番目の記念日。
◇◇◇◇◇
この日撮ったビジュアルは気に入ってもらえて、シリーズ化することになった。
仕事が認められてうれしいけれど、追われるように忙しくなった。
カーディガンがセーターになり、コートを羽織る頃になると、
「わ、センパイ痩せましたね!」
と久しぶりに会った制作部の後輩に言われた。
アラフォーの私に痩せたね、というのは一応気を遣っているからで
「クマができてますよ、やつれてますよ」
というアラサーの心の声が聞こえてくる。
私が目の下にクマができて、
ショートなのに美容院にも2ヶ月行けてなくて、
やつれているように見えるのは、
仕事が順調で忙しいからだ。
今月締め切りのコンペに賭けているからだ。ここが、踏ん張りどき。
でも、実はそれだけじゃない。
とまどいがある。聞いてみたいことがある。仕事のせいにして考えないようにはしてるけど。
そんな強がりを見透かしたように、
後輩はズケズケと甘い声で踏み込んでくる。
「で、年下カメラマンとはどうなんですかぁ。
そろそろ電撃結婚だったりして?!」
そんなハッピーニュースを抱えてたら、女はやつれるわけない。
あぁ、イラッとしたぞ。
ササクレだった心を逆撫でして面白がるなんて、
同じチームになったらゼッタイ面倒な仕事を押し付けてやる。
こういうズケズケには不機嫌をそのまま出すのが鉄則だ。
少しは、相手も学ぶ。
「彼は、京都の紅葉撮りに長期で出張中。
おかげで仕事に専念できて、感謝。
今度のコンペはうちがもらうから。あなたも忙しくなるわよ。」
ふぅぅん、と人差し指で髪の毛をくるくるしながら、
「コンペに勝ったら、先輩のおごりでご飯しましょ。
あっでも、
・・・頑張りすぎないでくださいね。」
たかられているのに、妙にかわいいことも言うじゃん。
くるっと踵を返して小さくなっていく背中につぶやいた。
よく手入れされた肩までの髪が、柔らかに跳ねていた。
あぁいう可愛らしさとか、
素直に思ってることを相手に言うとか、
私にはない要素だ。
これができてたら、私はきっと今クマなんて作らないでいる。
彼のことは好き。
それどころじゃない、掛け替えのない存在だ。
だけど、私は6つも年上だ。
私はアラフォーなのに、彼はアラサー。
一緒に並んでると、明らかに年上感が出ている気がする。
彼はスニーカーで、ワンオク(と略すのも彼がいうから知った)を聴く。
私はヒールだし、JUJUを熱唱する。
彼はまだまだいろんなものに挑戦したい。
私は仕事人間だけど、彼とは一緒にいられたらいいなと思うけど、
私たち合うと思うけど、将来のこととかどう思ってるの。
「結婚?ないない」
全然考えてませんけど?なんてトボけた顔して
イヤイヤと手をヒラヒラする自分を平手打ちにしてやりたい。
素直な気持ちを、いまだに言えずにいるからダメなのだ。
モンモンとモヤモヤとグルグルが回って、
どうしたらいいかわからない。
かといって、彼に重いと思われるのは耐えられない。
意味もわからず泣けてくる。
私もあのアナウンサーみたいに若くてキラキラしてたらなぁなんて
思うこと自体がもうダメだ。沼だ。
いつにも増して情緒不安定気味なのは、
彼がいないのと、私の誕生日が近づいているからだ。
ひとつ、
歳を重ねるのと引き換えに、
もっと可愛げのある自分になりたい。
いつからだろう、素直になんて なれない。
◇◇◇◇◇
今年のクリスマスは金曜だ。
そして、私はクリスマスよりも前に誕生日を迎えた。
彼も出張から 京都ばぁむを片手に帰ってきた。
私のささくれだった心も、彼のおだやかな切れ長の目を見ていると安らぎ、
前みたいに仕事に真っ直ぐになれた。
誕生日なんか過ぎてしまえば、ただの日だ。
もちろん沼からも抜け出した。
でも、最近なんか彼がちょっと違う気がする。
お茶してるときにボーッと外を見つめていたり、
道を歩いているときも、何かを目で追ってる気がする。
「アヤ、クリスマスは早めに仕事切り上げて、
カンパイしに行こう」
◇◇◇◇◇
全力で仕事を終わらせたいのに、
今日に限って今日中に終わらせなきゃいけないことが多すぎる。
50分遅れてる。
クリスマスに彼を待たせるなんて、やっぱり私はダメだ。
化粧も直せてない。
でも早く彼のもとへ駆け付けたい。
ヒールは走りにくい。
パソコンが入ってるカバンが重い。
ツンとした空気が刺さるのに、
体は熱い。首筋のマフラーがうっとおしい。
◇◇◇◇◇
「アヤ、仕事お疲れ。わりぃ、先に飲んでた。」
結局90分待たせた私に向かって、
おぅっとグラスをちょっと上げて見せた。
彼が好きなイタリアワインのボトル。
もう3分の2はなくなってる。
あなたは悪くない。
仕事だからって、こんな日にずっと待たせて、
やっと現れたと思ったら、髪もボサボサ、メイクもボロボロだし、
かわいげもない私の方が100倍悪い。
「あのさ、ずっと考えてたんだけど」
ごめんっと言いかけた私をさえぎって
左手を両手で包み込み、私の手のひらに小さな何かを置いて、握らせた。
なにこれ、小さな輪?
え、うそ。これってもしかして・・・
「アヤ、結婚しよう。
俺ら、金曜日に出会っただろ。それが一番目の記念日。
二番目の記念日は、今日にしよう。」
私の大好きな すっとした切れ長の目、
よく焼けた肌、ごわごわしたヒゲ。
クシャってなる少年みたいな笑顔。
「こないだ、京都に撮影行ってたろ。
この絶景、俺、アヤと見たいなって思って。」
私は今、大好きなあなたをもっとよく見たい。なのに視界がどんどんボヤける。
目頭がツンとする。
ぼたぼたと滴が落ちる。
「うん、うん」声にならなくて、
こくんこくん、と うなづくことしかできない。
もう理由はいらない。ただ、あなたと ともにいたい。
こころから愛しているひとよ。
こころから愛しいひとよ。
「アヤ、カンパイしよう」
とくとくとく・・・あなたがワイン注いでくれる音がする。
◇◇◇◇◇
「なぜその作品をリライトに選んだのか?」
今年の金曜日はクリスマスだから、こんな物語がどこかにあったら素敵だなぁと思い、セレクトしました。
「どこにフォーカスしてリライトしたのか?」
ワンオクの歌詞をキーフレーズに使いつつ、京都、カメラマン、アラフォーのゆらぎを表現したくて、今回も妄想型リライトで失礼しております。